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そのトラ猫をふみ超えて  作者: ひなたひより
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第1話 お前誰だ

 俺はとうとう掴んでしまった。

 憧れの篠原しのはらさんが猫好きだという事実を。

 中学二年の春に彼女が転校してきてから、もうずーっとときめきっぱなしだ。

 何とかしてお近づきになりたい。

 そう願いつつ桜が散り、新緑の緑が生い茂り、段々暑くなってきて、もうあと何日かで夏休みじゃないか。

 こりゃまずい。

 と、いうのは一も二もなく篠原さんが可愛すぎるせいだ。

 俺の目の届かない夏休みをケダモノたちが、虎視眈々《こしたんたん》と狙っていると俺の直感が警告している。

 篠原さんの純真さに付け込んで、話術巧みにお近づきになろうとしている輩はどこのどいつだ。

 どいつもこいつも悪党に思えてくるのは、相当切羽詰まっているからなのだろう。

 妄想が想像を超えて、近頃ずっと胃の辺りがキリキリと痛む。

 まあ少し落ち着こうではないか。


 さて、今俺は幸運な事に篠原さんの後ろの席に座っている。

 一学期最初の席替えの時に青春の全てをかけた。

 席替えの前日、近所の神社に神頼みをしに行った。

 そしてあの神社に住んでいる神様は超やり手だった。

 席替えが終わった日、帰りにお礼を言いに言ったよ。

 そしてそれから篠原さんの後ろの席で、毎日素晴らしい日々を過ごした。

 ホントにたまーに香ってくる彼女の匂い。

 肺にいっぱい吸い込んで栄養にした。

 俺が健康なのは篠原さんに栄養をもらっているからだな多分。

 しかしある時俺は気付いた。

 この環境を楽しみ過ぎて、特に何にも二人の間にドラマが訪れていない事に。

 もう三か月も、ただ漫然と肺から栄養を採り込んでいただけだった。

 勿論その楽しみを止める訳ではないが、夏休みが近づいているこの時期、二人の関係を進展させる何かが欲しかった。

 そして俺は気付いてしまったのだ。

 しかしどうして今まで気付かなかったんだ……。

 俺は篠原さんの制服の肩の辺りに注目していた。

 その制服に付いていたのは……。


 猫の毛。


 間違いない。

 細くって短い毛。

 よくよく篠原さんを観察してみると、他の部分にもちらほらと毛が付いている。

 つまりは篠原さんは猫を飼っている。

 きっと猫を溺愛している。

 ベッドで猫を抱いて眠っている。

 そういう事でいいですよね。

 実はわたくし、篠原さんと一度も話した事がありません。

 その辺にいる女子とも話した事も無いのに、篠原さんと話せるわけが無いだろ。

 だが、たった今筋書きを立てた。


 取り敢えず猫を飼う。

 そして猫を愛することで篠原さんの心理を深く理解する。

 いつしか猫好きのオーラと抜け毛を俺は身にまとうようになる。

 猫の抜け毛に彩られた俺を見て、篠原さんはきっとこう言うんだ。


「近藤君って猫好きだったんだね」

「え?篠原さんも?奇遇だねー」


 そして二人は結ばれる。


 完璧だ。隙ひとつない。

 そして早速行動に移した。



 神社の裏手。

 神主のおじいちゃんが野良猫に餌をやっているのを俺は知っていた。

 おお、いるいる。

 物陰から覗き込むと、おじいちゃんが置いた餌箱にそこそこ猫がたかっていた。

 五匹、いや六匹いるな。

 ガツガツと餌にありついている猫を物色する。

 子猫の方がいいんだけど、デカいのしかいないな。

 黒はいまいち。三毛猫はキープだな。おお、あの白い奴、あれがいい。よし決めた。

 そして俺は物陰から出てそおっと近付いた。

 一心不乱に餌に集中していた猫たちが、一斉に俺に注目した。

 そして跳んで逃げて行った。


「えーっ」


 そのあっぱれな逃げっぷりに野良猫の神髄を見た。

 まず出だしで躓いてしまったようだ。

 こりゃダメかもな。いくらなんでも警戒心が強すぎる。

 ペットショップで見つくろうか、三千円くらいで何とかならないか。


「ん?」


 さっさと散っていったと思っていた猫集団の中で、一匹だけ残っていた。

 こちらに背を向けて、ふてぶてしくガツガツと餌を食べ続けている。

 デカい猫だな。

 もう少し近づいても大丈夫かな。

 顔を見てやろうと回り込んで覗いてみた。

 俺に気付いている筈だが、全くこちらを見る様子が無い。

 堂々と餌箱に顔を突っ込むその姿に、潔さすら覚えた。

 こりゃ雄猫だな。

 なかなか立派なトラジマの猫だった。


「こいつか……」


 やっぱり白い方が良かった。三毛もギリギリセーフ。

 トラ猫は……うーん。もうちょっと小さければ良かったかな。でっかいし何だかおっさん臭いし……。

 俺より年上か?何となく経験豊富な雰囲気がある。


 ちょっと触ってみるか……。


 手を伸ばして触ろうとするとじろりと睨まれた。

 思わず手を引っ込める。

 触ったらただじゃおかねえ。今そんな目で見てた。

 相当やさぐれた猫だった。

 しかしここで断念する訳にはいかない。篠原さんが待ってるんだ。


「えーと、トラちゃん」


 反応なし。


「トラさん?シマちゃん?」


 反応なし。


「トラ次郎、トラ太郎、トラエモン」


 完全無視。


「トラオ」


 ピクリと耳が動いた。


「トラオか。いい名前だね」


 不本意にも、やさぐれた猫の機嫌を窺った。これも篠原さんの為だ。


「なかなか素敵なトラジマじゃないか。そこいらのトラジマじゃないって一目見て気付いたよ。君を一目見てビビーッときたね。まさしく運命の猫だってね」


 話が分かるのだろうか。トラオはお前誰だと言わんばかりに俺の顔をじっと鋭い目で見ている。


「もし良ければうちに来ない?きっとここより住み心地いいよ」


 なだめながら手を伸ばしてみた。

 トラオは伸ばした俺の手の指先をクンクンし始めた。

 おお、いけそうかも。


 プイッ。


「えっ」


 トラオは俺に背を向けると、ゆうゆうと歩き去った。

 悪いな。あんちゃんの世話にはならねえよ。

 丸っこい猫背の背中が語っていたのは多分そんな感じだった。

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