5借金地獄
対魔局の基地の場所はボクの生活圏からは離れた所にあるようだった。
アクセスがあまり良くないため、魔法少女の変身で底上げされた身体能力を発揮し、月乃さんがダッシュで先導してくれる。
ボクは前を行く月乃さんのフリフリと揺れるお尻と、時々見える綺麗なうなじをガン見しながらついていく。
それにしても、さすが魔法少女と言うべきか。月乃さんはすぐ横を走る車をスイスイと追い越しながら進んでいる。身体能力の底上げの効果を思い知る。 ボクの場合、その効果に関してはあまりはっきりと感じなかったから。
「ついたよ」
二十分ほど走っただろうか。目的地に到着した……のだけど……
「ここが……?」
「ふふっ、その反応分かるわ〜」
どこからどう見てもファミレスだった。これが……基地?
月乃さんは一般の出入り口ではなく、裏の従業員専用の出入り口から中に入っていく。
ボク、ポロ、ピピも月乃さんに続く。
人の気配は近くに無い。
薄暗い通路を進んでいき、大きな扉の前へ。
月乃さんかカードキーを通す。すると、扉の先で静かな機械音……何かが大がかりにスライドするような音だ。
「対魔局に所属してる人に配られるカードキーだよ。これで、この扉の行き先が変わるの」
「何か秘密組織って感じですね」
「そ。まんま秘密組織だからね」
扉を開くとまたまた扉。しかし今度の扉はエレベーター。
エレベーターのタッチパネルを慣れたようにちょちょいと操作していく月乃さん。
フロアの階数は明記されずに、エレベーターはボクらを地下へ誘う。 ポーンと到着を知らせる音。
「……!」
扉が開くとそこは、とても地下にあるとは思えない空間だった。
エントランスはまるで高級ホテル。滝のように大きな噴水。
照明の巨大なシャンデリア明るすぎず、暗すぎず、しかし煌びやかな明かりを生み出している。
床は一面ピカピカの大理石。 さてはこの組織金持ちだな!?
少し進んだ先にはデパートのサービスカウンターのように受付嬢的な女性が一人。
黒髪美人のメガネが特徴的なお姉さんだ。
普通の人には魔法少女に変身しているボク達を触れることはおろか、認識もできないはずなのだが、
「こんばんは夜神さん。今日は非番だったわよね。どうしたの?それに、その子……」
「こんばんは、カナメさん。要件はこの子、立花カオリさんです。局長に話があるんですけど、取り次いでもらえますか?」
「ちょっと確認してみるわね」
受付のお姉さん……カナメさんは備え付けの電話に手を伸ばし、局長にコールする。
やることが無くてボーッと眺めていたボクに月乃さんが基地の解説をしてくれる。
「……ここには普通の人にも魔法少女を認識できる特殊な結界が張ってあるんだよ。理屈はよく分からないけどね。カナメさんがあたし達を認識できたのはそういうこと」
なるほど。ここにいる皆が『そういう人』ではないということか。
「立花さん、局長があなたを部屋に来るよう言ってるわ。夜神さん、部屋まで案内してくれる?あ、ポロとピピも一緒にお願い」
「オッケーでーす」
「任せるポロ」
「分かってるピ」
一人と二匹は快く了承してくれる、
「非番なのにごめんね?ちゃんと手当はつけておくからね」
「あざーす!ラッキー」
……魔法少女って給料出るんだ。まあ、普通に考えて使命感だけでやっていけるものじゃないだろうし。
「じゃカオリ、こっち。ついてきて」
「はい」
広さを持て余してるフロアをズイズイと進み、入り口とは別のエレベーターを経由し、歩くことしばし。一際大きな自動扉に行き当たる。
「なんか久々だから緊張する……」
扉の横に備え付けられたインターホンを月乃さんが慎重に押す。
『はい』
女性の声だった。
あらゆる無駄を削ぎ落としたような事務的な声。 なるほど。月乃さんが緊張する理由が分かった。
「や、夜神ですっ」
背筋をピンと伸ばして答える月乃さん。緊張してる月乃さん……可愛い。
『入りなさい』
ウィーン。
月乃さんはボクに目配せをしてから、おずおずと入室する。
「し、失礼します」
「……失礼します」
これまでと雰囲気の異なる部屋だった。深紅の絨毯に木製が中心の調度品。やや暗めのレトロな洋館っぽいが、全てが古いわけではなく、要所要所の備品……大きなモニターやコンピュータは素人目に見ても最新式であることが分かる。統一感が無いように思えるが、雰囲気はなぜか綺麗にまとまっている。
局長の部屋というだけあって、金のかかり方がワンランク上な印象だ。
局長は……いた。
木製の仕事机から腰を上げて現れたのはボクのキャリアウーマンに対する凡庸なイメージを具現化したような女性だった。美人だけど性格が少しキツそうな……いや、世のキャリアウーマンに失礼だ。何も言わないでおこう。
「そこへかけなさい」
愛想の欠片もない無表情で言う局長。
月乃さんとボクは局長に促された革のソファーに腰掛ける。
うわ……すっごいフカフカ。試しに横になってみたいけど、さすがに自重する。
局長も向かいのソファーに腰掛け、そこで初めて目が合う。
「はじめまして。対魔界生物対策局の局長、如月華凛です」
対魔界生物対策局……略して対魔局ね。
「はじめまして。立花カオリです」
……なんか偽名を使うことが泥沼にはまりそうなんだけど……
「簡単な経緯はカナメから聞きました。ポロの力で魔法少女に目覚めたそうですね?」
「えっと……それだけじゃなくて……」
ボクはポロと出会ってから影獣と戦うまでの経緯を如月さんに説明した。
「……なるほど」
「それと、なんですけど……」
そして、破壊してしまったウィッチロッドをテーブルの上に置いて如月さんに謝罪する。
「壊しちゃってごめんなさい」
「……っ」
これまでピクリとも動かなかった如月さんの表情がピクリと反応を見せる。
如月さんだけじゃない。隣の月乃さんも酷く緊張した面持ちで固唾を飲んで行く末を見つめている。ポロもピピも気まずそうな沈黙を貫いている。
「……あなたはこれがどれだけ貴重な物かお分かりですか?」
「……えっと……ちなみにおいくらぐらい……?」
「……そうですね。今回こちらが受けた損害の請求書を作成します。しばしお待ちを」 「請求書……!」
そう言って如月さんはタブレットを操作していく。そして、しばしと言わずにすぐに、少し離れた場所にあったプリンターが作動する。 そしてできた書類をボクにどうぞと手渡してくる。
「えっと……?」
文章は読み飛ばし、一番の目的である数字を探す。 あった。ゼロがいっぱいだ。どれどれ……? 一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億…………
「って!さすがにこんなの払えるわけないじゃないですか!」
さすがに冗談だよね!?
如月さんは『はぁ……』と面倒臭そうに溜息をつき、頭の悪い子供に言い聞かせるように説明する。
「いいですか?そのウィッチロッドはビーストに対抗するための唯一の手段。そして、この世界で作れる物ではありません。そして、現存している数が少ない上に限りがある。まとめるとビーストに唯一対抗できる数少ない貴重な手段をあなたに壊されたのです。お分かりですか?」
「………………」
これ……マジなやつだ。マジでヤバいやつだ。
「あ、あの局長!カオリはピピの命を救ってくれました!ウィッチロッドを壊してしまったのも事故みたいなものですし……酌量の余地はあると思うんです!何とかなりませんか?これじゃあ、あまりにもカオリが可哀想です……」
月乃さん……!
「ふむ……そうですね……」
如月さんは少し思案顔をした後に、請求書に赤ペンを走らせる。
「では、ピピを救ってくれた分……5000円を差し引いてあげましょう」
「ピピって5000円の価値しかないの!?」
精霊って人に魔法の力を授ける貴重な生物じゃないの!?
「精霊の数は十分に足りています。そして、精霊の力が必要になる時は最初だけ。はっきり言って精霊の仕事は実質一匹だけで事足りるのです。ピピ一匹がいなくなったところで組織は痛くも何ともありません」
「カオリ、こいつ殺していいピ。それで全部解決ピ」
「…………やめておこう。ピピ」
殺してもいいんだけど、それで借金がチャラになるわけじゃないんだから。
「結論から言うと、精霊が一匹いなくなっても特に害はありません。が、ウィッチロッドの損失は計り知れない損害なのです。この組織だけでなく、人類の損害なのです。ピピを救っただけでチャラにできると思わないでください」
「……そして、お金でチャラにするのも現実的じゃない。ボクは何をすればいいんですか?」
如月さんはボクにさせたいことがあるのだろう。 如月さんは本題だと言わんばかりの僅かな間を空けて言う。
「あなたは対魔局の所属となり、魔法少女として働いていただきます」
「え……!?」
う、嘘でしょ……!?こんな変態みたいな格好を続けろと……!?
「そうですね……エースとして頭角を表し活躍できたとするなら十年……早くて五年で借金は帳消しとなるでしょう」
最低で五年もこの格好を続けろと!?
「ちなみに拒否権はありませんので」
「ちょっ……さすがに話が急すぎですよ!」
「あなたが他に有用な選択肢を提示できるようならば聞きましょう」
くっ……そんなの無いって分かってるくせに……!
「話は以上です。今日はもう遅い。登録手続き等の詳しい話はまた後日。今後の話は受付で顔を合わせた要が主な窓口となります。この部屋を出たら彼女に立花さんの連絡先を提示するようお願いします。では」
「………………」
こちらの言いたいことなど一切受け付ける様子を見せず、如月さんはデスクに戻っていった。 「……失礼しました」
今のボクは如月さんの言う通りにしかできなかった。 そして、受付でカナメさんにカオリの連絡先を伝え、月乃さん達と対魔局の基地を後にした。
別れ際、
「カオリ、とっても大変なことになったポロ……」
「……助けてくれてありがとうピ。カオリはピピの命の恩人……それと、大変なことに巻き込んでごめんなさいピ……」
ポロとピピは申し訳なさそうにシュンと耳を垂らし、詫びてくる。
「……大丈夫。借金のことは納得なんてできそうにないけど、ピピを助けたことは全く後悔してないから。ピピ 気に病まなくていいよ」
「カオリ……」
「あたしも……全然力になれなくてごめん……」
「月乃さんまで……大丈夫です。ボクの問題はボクが何とかしますので」
「……手伝えることがあれば何でも言ってね」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
「うんっ」
「っ」
月乃さんは優しいな。可愛くて優しいとか反則だ。罰として毎朝ボクに美味しいお味噌汁を作ってください。
「またね、カオリ」
「はい。月乃さん」
ボクは月乃さん達と別れ、月乃さんの気配が消えるのを確認してから魔法少女姿のまま爆走して家に帰った。 この格好は嫌だけど、人から認識されないのは便利だ。
……こうして、ボクの人生に望まない劇的な変化が生まれ、新たなる人生が始まるのであった。