2最強のエージェント
話の続きにお付き合いくださり、ありがとうございます。
この調子で、どうか地獄の底までお付き合いください。
よろしくお願い致します。
少し帰りが遅くなってしまった。
お父さんは夕飯を済ませてしまっただろうか。
玄関で靴を脱ぎ、リビングへ。
「ただいま」
「おかえり」
ん?
ダァアアン!
平凡な家庭には聞き慣れない音であろう銃声。
よっ。
キャッチ。
「お父さん、いきなりどうしたの?」
お父さんはテーブルで片手で銃を構えながら、もう片方の手ではスルメをモチャモチャと食べていた。 銃弾の処理はそっちでしてよと意味を込めてボクはポイとお父さんに向かって放り投げる。 「いや、腕は錆びついちゃいないかって……薫に限って余計な心配だったな」
こんな銃撃程度で錆びついたかどうかの判断なんてつかないと思うのだけど……納得してくれたのならそれでいい。
「なんで今更試したわけ?」
「ん……ちょっと仕事を頼みたくてな」
お父さんは丸めたメモ用紙をポイと投げて寄越してくる。
「指定の場所に23時。相手は俺の部下だ。物を受け取るだけで良いんだが……ちょっと荒事に巻き込まれるかもしれない。並大抵の連中では死人が出るだろうから、おまえに頼みたい」
「……別に良いけど……」
はっきり言って面倒なのだけど……そう言われてしまうと断るわけにはいかない。
「悪いな。お父さん、これから国際テロリストグループのボスを殺ってこなくちゃいけないんだ」 お父さん……立花終は世界の裏で世界の平和のために戦っている。
若い頃は殺しを主に請け負っていて『ピリオド』なんて名前でブイブイ言わせてたらしい。
今は前線を退いているのだが、誰の手にも負えない問題が発生した時はこうして直接動くことがある。
「……気をつけてね」
お父さん、ボクより弱いし。いつまでも若い気分でヤンチャをしないで欲しい。
「ふふっ、俺にそんな心配を向けるのはおまえくらいなもんだ。大丈夫。マジでやばい任務ならおまえに泣きついて助けを求めるさ」
「……ならいいけど……」
改めてお父さんから受け取った手書きの地図に目を通す。指定の場所は電車を使わないと行けない。 ボクは夕飯を手早く済ませ、出かける準備を整える。 ……今夜は遅くなりそうだ。明日も学校があるというのに。
✳︎
指定された場所は電車を二本乗り変えた先。都会の喧騒から少し離れた場所にあるクラブハウスだった。 暗闇の中で異質な輝きを放つ独特なネオンの明かり。 本来ならボクのようなガキんちょが来て良いような場所ではないのだけど……ボクは受付の人の『気』をかいくぐり、こっそりと中へ。
重低音の強すぎるワケの分からないうるさいダンスミュージックが肌を震わせてくる。 「………………」
メインのホールは人がいっぱい。 いかにもガラの悪そうなチンピラ。陽気だけど暴力の匂いを感じさせるガタイの良い外人。ジャラジャラとピアスだらけのチャラいお兄さん。露出の多い派手な髪色のお姉さんは眉毛の無いヤクザのお兄さんに身体をまさぐられてイヤイヤと言いつつ笑顔を満面に浮かべている。 この場にはあまりにもそぐわない異物であるボクに対してチラチラと視線が向くものの、特に誰も気に留めていないように見える。
……ふむ。 大人達の喧騒をボクはスイスイかき分け、人のまばらな隅っこのバーカウンターへ向かう。 そこには黒スーツでオールバックで目つきの悪い……いかにもなヤクザがいた。
彼は中途半端に残ったグラスを片手に時間を潰している。
「お隣失礼します。もぐらさん」
「……ちっ……」 ヤクザさんは舌打ちをして席を立ち、去ろうとする。引き換えに、カウンターにはタバコの箱が置かれている。 これを受け取れば仕事は完了なのだけど、
「待って」
「は?」
ボクはヤクザさんの腕を取り、この場に留まらせた。
ヤクザさんは訝しい顔をしてみせるが、周囲の状況に気がつくとすぐに驚愕の顔に変わった。 ボクらに向けられているのは銃口。銃口。銃口銃口。
さっきまでゲラゲラとはしゃいでいた客達の視線は一斉にボクらに向いており、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら銃、ナイフ、拳を構えている。 完全に囲まれている。
そんなガラの悪い人垣から、中年のスキンヘッドのヤクザが一人こちらに歩いてくる。もちろん銃をこちらに向けながら。
「よぉ板垣……おまえ、こないなとこで何しとんじゃ?」
「ちっ……ここまできて……!」
「あの、緊迫してるところ悪いんですが、こちらのおじさんは?」
明らかに悪そうな人だけど念のための確認。
「麻宮権藤……麻薬王だ……!そこにはそいつの取引に関する情報が詰まっている」
なるほど。箱の中身はやっぱりUSBか。にしても、麻宮権藤さんか……とんでもない悪党だな。 「……信じとうなかったわ。これまで目をかけてやってきたおまえがモグラやったなんて……ほんま許せんわ……!おまえはワシが直々に地獄を見せたるさかいなぁあ!」
板垣さんは力無い苦笑を浮かべる。しかし、それも一瞬。覚悟を決めた顔になる。
「……どうやら俺はここまでらしい。だが、権藤……あんたも道連れにしてやる。こうして不用心にのこのこ姿を現したことを後悔するといい」
恐らく、この板垣さんは潜入捜査をしていたんだ。権藤さんの組織に。
それで現在、権藤さんは板垣さんの裏切りの現場に居合わせた……いや、権藤さんに突き止められたのだろう。 板垣さんは最後の悪あがきとばかりに拳を構える。この状況ではさすがに無謀だ。
「最後のケンカ……付き合ってもらうぜ!麻宮権藤!」
「なんや、親父とはもう呼んでくれんのか?なぁああ!?板垣ぃいい!」
ダァアアン!
「ほい」
パシッ。
板垣さんの身体を貫こうとする弾丸をキャッチ。 ポイッと麻薬王の権藤さんの足元に弾丸を放り投げる。
「…………は?」
権藤さんの思考が停止している隙に、ボクは権藤さんに密着。権藤さんの四肢の関節を外し、
「ぬがぁあ!?」 板垣さんに向かって投げる。
「おい!?」
「のガキがぁあ!はぁっ!?う、動けへん!?」
「板垣さん、その人を盾にしてください。身動き封じといたんで暴れる心配は無いです。これから銃弾がバンバン飛んでくると思うので……」
「わ、わかった……!」
「な、なんやて!?
さて……念のための確認だ。
「とりあえずここにいる人達は全員やっつけちゃっていいんですかね?協力者とか紛れてませんか?」
「それは大丈夫だが……この人数を……?」
「烏合の衆を相手に人数も何もありませんよ」
どうやらお父さんの言ったような荒事にはならなそうだ。これはただの作業ゲーだ。
「じゃあ、やっちゃいます」
ボクは人垣に突っ込み、手近にいたチンピラを右手で掴み、
「は……?」
乱暴にバーに向かって投げ捨てる。
「うわぁああああ!?」
「「「「!?」」」」
ボールのように飛んでいったチンピラはグラスや酒瓶を派手に巻き込んで場の気を引いてくれる。 皆の視線が完全にボクから外れる。隙だらけだ。 ボクは人垣の隙間を縫うように駆け抜け、 「がっ!?」
「かはっ!?」
すれ違いに一撃を叩き込んで昏倒させていく。銃も回収しなくちゃ。
「な、何が起こって、ぎゃぁあああ!?」
時折、人を派手に放り投げ、場に恐怖と混乱を植え付けていく。 悲鳴と怒号が飛び交う。
「どうなってんだ!?何がどうなってんだ!?」
「ワケ分かんねぇ!これ、さっきのガキがやってんのか!?そうなのか!?」
この場の誰もボクの存在を捉えることなんてできていない。
「撃てぇえ!とにかく撃てぇ!」
「どこに!?」
「どこにでもいい!撃たなきゃ当たんねえだろうがよ!?ぶぎゃらばっ!?」
「に、逃げろぉお!化け物だ!あいつは化け物だぁああ!」
さすがに逃げる人が出始める。だけど、
「ごめんなさい。逃がさないです」
この場にいる人達は皆、悪質な犯罪に手を染めている可能性がある。戦意を無くした人達は見逃してあげたいところだけど、そういうわけにもいかない。
「ひぃいい!?た、助けてぇえ!?」
ダメです。
作業は滞りなく進み、やがて阿鼻叫喚のBGMが鳴り止む。聞こえるのは元の騒がしいダンスミュージックと力無い呻き声だけだ。
「終わりましたよ。板垣さん」
すみっこで子猫のように縮こまって待機していた板垣さんに声をかける。 ちなみに権藤さんはいつの間にやら気絶しており、放り捨てられている。
「あ、あんた……人間か……?」
板垣さんが安堵と怯えの混じった視線で問いかけてくる。
「む……失礼な」
「す、すまない。あまりにも現実離れした力だったもんでな……」
……そうか。そうだよね。
「で、ボクはこれを持って帰っていいんですか?」
「いや、やはりそれはこちらで預かっておこう」
「え?」
「君がこうして組織を潰した以上、俺が潜入を続ける必要も無くなった。俺は直接所長の所に帰還してそれを渡してくるよ。運び屋の君に一旦預けるのも手間だ」
まあそうか。
ボクの立場は部外者の助っ人だからね。
「わかりました。ならこれはお返しします」
万全を期すならお父さんに相談してから渡したいところだけど、今は手が離せそうにないだろうからやめておく。 板垣さんになら渡しても大丈夫だろうし。
「事後処理はこちらに任せてくれ。この度のご協力、誠に感謝する」
「いいえ。お仕事ご苦労様です」
ボクの立場はただのお手伝い。後の小難しいことは本職の人にお願いしよう。 ボクはクラブハウスを後にした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もう少しで魔法少女の登場です。