不変
止まっていた心臓の鼓動が鳴り始め、
心臓から送り出された血が全身に巡っていく。
身体に熱が伝わるのを感じたその時、神堕守は目を覚ました。
ぐるっと辺りを見渡すと、そこは今まで見たこともないような情景が目に飛び込んできた。
青く澄んだ空、枯れ果てた草木、何処までも広がっている全壊した建物の瓦礫。そして山の上には長い間、稼働していないように見える風車。人はもちろん、虫や鳥の気配すらも感じられない。
この場所で生きているのはお前だけだと訴えかけているようだった。
「寂しいな……」
◇◇◇◇◇◇
俺は状況整理と共に優先順位を決めることにした。
ここが異世界であることは明白。
生きるために俺はまず、この世界について詳しく知る必要がある。
でも今は……それよりも重要なことがある。
それは服を探すことである。
異世界に来たはいいが、身に付けていた服は全てなくなっていた。
なので、現在、ものの見事に素っぱだかである。こんな姿でもし人に出会ったとしても変態扱いされて逃げられるのがオチである。情報収集も出来ず、さらに人としても終わってしまう。
つまりこれは超一大事である。
身体を見たところ、傷もなく元のサイズのままっぽいので、少しホッとした。
もし、赤ん坊だったら動けずに今の時点で詰んでいたかもしれない……
「さて……」
とりあえず、ケガをしないように注意を払いながら崩れた建物から服を探索して回ることにした。
◇◇◇◇◇◇
日の光が落ち始め、辺りは少し薄暗くなってきた。
「それにしても何も無いな……」
探し始めて結構経ったはずだが、人はもちろんのこと服すら一着もなかった。
本当に何があったんだ……
そう切実に感じていると、カンカンと大きな音が鳴り響いた。
「ん?……」
どうやら音の出どころは少し先に進んだ半壊した小屋かららしい。
俺はその音が気になったのでその小屋へ向かった。
小屋からほんの少しだけ離れた場所で様子見していると、俺は信じられないものを目の当たりにした。
「人?……じゃぁないよな?……」
人ような形で全身を真っ黒な影が覆っている。影は大きいのが一体、小さいのが二体ずつの合計三体いる。
その事実だけでも腰が引けるが衝撃はそれだけではない。
大きい影は左手に持っているターナーのようなもので、右手に持つフライパンをまるで誰かを呼んでいるかのように何度も叩いていた。
また、小さい影はまるで子供がじゃれ合っているように見えた。
この光景を目撃してしまった恐怖からか、俺は足が竦んで動けなくしまった。
とにかくバレないように逃げるしかない……
あの大きな音が鳴っている内は気づかれない……だろう……多分
俺は歩き出すために両手で動けなくなっている足を超全力で持ち上げた。
まずは右足から……
「あっ……あああああああああああああああぁぁあああああああああああーーーーーあ!!!!」
勢いをつけすぎたのか、滑って一回転しながら粗い地面に倒れ込んでしまった。
だがこの時、地面を蹴り上げたのと一緒に、小さな石が影の方へ飛んで行ったことを俺は知らない。
大きな音は消え去り、辺りがしんと静かまり返っていた。
「ハァ……ハァ……やばい……」
さっきの衝撃で全身にズキズキと痛みが電流のように走っている。
息が苦しい。仰向けで倒れてなかったら、恐らく呼吸が出来ずに死んでいた。
両手、左足は確実に骨折。
右足はもう感覚がない。
それから少し経つと、アドレナリンのおかげか段々と痛みがなくなってきた。だがそれはもう命の危機が迫っている状態であることを示している。俺はもういつ死んでもおかしくないかもしれない。
視線の先には影が三体、俺に向かって不気味にそろそろと近づいてきた。
「この……状態で……ハァ……こいつら……とどう戦っ……えと……ハハハハハ」
その内の大きい影が加速し、一瞬で俺の前に姿を現した。
「はっ?……」
影は人間でいう口の部分の形を大きくし、俺をすっぽりと飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇
俺は何のために生きて……何のために死んだんだ?……
どんよりと広がる暗闇の中、俺は元の世界での生き方をふと思い出していた。
【神堕守】
俺はこの名前に相応しい生き方を送ることを目指していた。
そして俺は長い過程を経てようやく答えに辿り着いた。
誰かを守るために必要な力は【行動力】・【力強さ】・【自分の命を懸ける覚悟】
その中で一番大切な力は【自分の命を懸ける覚悟】だ。
その答えを得た俺の元の世界での最後は足りなかったこの力で、目指した生き方に辿り着いた。
そうか。
俺の生き方はもう既に完成されていたんだ。
この名前が俺の生き方のすべて。
名は命と同義。
この世界で答えを探す必要はない。
理由は簡単だ。
たとえ世界が変わっても俺の生き方は変わらないのだから。
『この名前(命)を懸けて守ってやる!……今度は俺自身を……!』
この言葉を心に強く誓った。
その瞬間、飲み込んでいた影が俺の胸に吸い込まれた。
そして飲み込んでいた影は跡形もなく消え去った。
「ふぅー…ハァハァ……ハァ」
全身がボロボロで手足一つも動かせない状態の身体で俺は今も倒れている。
しかし俺の覚悟はもう止まらない。
「命を懸ける覚悟があるなら……かかって来い!……ふぅー……俺が相手してやる……!」
その後、二体の影が猛スピードで突っ込んできた。
『俺は全力で俺を守る』
誓いと共に俺は吹っ切れた笑顔で、迫りくる相手を待ち構えた。
◇◇◇◇◇◇
「カミダ マモル……」
この一連の流れを遠くで見守っていた少女は、少年の名前を口にする。
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