プロローグ①
突然だが、『名は体を表す』ということわざを聞いたことはあるだろうか?
これは有名なことわざで、名前がそのものの『性質』や『本質』を表すという意味である。
例えば、人間は生まれた赤ん坊に名前を付ける時、こんな人間になって欲しいという思いを名前に込める。勇気という名前ならあらゆるものに対して恐れず立ち向かう人間に。弱意という名前なら、意志の弱い人間に。必ずしも、そのような人間になるとは限らないが、結果としてその名前に相応しい人間になることが多い。
これは持論だが、名前はその人間を決める重要なカギになると信じている。
◇◇◇◇◇◇
ここからは自己紹介に移る。
俺の名前は【神堕 守】
誰かを守れる強い人間になれという思いで父さんが付けてくれた名前である。
そしてこの名前は俺が目指すべき名前である。
俺が物心つく頃、母さんはすでに亡くなっていた。父さんによると、病気だったらしい。だから母さんとの思い出は記憶に何も残っていない。父さんは警察官で正義感が強く、時に優しくて厳しい人間だった。そして、父さんは絶えず誰かを守っていた。そんな強い父さんを尊敬し、憧れていた。
憧れの父さんが付けてくれた名前。
いつかこの名前のように誰かを守れるような人間になりたい。なれると信じていた。
だけど、
現実は全然違った。
いつも誰かを守るどころか守られてばかりで名前には程遠い人生。
だからいつも思う。
どうして俺はこんなに弱いんだ……
◇◇◇◇◇◇
高校2年生の冬、終業式が終わり、校門を出るところで、一人の女の子に声をかけられた。女の子はこの学校で1番の人気者だった。
「この前は本当にありがとう! 神堕くん!」
俺に全く覚えの無い感謝が届けられた。それになぜか俺の名前を知っている。
とりあえず聞いてみることにした。
「えっ!? 僕、何かしましたか? それにどうして僕のことを知って!?」
「知ってるも何も君、前に私を助けてくれたじゃない!『俺の名前は神堕守! 正義の味方だ!』 って言ってたよ?」
「あっ、そうでしたっけ?」
俺は彼女のセリフでその事を思い出していたが、わざと惚けておいた。
その事とは帰り道、彼女がチンピラに絡まれているのを見かけて、とっさに飛び込んでボコられただけの話。実際に彼女を守ったのは偶然通りかかった警察官で俺は何も出来なかった。
「だから本当にありがとねー バイバイ、守くん」
彼女は満面の笑みで小さく手を振った後、校内に戻っていった。
もし俺が守れていれば、「どういたしまして」と胸を張って言えたのかもしれない。俺はこの出来事を思い出したことで自分の弱さをさらに痛感した。
◇◇◇◇◇◇
家に帰ると珍しく、父さんがソファーでくつろいでいた。
「父さんただいま」
「おかえり、守」
今日の父さんは何かが違う。いつもは硬い表情だが、今日は表情が柔らかくてとても可愛い。
俺は父さんの隣に腰掛けた。
「守、よくやった! お前は自慢の息子だ!」
父さんは俺の肩をポンポンと軽く叩いた。
「急にどうしたの!? 父さん?」
「チンピラから女の子を守ったんだってな!」
俺は尊敬する父から褒められても素直に喜べなかった。
それどころか何処か無力感に苛まれていた。
その無力感からか、今まで溜まっていた思いを父さんにぶつけてしまった。
「違うんだ、父さん。僕は何もしていない。通りかかった警察官が守ったんだ。僕は一方的にボコボコにされただけだよ、僕じゃない……僕じゃ……やっぱり僕は父さんみたいに人を守ることなんてできない。僕は弱い……」
父さんは俺の頭を優しく撫でてきた。
「違うぞ、守。守ったのはお前だ。お前が動かなかったら女の子は危険な目にあっていたかもしれない。お前以外の周りの人間は動いてすらいなかった。そうだろ? 力強さは必要なものだ。でもな、一番大切なのは【行動力】だ。 行動しなければ、守りたいものなんて絶対に守れない。行動力がある奴が一番強い! 父さんはそう思ってる。だからな守、お前は強い男だ」
そう言うと、父さんは俺を強く抱きしめてくれた。
「よくやった……ありがとう。守ってくれて」
父さんの言葉に俺は涙が止まらなかった。父さんの腕の中でひたすら泣き続けた。
この時、気付いたことがある。
今までこの名前に相応しいと思える生き方なんてして来なかった。
ずっとそう思い込んでいた。
でもそうじゃなかった。
俺は最初からちゃんとそういう生き方をしていたんだ……
今までずっと守られた人からの『ありがとう』から逃げていただけ……だった。
でももう逃げなくていい。
だから胸を張ってこう言えばいい。
『どういたしまして』
御覧頂きありがとうございました。
プロローグは3つになる予定です。