はじまり編
あぁ〜、今日も今日とて疲れた〜。
順風満帆で最高の生活とはいえないけれど、普通の日々を過ごせている。私はそれで満足している。まぁ、少しつまらないなって思うときもあるけれど、現実は簡単に変わらない。だから、私はこれで満足です!さぁ、明日のためにも寝ないと、おやすみなさい。
一人暮らしの部屋にその声は静かに響いた。
朝、私は妙なことにスッキリと目覚めることができた。いつもなら、墓から蘇ったゾンビのごとく呻きながら起きるのに…
というか、携帯のアラーム鳴らなかったな… 私がアラームに頼らず、朝早く起きれることは、まずない。ということは、昨日アラームを設定せずに寝た可能性が大であり、すなわち…遅刻‼︎
その事実に気づいた瞬間、血の気が引き、ガバッとベッドから起き上がり、携帯を手に取ろうとあたりを見ると…
おぉ、なんてファンシー。
白を基調とした部屋でちょっと女の子っぽい装飾、そして所々に置かれた上品なアンティーク。これは…どこ⁉︎
えっ、ちょっと待って。一旦落ち着こ、冷静になろ。これは、夢?まぁ、そうだよね。普通に考えて夢だよね。ということは、遅刻はなし!あぁーよかった。セーーフ!
遅刻はないと安心したら、じわじわと夢の方に興味がでてきた。
こんなに意識がハッキリした夢は、初めてだし、ちょっくら探検しますか。そうやって、まずは、部屋の中をぐるっと周ってみた。やっぱり部屋は、素敵でお姫様が住む部屋みたいだった。だけど、あれ?って思うところもある。1つは、ドアが開かないこと。でも、これは、夢だからという理由で片付けられると思う。もう1つは、窓に鉄格子がはめられいること。これに関しては、どう考えてもおかしい。ちょっと私病んでるのかなって心配に思う。今度、夢占いでこの夢を占ってもらおうかな。そして、もっとおかしいことは、この夢の登場人物が、私自身ではないこと。意識は自分だけど、見た目がまるっきり違う。私は日本人であり、黒髪、黒目。だけど、この人物は、なめらかな白髪であり、目は燃えるような赤色である。儚さの中に溢れる生命力が感じられる。そんな美しい女性だった。
はぁー、綺麗すぎるわと鏡に映る自分?に見惚れていると、ガチャという音が鳴り、開かないはずの扉が開いた。ハッとして振り返ると、そこには、3個の犬のぬいぐるみが二足で立っていた。
えっ?何?どういうこと?何でいきなりぬいぐるみが出てくる訳?疑問で頭がいっぱいの中、ぬいぐるみたちが二足歩行を始めた。何で?という戸惑いが大きくなるものの、確実なことがある。それは、すごく可愛いということ。自分の膝丈くらいの大きさのフワフワなぬいぐるみがこっちへ向かって歩いてきてる。これはもう可愛いしかない。しかし、あの歩幅でここまでは少々時間がかかるだろう。そう思って、私の方からも近づいてみた。すると、犬のぬいぐるみたちはビックリした表情を見せた。
おいおいその表情も可愛いぞ…あぁ〜、もふもふと撫でたいなぁ〜。そうだ!これは、夢だもんな。ちょっとくらいの奇行は許されるだろう。そうと決まれば!と私は機敏に動き、見事1匹を捕まえることに成功した。
「うわー!やっぱりめっちゃフワフワでもふもふ!あったけ〜!」
「……」
「スゥーハァー。肉球もポップコーンの香りだ!!」
「……ろ」
「お顔もハイパー可愛いー。なんか柴犬みたいだわ〜。お前の名前は茶豆かな!」
「やめろーーー!離せー!俺は茶豆じゃなーい!」
「え!喋ったーー!」
「喋れるに決まってんだろ!お前らも見てないで助けろ!」
「いや、すみません。それは無理です。」
「ちょっと僕も怖いかな〜。」
「なんだとぉ!裏切り者ー!」
「へぇ〜。君らも喋れるんだ!」
「はい。そうですね。」
「うん。喋れるよー。」
「ところで、エトワール様。今日はお加減が宜しいようで。」
「そうだよ。いつもと様子が違うから、僕ビックリしたよ。」
「えっ?そうなの?」
「はい。」
「ベロと頭がおかしくなったって話してたんだよ。」
「スー!それは言わない方向ですよ!」
「あぁ〜。さっき、コソコソしてたのはそれ話してたんだ。」
「え、えぇ。」
「なぁ、おい!俺のこと忘れてんのか!いい加減離せよ!」
「あ!ごめんごめん。ついね。」
茶豆(仮)を降ろすと同時に私も彼らの目線に合わせるように大理石で作られたのだろうか白くて綺麗な床へと座った。
「ったく。やっと降りられたぜ。だけど、お前本当にそうだぞ。いつもは、ウジウジシクシクしてるくせに、今日はどうしたんだよ。」
「えっと、そうだなぁ。」
うーん。ここで、なんて言えばいいんだろう?ていうか、ここ夢の世界だよね?こんな質問されることある?
「おい!どうしたんだよ!ボォーっとして!」
「やっぱり頭がおかしくなってしまったのでしょうか?」
「別におかしくなった訳ではないよ!えっと、そうだな。いつまでも挫けてちゃしょうがないと思って、開き直ったというか…」
「ふーん。なるほどなぁ。まぁ、いつまでもウジウジしてたら、こっちがイラついてしょうがねぇからな!」
「ケル!そんなこと言ったら失礼ですよ!」
「でも、僕もこっちのお姫様の方が好き~」
「スーまで!」
「いいよ、いいよ。別に気にしないから。
それよりさ、私、もうそろそろ起きないとヤバいと思うんだよね。どうやったら起きれるかな。こんなハッキリした夢みるの初めてなんだよね。」
「夢?何言ってんだお前は?今お前起きてんだろ。」
「僕たちみんな起きてるよ?寝坊してないよ?」
「えっ?いやいやいや。それはおかしい。だって、私こんなじゃないし。ここは、私の部屋じゃない。」
「いえ、ですが、私たちは起きてると自覚してますし、エトワール様も現に目を覚ましてます。」
「うーん…あっ!わかった!ちょっと私をツネってみて!そしたら分かるから!」
「それは…」
「いいよいいよ。大丈夫だから!」
「でも…」
「お願い!ここだけの秘密!今日だけの無礼講!」
「ここまで言ってんだからやっちまってもいいんじゃないのか?」
「そうだよ!やっちまって!」
「ふむ。分かりました。では、ケルやってください。」
「えっ!?俺!?」
「そうです。」
「いやだよ!後で責任とりたくないからな!スーやれよ!」
「えー!僕もやだ〜!」
「誰でもいいから、早く!」
「〜っ分かった!おい!お前ら連帯責任だからな!」
「えっ、それは嫌なんですが!?」
「ケル!」
プニと何というか柔らかすぎず硬すぎずちょうどいいプニプニ感触に両頬が包まれる。
一生触っていたい感覚。これはハマる…
バタン… ゴン!
「えっ、えっ!?」
「エトワール様!」
「お姫様が倒れた!!ケル!手加減してあげなきゃ!」
「いやいやいや。ちょっとほっぺをビタンってしただけだぞ!?ほら、見ろよ!うずくまりながら、動いてるぜ!後頭部おさえてるけど!」
いっっった!後頭部が!ゴンって音した!
気持ちが昂って後ろに勢いよく倒れるという外人ばりのオーバーリアクションをしてしまった…
…ちょっと待って。痛い、普通に痛い。
ということは、夢じゃない!?
「あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど色々大丈夫じゃない…」
「また、お姫様わけ分かんないこと言ってる…
やっぱりもうダメなんじゃ…」
「いや、正常に脳は稼働してます。だけど、これは夢じゃなかったんだね。」
この子、おっとり系と見せかけてなかなか言うな…
「だから、さっきからそう言ってるだろ。」
「そうだったね、ごめん。ねぇ、一回確認のために、私の状況を一から説明してくれないかな?」
この子たちの説明によるとこうだった。
まず、私はお姫様ということだ。ずいぶんと豊かな国の姫らしい。そんな私がなぜ違う国のお城にいるかというと…
攫われてここにいるようです!
わー。お姫様と言えばという、なんともあるあるな状況!
みんな最初は濁した言い方だったけど、最後に私が核心ついたから、もう開き直ってたよね。
うん!攫いました!でも、それが必要だったから!って。君たちが可愛くなければ、話し合いこそベスト!って感じで、まぁまぁキレてたよね。自分たちの容姿に感謝しな!
だから、鉄格子はあるし、簡単には逃げれないように監視役兼護衛にこの子たちがいるみたい。そりゃ、普通の女の子がこんな状況になったら、メソメソもグズグズもするはずだよ。私は、今は現実味ないから、こんな感じだけども。
「そういうことだったんだね。なるほどね。それで、君たちの名前は?さっき役割は聞いたんだけど…」
「えぇー、それも言わなきゃなんないのかよ。」
「うん、お願い。」
「はぁ〜、仕方ないな。俺はケル。よろしくな。」
「私はベロです。よろしくお願いいたします。」
「僕はスーだよ。よろしくね。」
「3人ともよろしくね。
あのさ、気になるところがあるんだけど、もしかして君たちって地獄の番人とかに関係するのかな?」
「おぉ!よく分かったな!そうとも俺たちは、地獄の番人ケルベロスだ!」
「えぇ!嘘!まさかのご本人なの!?」
「そうですよ。ケルベロスそのものです。」
「でもなぁ…」
「あ〜、お姫様、疑ってるでしょ!」
「だってねぇ…」
だって、ケルは茶色の柴犬、ベロは黒色の柴犬、スーは白色の柴犬。どう見たって柴犬、よくて子熊ってところだし、私には初めはぬいぐるみに見えたんだもん。
「ですが、今は地獄の番人ではありません。正確には、ケルベロスという種族の1個体といった方がいいでしょう。」
「でも、俺たちが1番強いから、王様の専属になれたんだぜ!」
へぇ〜、こんな小さいのに1番強いんだ。しかも、1個体ということは、ケルベロスが複数いるってことなのか?ちょっと意味わからないぞ。でも、それよりも1番気になることは…
「それはすごいね!だけど、もっと根本的なところでさ、あるじゃん。ケルベロスって1つの体に3つの頭でしょ。君たちバラバラになってるけど…」
「えっ?それは当たり前だよ。ずっと大きいままじゃいられないよ。」
「ん?どういうこと?」
「あれ?ご存知ないのですか?私たちの魔物族には、二面性がありまして、もう一つ別の姿があるのです。それで、その姿こそエトワール様が思い描いた姿かと。」
「そうなんだ。じゃあ、色もバラバラになるときに変わるんだね。」
「ううん。それは違うよ。この色はね、僕たち同じ色で見分けづらいから、王様が色を変えたんだ!」
「オリジナルの色はもっと違うぞ。」
「へぇ〜。」
いや、王様頑張れよ!王なんだから見分けることぐらいできるだろ!
「どうですか、エトワール様の疑問は晴れましたか?まだ、確認したいことはありますか?」
「あっ!じゃあ、もう一つ!最終的な目的は何なのかな?私は何の材料?」
「…そうですね。我が王の考えのすべては分かりませんが、1つの目的として、この国の発展や豊かさのためでしょうね。エトワール様と婚姻して、豊かさを分けてもらうことが1番の近道ですからね。」
「なるほどね。」
うーん。やっぱり結婚か〜。お姫様あるあるだな、これも。
「そして、その婚姻の式は1週間後です。」
「ん?1週間後?」
「そうだよ。今は遠くでお仕事してるけど、もうすぐで王様帰ってくるんだ。」
「その帰ってきたタイミングで式をすんだよ。」
「そ、そうなんだ〜。」
表面上はこんな薄い反応で抑えたが、心の中は大荒れである。
こういうのって、もっと期間あくじゃん!1週間って早すぎる!こっちはまだ入れ替わってること認識したばかりなんですけど!
感情の整理ができず無駄に勢いよく立ち上がり、グルグルと室内でを歩き回る。
しかも、王様って絶対ラスボスじゃん。無理だよ、こんな状態誤魔化すの!確実にバレる。バレた後なんて終わりしか見えない…
そして、あぁ、もう無理だ…とサァっと血の気が引き、バタン!と大きな音を立てて地面にこんにちはをした。
「あぁー!また倒れた!」
「今度は前からだ!デコ痛そうだな。」
「なに呑気なこといってるんですか!マリッジブルーですよ、これは!」
そんなんじゃないと思いながら私は意識を飛ばした。