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ツヴァイは揺籠に揺られ、自分を産み落としたと思しき女性に首を絞められているところで自我に目覚めた。
「ああ、そうか。」
ツヴァイはこの時、この世をいまだ包み込んでいる強固な不条理を理解した。
ツヴァイが世に再生したのは、アインが天命の騎士を名乗ってから四半世紀を過ぎた未来だった。
おのれの心臓を魔剣に捧げた反動でツヴァイは自らの心を創り上げることができないまま苦しみ続けるだけの半生を終えることになる。これが魔剣ヌルを創るための代償として説明されたことだった。
この感覚を他者と共有するのはとても困難なことだ。 すでに魔王とその伴侶はこの世にない。このことでどれほどの不都合が世界に生じたか。
正確に押し測ることの出来るものは私以外にはいないであろうが、ツヴァイには今は亡き魔王ゼロの助けが必要だった。早急に。
明晰な頭脳、健全な精神を持って生まれ、朧げながらも前世の記憶を保持しているツヴァイには耐え難い仕打ちであったに違いない。生きているだけで、悪夢と現実の融合と乖離が湧き起こり、自分がどこに立っているのかも分からない。ツヴァイの心には苦しみしか存在していない。これはおそらく他の転生者も同じだが、奴らが同じ時代に生まれてくることはない。
おそらくであるが、この世に代わる代わる生まれ落ちて、魔王としてこの世に君臨し、その都度アインに討伐されることになっている。
ツヴァイには気掛かりなことがあった。
アインは魔王の伴侶から無事に‘あの力’を継承できたのであろうか。
まあ
そんなことはいい。まずは、今置かれている状況をなんとかしなくては。
自分の命を魔剣に捧げた段階でこうなることは分かりきっていたことだ。ゼロがいなくなったところでおのれの人生に特別な施しがあるだなんて俺だってはなから期待してなどいない。
ツヴァイは自分を産み落とし、今まさに暴行を加えようとしている女に向けて人差し指を突き出し、前世の記憶を頼りに666式呪殺魔法の詠唱を試みた。首に加わる力が強くなっていくのを感じながら。
魔法が発現して、この女が死ぬまでこの虚ろな心を味わおう。俺に与えられた心はこれだけなのだから。徐々に首に加わる力が弱まっていく。
(死んだ、か?)
ツヴァイはこの時、自分にまだ生への執着があることを安堵しただけだった。
急に母親が泣き崩れ、言葉にならない奇声を発したかと思うと、ゆりかごの前で膝を折って謝罪を繰り返した。
「ごめんね。ごめん。私、いい母親になるから。神父さんの言うとおり、教会にもちゃんといく。」
訳がわからなかった。
ツヴァイの天命はこうして転変した。