第四十章 旅の果て
乗り込んだスーツケースは冷たかった。ガタガタと音が響く、だが目の前に広がるのは闇だった。人間と同様のサービスなど期待できるはずもない。小さな穴を開けて息ができるようにし、寒くならないように盗んだカイロを抱きしめる。衝撃にも耐えられるように頭を布で覆いフライトを待つ。
巨大な機体が直進していくのを体に感じた。浮遊感を感じながら、技術の差を思った。我々がクジラという他の生物に頼るのに、人間は宇宙も空も飛ぶものを自分の手で作ってしまった。浮遊感はこれから立ち向かう人間たちへの恐怖心に変わった。
最終作戦の全貌を我々5人は誰も知らない。しかも各国に一人ずつ渡るのだ。仲間の元に辿り着ける保証はどこにもない。無謀な作戦に思えても仲間を救うことができるならそれでも良かった。
眠るにも飽きたころ、衝撃で目が覚めた。着陸だ。揺れの収まりを見計らってスーツケースから出る。担当の集合信号の地点に大分近くなってきた。ここからはただ、目的地を徒歩で目指すだけだ。人間たちに見つからないようゲートの隙間から飛び降り走る。思った以上に平地が広がっていて驚いた。助走をつけてこれが飛んでいたのだから無理もない。慌てて設置してあるライトの裏に隠れた。
物陰を淡々と走る。朝と昼の間は身を潜め、夜にだけ街を走った。随分と寒く、カイロが無くなってからは凍える夜だった。そしてついに辿り着いた。夜の動物園は閑散としていて静かだった。生存信号をONにして仲間に自分の存在を知らせた。部屋に入ると、仲間たちは、柵に囲まれ、地面の間に深い溝があった。これではすぐには助け出せない。細長い板を運んで、柵と溝の間に橋を架ける。早くしなければ監視カメラで人間に存在がバレてしまう。「渡ってくれ!」仲間たちは次々に、板を渡り柵超えていく。「俺で最後だ。」最後の一人が渡るのを確認すると、けたたましいサイレンと共に、人間たちの足音が聞こえる。ここで捕まるわけにはいかない。「動物園の外に出たら、生存信号を出す。そこで合流しよう。もし半日たっても合流信号が出なかったら、他の奴が出してくれ。」そう伝え、散開した。
増えて行く人間たちの足音に怯えて走る。時には別の動物の檻の中に隠れ息を潜めた。だが、隠れる檻によっては人間よりも危険な生物がいる可能性もある、気を付けなければならない。入口は、既に封鎖されてしまっていた。これでは誰も外には出られない。どうすればいい。そうか、ここには人間より危険な動物が沢山いるじゃないか。ガラスを割り、檻を壊す。ここからはその繰り返しだった。大きな騒ぎの中、それに紛れて私は外に出た。
外は、我々どころではない大騒ぎだ。街には大小問わず、動物たちが溢れかえっている。生存信号をオンにして生存場所を仲間たちに伝える。仲間たちも騒ぎに紛れて一人、また一人と戻ってきた。だが、たった一人がいつまでも戻ってこなかった。
「大丈夫だ。きっとこの騒ぎに紛れてきっと帰ってくる。」そう言った矢先、生存信号が一つ減った。深い沈黙が、全員の考えの一致を示していた。だが、立ち止まっているわけにはいかない。「ここに来た皆だけでも、助かって良かった。それで、最終作戦とはなんなんだ。」「地球人たちにとどめを刺す。それが最終作戦だ。」「具体的な方法は?」「爆弾を使って発電所を吹き飛ばす。」「電気を止めるのか?それで人間のインフラを止めると?」そう尋ねると奴はにやけた。「いやそうじゃない。発電所の中には原子力で動いているものがある。それを吹っ飛ばす。そうすれば周辺の地域一体、下手をすれば地球全体に被害を及ぼすことができるんだ。」「だが、そんなことをしてしまえば、人間と分かり合えなくなる。」全員が私の言葉に笑った。「もはや、分かり合う必要なんて無い。奴らを一人残らず地球にいられなくする。我々はインベーダーズ。侵略者だ。今まで、仲間を殺され、尊厳を踏みにじられた。最早、戦うしかない。」私は初めて、人間ではなく仲間が恐ろしく感じた。住むために来た星を滅ぼす。彼らはそう言っているのだ。「急ごう、脱獄できたのは我々だけかもしれない。」夜明け前にまだ騒がしい街を私たちは後にした。
宇宙人残り31人 敵70億人
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