第三章 エサを与えないでください
可哀想に。誰がこんなひどいことをしたのだろうか。ニュースになっていたエイリアン、その死骸が私とポチの散歩コースの河川敷に横たわっていた。宇宙人だから危険なのかもしれないが、一方的に殺すなんて理不尽だ。
しかも、刃物か何かで滅多刺しにされているようで、綿が飛び出た人形のように原型が分からなくなっている。はじめは鳥か犬猫の類かとも思ったのだが、血液の色があまりにも違ったのですぐにピンときた。通販でやっている青汁のような濃い緑だった。犬猫や鳥からはそんな血液は出てこない。余りにも可哀想なので、穴を掘って埋めてあげ手を合わせて念仏を唱える。
「南無阿弥陀仏。」
呟いてから気が付いた。彼らの文化に神や仏はあるのだろうか。恐らくないのだろうが、これが私にできる精いっぱいだった。ポチを連れて家に帰ると鍵を開き忘れたことに気が付いた。午後の人通りが少ないタイミングで、散歩に行くのでたまに戸締りを忘れてしまう。
悪い癖だ。いつもはそれで済んでいたのだが、この日ばかりは自分のその悪癖でとんでもない結果を招くことになる。
玄関先の奥から物音が聞こえる。旦那は7年前に亡くなり、息子は結婚して別居しており家族はいない。来客が来る予定もなかったはずだ。”泥棒?“その文字が脳裏をよぎるのに時間はかからなかった。
ポチを犬小屋につなぎ直し、ゆっくり玄関に入る。ドアを閉める時なんて心臓の音で鼓膜が破れるかと思った。夫が使い古したゴルフクラブを持ってゆっくりとドアを開ける、侵入者は冷蔵庫を漁っているようだ。カウンターキッチンの向こう側で姿は見えない。
ゆっくり近づくとそこにいたのは、ニュースで見たあの宇宙人だった。「何してるの?」思わず口から声が出ていた。ガサッ!宇宙人は冷蔵庫を漁るのをやめ、ゆっくりと両手をあげた。宇宙でも降伏を示すポーズは共通なのか、そんなことにちょっと感動した。
宇宙人はゆっくり振り向くと「あっうっうぅ。」とまるで猿のように鳴いた。しゃべっているつもりなのかもしれないが意味が分からない。
困った顔をしつつ、私はゆっくりゴルフクラブを降ろした。私にも敵意がないことが解って安心したのか宇宙人が少し微笑んだ気がした。
ニュースやSNSでも上がっていたが、この宇宙人はいささか可愛すぎる。家のポチ、ゴールデンレトリーバー13歳も相当かわいいが、この宇宙人にはいささか負ける。いやかなり負ける。しかし、どうしよう。警察に引き渡せとニュースでは言っていたが、本物を目の前にすると、いささか引き渡すのは可哀想に思える。それに散歩コースで見た死体のせいもあってか、軽率に別の人間に引き渡してしまうのは気が引けた。どうせ私は独り身だ。飼ってしまおう。犬と宇宙人、ペットの組み合わせとしてはイレギュラー中のイレギュラーだが、それはそれで素敵に思えた。
冷蔵庫を漁っていたということは、お腹が空いていたのだろうか。私は、パンを与えてみた。はじめは食べ物だと分かってくれなかったようで、私が実際に食べて見せた。それを見て宇宙人も真似して食べ始めた。パンを思いのほか気に入ったようで、四枚切りを平らげてしまった。食パンに宇宙人ががっついている間、私はカーテンをしっかり閉め、近所に宇宙人の存在がばれないようにした。
夜も深まり、予期せぬ来客のために私は寝床を用意した。寝床といってもただの布団だが。
布団は寝るところというのが分かったらしい。ここまで大変な道のりだったのか、緊張はすぐほどけ寝てしまったようだ。
私も眠ろう。明日からは暮らしていくのだ。新しい家族と。明け方4時、聞きなれないポチの吠え方に目を覚ました。苦しそうな唸り声だった。急いで犬小屋の方に行くと、犬小屋の前には手足を食いちぎられ横たわった宇宙人の亡骸と、苦しそうに唸るポチがいた。
宇宙人の血液は犬には毒だったのだろうか。突然現れた未知の生物に驚いたのか、昨日私が夕飯を与え忘れたせいなのか。ポチはゆっくり私の手の中で息を引き取った。
一人ぼっちになってしまったが、自業自得としか言いようがない。ペットは責任をもって飼い主が、面倒を見ましょう。その最低限のルールが私には守れなかった。いや、そもそも宇宙人を飼うという考えそのものが傲慢過ぎたのかもしれない。そんなことを考えながら、私はニュースの言う通り、110番を押した。
宇宙人残り68人 飼い主70億人
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