第三十章 こぼれたインク
東京という場所で今、仲間の命が狙われているらしい。船が堕ちてから数日後、トラックに乗って東京の外に出た私たちにとっては対岸の火事だなんて思った。だが、人間たちは私たちの生存数を把握できているらしい。それは問題だ。東京をいくら探しても宇宙人が全滅していなければ、恐らく捜索の手は国内全土に回ることだろう。
一人暮らしで死んでいた人間の家に仲間たちと住み着いて数か月、言葉もすっかり覚えてしまった。仲間たちもその状態だった。どうにかして我々が命を保ったまま生存反応をゼロまで減らせないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
絶滅した、そう思われれば探されず殺されず、干渉されないのだから。人間という生き物は自然を大事にしているという言説に捉われながら同時に自然から最もかけ離れている矛盾を秘めている。人間の自然破壊すら人間の生態という自然の一部だという言説を振りかざすのは容易い。実際そうかもしれない。だが、人間は傲慢にも干渉を続けた。自らの開発で滅びかけた命を自らの手で守る。そんな残酷な食い違いを自覚しているのだろうか。嫌気は刺さないのだろうか、まるで破滅のシナリオを自分の手で紡いでいるような救いの無い行き止まりに。
熊が人を殺すと、人は猟銃で撃つらしい。我々の仲間も人間の少女を殺したから、殺されても仕方ないのだろうか。そして誰も殺していない我々も殺されても仕方ないのだろうか。そう思うと恐ろしかった。
でもその朝、ドアが開く音がした。我々は慌てて家の襖や引き出しに隠れて息を潜めた。
家主の遺体は腐ってひどい状態だが、我々はそのままにしていた。勝手に埋葬してしまうのは気が引けたし、怪しまれると思ったからだ。
来客は遺体を見ると慌てて飛び出していった。私たちが立っていた薄氷が崩れる音がする。仲間と共に足早に家を出たが、行く当てもない。また一人で死んでいる家を探すしかない。それぞれ別れて一人ずつで家屋を探すことにした。もし見つけたら集合信号を出すという算段だ。
一人しばらく歩く。人間と同じ道を使うとすぐに見つかるので茂みなどに隠れながらゆっくりと進む。そう思ううち、手ごろな集合住宅を見つけた。この中の一つでも人間が死んでいたり、空いていたら良いかもしれない。私は集合信号をオンにして仲間を待った。歩いて疲労したのもあり、うたた寝してしまったらしい。目を覚ますと前にいたのは、仲間ではなく人間の男だった。縛られて動けない私に怯える私に男は尋ねた。「仲間はどこにいる?」「いない。」男は少し嘲った様子で「じゃあなんで集合信号を出した?」図星を付かれた。
男は私の口を布で巻いてしまった。まずい、このままでは仲間たちが来てしまう。奴の目的が仲間を集めることだとしたら。きっと全員良くてさらわれ、悪くて殺されるだろう。それだけは避けたかった。絶滅することの恐ろしさは私にはわからない。だが、仲間が死ぬのは辛かった。単純な計算だった。仲間四名の命と私一人の命。客観的な天秤にかければ答えは決まっていた。
あごに力を入れて舌を噛み切る。血の味と呼吸が苦しくなるのを感じた。息ができない。意識が遠のいていく。痛い。苦しい。さっき考えていた仲間のことは忘れ目の前の処理しきれない痛みに打ちひしがれて死んでいく。「チッ。」私の死に男は苛立ったようだ。どうかこの命で、仲間が死なずに済みますように。男の舌打ちに微笑みながら呼吸は止まった。
宇宙人残り41人 シナリオライター70億人
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