第九章 覚醒
目が覚めると病院のベッドの上で、清潔感のある天井と対照的に強面で彫りの深い巡査部長が苦い顔をしていた。「起きたか。」「何があったんですか?」問いかけに答えると同時にあばら骨が痛むことに気づいた。「お前らからホシの運搬の連絡があった後、通信が途絶えた。GPSの現場に向かうと犯人が乗っていたと思われる大型車両とひっくり返ったお前らのパトカーがあったというわけだ。」「事故ったんですか…山崎はどこの部屋です?」相棒の安否が気になったが部長は少し困った顔をして、首を横に振った。
「そう、ですか。」運転していたのは山崎だった。俺たちはよほどひどい事故に遭ったのだろう。深呼吸をして次の質問に移る。「今、俺の右眼は?どうなってるんです?」視界の右側が真っ暗で、どれだけ瞬きしても何も見えなかった。「医者に聞いた。残念だが、直らない。あとで直接聞いておくんだ。」右頬を涙が伝っていくのが分かった。そこにまだ涙腺が残っていることが解って少し安心した。深い悲しみと怒りは次の質問に繋がった。「ホシは?」「一体は死んだ。もう一体は自分で逃げたか、事故を起こしたやつに攫われたと思われる。他のホシと同じく目下捜索中だ。」
部長は頭を搔いて話を続ける。「しっかし事故はたまたまだったのか、それとも宇宙人の乗ってる車両がバレてたのか。ヤバいやつがいたもんだ。」「車両がバレてたって内通者がいたってことですか?」もしそうだとしたらたまったものではない。「さあな、それも含めて調査中だ。とにかくお前は休んでろ。あばらが何本か折れてるらしい。」ふと思った。「宇宙人が、運転手を操ったって考えられないでしょうか?」「何?」「いやあるじゃないですか。超音波とか催眠術とか人間を操る宇宙人の映画。」「そんなことあいつらにできるわけ」「ないって、言い切れますか?」「できるなら最初の機動隊の発砲だって阻止できたはずだ。」「個体差があるのかもしれません。」
呆れたようにため息をついて、部長は返答した。「まあ、そういうこともあるかもな。俺は捜査の方に戻るよ。お前は休んでろ。」ドアを開けて部長は去っていった。
あの時、俺たちの目の前に三体宇宙人が現れ一体を、はねて電信柱に衝突させ死亡を確認。その後2体を捕獲連行するはずだった。でもさらわれた。宇宙人に操られたかもしれない人間に。部長は、可能性の話として流していたが、そうでもない限り宇宙人の乗っているパトカーを的確に狙って事故を起こす一般人がいるだろうか?パトカーに突っ込んでくるなんて、よっぽどの馬鹿か逮捕志願者くらいだろう。操られていると見て、間違いないはずだ。
だからこそあそこから生き残った一体を見つけ出したいと思った。俺から右眼を奪ったやつ、相棒を殺した奴、許せない。運転手はきっと操られただけ、きっとそうに違いない。そいつ以外の宇宙人だって、同じようなことができるかもしれない。ならば生かしていては危険だ。本部は捕獲を命じてきていたが、処分の必要がある。少なくとも俺は、そう思った。小さい頃、宇宙人から地球を守るヒーローに憧れた。だから、警察官にだってなった。きっとこういう気持ちだったのだろう。
外が騒がしいので窓の外に顔を向けてみると、人だかりができていた。目を凝らすと、宇宙人の遺体がそこに転がっていた。マジかよ。あいつらどこでも死ぬな。呆れて笑ってしまった。野次馬から声が聞こえた。「あっちにもう一匹逃げたぞ!」
生き残りがいたのか。体から管を抜くと、あばらが痛んだ。ベッドから起き上がってエレベーターへ走った。左目だけで歩くのに慣れていないせいか壁に何度もぶつかった。小さい痣を作りながらエレベーターに乗り込んで下を目指す。案の定看護師が止めてきた。「何してるんですか?」「すいません、外の野次馬の中に指名手配犯を見つけまして、今捕まえないといけません。刺激したくないので、警察は呼ばないでください。いつも通りに過ごしてください。」こういう時の方が口は自分でも驚くほどに回る。看護師は下がって、エレベーターに乗り、外に辿り着いた。
工事現場に落ちていた鉄の棒を杖代わりに路地裏を進むと白い体が見えた。見つけた。思わず笑みがこぼれた。目標を見つけた殺人鬼はこういう気持ちなのかもしれない。そんな思考を丸めて捨てた。轢かれたあいつらを見た時に分かったんだ。緑色の血の生き物は生かしておいても意味はない。血の色も違うのに分かり合えるはずもない。だから、殺す。
白い化け物はゴミ箱に隠れたようだ。あれで隠れたつもりなのだ。愚かだ。実に愚かだ。あんな愚かな生物のせいで、俺は右眼と相棒を失ったのか。
そう思うと奴らの愚かさに腹が立った。ゴミ箱のフタを取ると、奴が震えながらこっちを見た。鉄の棒を思いっきり振り上げ奴の頭に突き刺した。そこからは頭が真っ白になり、何度突き刺したか覚えていない。病院に戻ってさっきの看護師さんに犯人を捕まえて引き渡した旨を伝えた。ゴミ回収業者に引き渡すのだから嘘は言っていない。
今日はもうベッドに戻ろう。明日からきっとまた忙しくなる。
宇宙人残り62人 嘘つき70億人
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