~2~ ネトゲの嫁はクラスメイト
夏の香りがする朝。昨日の一件を思い出しながらぼんやりと通学路へを歩いていた。
『リアルの俺を知っている? なんで?』
『コンビニで、このゲームのお話しているのを聞いたの』
『人違いじゃ......?』
『同じチームの人の名前も沢山出てきてて、そこに私の名前もあった』
......確かにコンビニでラストファンタジアの話をしていた事はある。
それは数ヶ月前に友達と学校近くのコンビニへと入った時。
何気なしに友達がネトゲの話をしだして、盛り上がってしまいチームの話になった事があった。
『私、その話に動揺して飲み物落としちゃったんだ。 でもそれを君が拾ってくれたの。 大丈夫?って声かけてくれたんだけど』
飲み物......確かに拾った覚えがある。そうか、と言う事は、この人は――。
『同じクラスの南乃 美七冬、か?』
『うん』
マ、マジでか。
南乃はクラスでは大人しくてあまり喋らない。見てる限りでは、友達も少なく、割りといつも1人でいるような印象だ。
要するに俺と同じ陰キャと呼ばれる人間。......いや、俺と同じにしたら失礼だな。
しかしそうか、南乃がアリスだったのか......
うーん、いやあ、信じられない話だろこれ。こんな身近にネトゲの嫁(しかも女の子)が......けど、あのアリスが嘘を言うなんて有り得ないし思えない。おそらく、これは本当の事なんだろうが......。
なら......だったら、俺は話しをしてみたい。アリスと、彼女とリアルで会って実際に言葉を交わして、この一年の軌跡を、今まで一緒にいた思い出の話を語り合いたい。
......彼女はどう思っているんだろう?
隠し事をしたくないと南乃は言っていた。「隠し事をしたくない」ただそれだけなのか?だとしたらリアルで会う事なんて望んでいないのか。
いや、まあ俺はクラスカースト最底辺の陰キャだしな。顔も普通(多分)成績だってそこそこだし。その辺のリアル情報を知っていれば尚更そうだ。
答えは「隠し事をしたく無いから話はしたけれど、今まで通りネトゲだけの交流がしたい」......アリスの意図としては、そんな所か?
しかしネガティブな思考を巡らせていた俺は彼女から送られてきたメッセージに驚く。
『良かったらなんだけど、明日、学校で私と話をしてくれないかな?』
......なん、だと。
可能性としてはありえなくも無い事だったし、願っていた事でもあった。が、やはりそれがリアルで起きると人は思考が一時的に停止してしまうらしい。モニターに映し出された一文を眺め俺は固まっていた。
......この感じはそうだな。ノーマルレアゲートから星2、星3レアゲートに確変し、ピックアップが仕事を果たした時の感じと似ている。または、初手理事長。
しかし、いざそれが叶うとなると恐怖が込み上げてくるな......。
今、俺の中では期待と不安の乗った天秤がガシャンガシャンと音を立てシーソーゲームしている。
緊張でどもったりしてイメージと違うって嫌われたらどうしよう?でも、今まで会えるとは思っていなかった嫁と実際に話ができるとか、どれだけ楽しいんだろう?......でも、嫌われたらもうネトゲでも話できなくなるぞ?
――いや......でも、アリスは話したがってる。
そう、結局の所、俺の中ではそれが大きかったようだ。
『うん、わかった。明日話をしよう』
『ありがとう。 ......じゃあ、また明日ね! 学校で!』
『ああ、また明日! おやすみ』
『おやすみなさい。 明日、連絡するからね! 夜更かしすんなよ! ふひひ』
そのやりとりの後、俺は結局一睡も出来ずに朝方までクラフトやらギャザリングしていたのだ。
俺の大切な、近くて遠い存在であったハズの彼女は実は同じクラスの女の子だった......興奮と期待、そして恐怖。すんなりと眠れるわけもなく。
そして明くる朝の今現在、睡眠不足の頭を引きずりながら登校途中なのであった。
......でも、これはどういう感じで接したら良いんだ?
ネトゲ同様、相方として接していたように、なれなれしくしても良いものなのだろうか?
いや、リアルでそれしたら流石に引かれるよな......て言うかまあ、そんな勇気も無いんだが。引かれたらガチで死ねる。ちょーこわーい!
その時、後ろから幼さの残る可愛らしく元気な声が聞こえた。
「おーい、四季ー! ちゃんと前見て歩きなよー!」
「ん、ああ......日夏か」
振り向くと見慣れた女子の顔が目にはいる。しかし見慣れたとはいえ、彼女は学校で1位2位を争うレベルの可愛さを誇る。それ故に接する時には多少の緊張が走る。
彼女の名前は西垣 日夏。同級生で幼なじみ。
彼女を一言で表すなら、幼可愛い。
幼い顔がより幼く見える小顔に、明るすぎない茶髪のツインテール。そしてなんといっても特徴的な前髪の眉上ぱっつん。
それに加え小柄な背丈と、少し鼻にかかるような癖のある可愛らしい声色が、チャームポイントとして彼女の可愛さを引き立てている。
「おいおい、なんだよその腑抜けた顔は~。 いつになく眠そうな顔してるなあ......」
「眠そうな顔? まあ、実際眠いからな」
「......あんた、またネトゲ朝方までしてたの?」
「ああ、眠れんくて」
「バカ! ちゃんと寝ないとダメだろ!? 倒れたりしたらどーすんのさ!」
「大丈夫だって。 おれ――ッぐふっ!?」
ぼふっ!と俺の腹にタックルをきめる彼女。こんな風にいつも俺の事を気にかけてくれる優しい幼なじみだ。けれど、こういう暴力的な所は何とかした方がいいと思うんだよね。......家出る前に飲んだ珈琲を吐きそう。てか、これで倒れそうなんすけど。
「これに懲りたら睡眠はしっかりと取りなね! はい、わかりました、は?」
「わ、わかりました......ぐぅ、あ、かはっ」
「まったく、本当に四季は心配ばかりさせるなあ」
「し、心配してくれてありがとう......けどお前、俺みたいな陰キャばっかりに構ってたらダメだぞ」
「は? 陰キャ? ......てか何がダメなのさ?」
「お前さ、せっかく可愛いのにこんな風に俺なんかと一緒にいたり、構ってたりしてたら彼......ん?」
彼氏とかできないぞ?って言うか居るのかもしれんけど。つーか、いたとしたら俺がしめられそうで怖いんだが......などと言いかけた時、彼女に異変が起こっている事に気がついた。顔がすっごく赤い......もしかして熱ある?
「か、可愛い......? 私が? 今、四季、私の事......」
「え、あ、ああ。 いや、それどころでは......」
何やらぶつぶつ独り言を始めた。え、これマジでヤバいんじゃない?
こいつ俺に寝不足ダメとか言っといて風邪でもひいてるんじゃないのか?どんどん顔赤くなってくし、明らかに熱あるだろ。
「お前、大丈夫か? 顔が真っ赤なんだけど......」
「ふぇ!? あ、へ? りゃ、りゃいりょぶ」
「いや呂律が回ってない! 入れ歯の取れたご老人みたいな感じになってる!」
「――ん。ご、ごほん! だ、だだだだ、大丈夫だよ! あたし先行くから!!」
そういうと彼女は凄まじい勢いで学校へと向かい走り出した。が、すぐに止まりこちらへ向き直り、まだ熱の残ってそうな顔と潤んだ瞳を此方へ向けた。
「......あ、ありがとう」
その一言を残し再度学校へと走り出した。
「ありがとうって、なに?」
冷静なツッコミとは裏腹に、幼なじみの潤んだ瞳とその表情に胸の高鳴りがおさまらなかった。本当に可愛いよな、あいつ。
優しいし気が利くし、面倒見も良い......本当、日夏の彼氏になれるやつは羨ましい限りだよ。
てか、マジで大丈夫なのか、あいつ......。
靴を上履きへと履き替え、騒がしい朝の廊下を歩く。やがて俺の所属する、2年A組の教室へつき、一呼吸した。
教室へと入るのにこれ程までに緊張したことが、今までにあっただろうか。この中に、彼女が居る......
覚悟を決め、俺は扉を引いた。
......前から二列目の窓側から三番目......いた。
肩に掛かる黒髪、そして前髪は目を隠す程に長い。俺も含めこの学校の生徒、教師に至る全ての人は誰も彼女の顔をまともに見たことがない。いったいどんな顔してるんだろうな。
彼女はいつも通り一人机でスマホをいじっていた。姿を確認して俺は一番後ろの自分の席へとつく。そのときスマホに着信をしらせる振動が走った。
メッセージが一件。
アリス『おはよう、シキ!』
アリス......!
再度、南乃を見てみたがその様子に変化は無く、先程とかわらない姿でスマホをいじっている。
南乃のアクションの無さに、彼女がこの文面を打ってるんだよな?と、若干不安になる。
『おはよう。 何だか不思議な感じだな』
『ん? 何が?』
『アリスと一緒の教室にこんなふうに居るなんて』
『本当だよね、嬉しい!』
でも、出来るならはやく顔を見ながら話がしたい。そんな思いを浮かべながら、また彼女へと顔を向けると彼女もこちらを見ていた。
前髪のせいでその表情は読めないけれど、頬が緩んでいるのが微かに見てとれる。
ああ、同じ気持ちなんだと思い、俺は心が軽くなるのを感じた。
キーンコーンカーンコーン。お昼休憩を知らせる救いの鐘の音がなる。
「よっすー! 四季」
不思議な事に例の悲惨な事件が起きたにも関わらず、話しかけてくるクラスメイトがいる。それが俺に話しかけてきたこの男子、篠崎 陸だ。
「......陸か」
「おうよ! てか、教室でお前に話しかけるやつ俺くらいじゃね?」
ぐっは!!ごふっ。
何気ない彼の一言が俺の心に深々と刺さり、脳内で吐血する。
「それよか、お前なんか今日めっちゃ携帯見てねえ? 何かあったのか?」
「......そ、そうか? 気のせいだろ」
「気のせいかな。 いつもなら大体机突っ伏して寝てるだろ? あとなんかすげーそわそわしてるし」
た、確かにそうかも。大体ネトゲやらなんやらで寝不足気味だから寝てることの方が多いかも......え、てか俺そんな挙動不審になってるか?よく見てるなあ。
ちなみに陸はネトゲのチームの一人で、俺のネトゲ嫁を男だと言いきっていた奴。
いらんことを言ったり基本お調子者気質だが、今もこうして俺の身を案じてくれたり、日夏と同じくこいつも良いやつだ。
ちなみに、俺にネトゲ嫁がいる事を知っているのは陸ともう1人、チームマスターの2人だけだ。
「まあ、なんかあったら言えよな。 聞くだけならできんだからよ......まあ、逆に言えば聞くだけしか出来ないかもだけどな。 案外気持ち楽んなるかもしれんよ」
「ああ、大丈夫。 ありがとな」
「うんにゃあ、お前には世話になってっからな」
世話......ゲームの話か。俺達がやっているネトゲ、ラストファンタジアでは高難度レイドと呼ばれるクエストがある。
それは難易度の高いボスを8人で倒すと言うもので、俺は人数合わせでそれに入りそれからずっと一緒にレイドをやっている。
このレイドは難易度の高いもので、腕と知識(敵の行動パターンを覚える)を要求される事から、参加するメンバーを集めること事が困難なのだ。多分、陸はその事を言っているのだろう。
「あー、そだそだ」
「?」
「こないだの星乃アリスの配信みたか?」
「ああ、みたみた。 途中で寝落ちしたやつだよな......」
一昨日だったか、俺の推しVTuberである星乃アリスが生配信中に眠ってしまうという放送事故があった。
基本元気にトークをする彼女だが、その日は違った。回らない呂律、度々止まる動き、おそらく配信直後からリスナーの皆が思っていただろう。「あ、この人眠いんだ」と。
その皆の予想が的中し、彼女は配信の最中に寝落ちをキメてしまったのだった。
「寝落ちしたと言うのにチャット欄が凄まじく盛り上がっていたな」
「ああ、すごかったな。 さすが大人気配信者だよな、はは」
「まあ、リスナーもその大人気配信者様のいびきが聴けて感無量だろう......迫力も大物だったな」
ガタンッ!!
「ん?」
「え?」
見ると南乃がスマホを足元に落としていた。すぐに拾っていたが何か動揺してるみたいに見える。具合悪いのか?
なんだか心配だな......あ、そうだ。
『どうした? 大丈夫か?』
と、俺がメッセージを送った次の瞬間。
ガタンッ!
また落とした!?やめて、スマホのライフは0よ!......なんて言ってる場合じゃないな。
「陸、すまんちょっと」
「お? ああ、うん」
俺は南乃の元へと駆け寄る。人の目が気にはなるが、恥ずかしいだのなんだのは二の次。今は心配がそれを上回っている。
「南乃さん、大丈夫か?」
「ふ、ふぇ? あ、え!? 四季くん? ど、どどど、どうしたの?」
「どうしたのはこっちのセリフだ。 ......顔が赤い。 熱あるな」
風邪か?とにかくスマホを何度も落とすくらいに手もおぼつかないこの状態の彼女を放ってはおけない。ってこの症状今朝も見なかった?風邪流行ってるのか。
まあいい、保健室だな。俺はそうして南乃の手を引いた。
「え、あ、え!?」
「保健室、いくぞ」
ガラガラッ
「......」
誰も居ない。また杏子先生、保険室あけっぱにしてどっか遊びにいったな。
ふらふらとすぐ居なくなるよな、あの人。......まあ、いいかとりあえず体温計、体温計。
「南乃、そこのベッド横になってて」
「あ、うん、あ......ありがとう」
「朝から熱あったのか?」
「う、ううん。 熱は多分もうない、よ」
そうかもう無いのか。......ん、どゆこと?
「とりあえずはい、体温計」
手渡したそれを受け取り熱を測る。俺は後ろを向き窓の外を眺める。あ、校庭に猫が......。
その時ピピピと結果を知らせる電子音が聞こえた。
どれどれ......ん?あれ、ホントだ。熱はない。
「ご、ごめんね。 私、ちょっと緊張していて」
「緊張?」
「君が、その......私の、話をしていたから」
......? してないよ?ん、なんの話だ?ネトゲの事か......?気がつかない内に名前だしてたとか?いや、そんなはずは無い。
「あ、いや、大丈夫だよ。 南乃の話はしていない。 さっきはVTuberの星乃アリスの話をしていただけだよ」
そうだ。陸との会話は星乃アリスの話題だけだった。だから南乃が出てくる理由も訳も無い。
「大丈夫、南乃のネトゲキャラは誰にも言ってないぞ。 安心してくれ」
「ち、ちがくて......その星乃アリスの話」
「ああ、南乃も星乃アリスの大ファンだよな......もしかして会話に入りたかったのか?」
「う、うん......あ、いや、ちがくて、そうじゃなくて......」
また顔が赤い。何だ?瞳が......潤んでいて、か、可愛い。
っていうか、この人顔が髪で隠れてるせいで分からんかったけどもしかして、かなりの美人さんじゃね?
ドキドキと心臓が激しく動く。
これ、この雰囲気はどこかで......あ、あれだ。俺がネトゲ内で結婚を申し込んだとき、告白した時の。......息が苦しい。
「ま、前もいったけどね? その、私、なんだよね......」
「えっと、な、なにが?」
「う? あ、あれ? 私言ったでしょ? その星乃アリスの中の人やってるって」
ネトゲの話をしているのか?確かに南のネトゲキャラ、アリスは星乃アリスをキャラクリで再現している......今その話関係あるのか?
ネトゲキャラの星乃アリスの中の人。それがどうしたのだろう......話の意図が上手く理解出来ない。
混乱している俺を不安そうに見ている南乃。すると彼女は小さく頷いた。前髪で遮られて見えないが、しっかりとその強い視線を感じる。
なんだ?な、何が起ころうとしているんだ?
激しく鳴る鼓動、時を刻む心拍数だけが、この事態を理解しているようで、俺心だけが置いてけぼりになっていた。
南乃は意を決したように、静かに、すぅっと息を吸い込む。
おもむろに胸にある黒猫のシルエットが先についているヘアピンを使い、前髪を横に寄せる。
「......あ」
大きな、美しい瞳。その眼は人の心を吸い込み逃さない、そんな魔力があるように感じた。
......――美しい。
そして、窓から差し込む光のカーテンが俺と彼女を一つの空間へと閉じ込める。
場の空気が変わり、南乃は......いや、星乃アリスが喋り出した。
「四季くん、いつも沢山チャットありがとう。 すごく励みになって......支えられている」
......この声は......配信で、切り抜きで、死ぬ程聞いた声。
「お、お前......物真似? けど、これは......」
そう、これはそんなレベルでは無い。言葉や理屈に落とし込めない、理由付けの出来ない確かな本物がそこにあった。
「前に言ったじゃんか! 私が本物の星乃アリスだよって」
や、やべえ、緊張が。だって、この話し方......笑いかた。同じだ!俺が見ていた星乃アリスがここにいる!!
登録者150万人越えの大人気VTuberが......!!!
「あの時、四季は全然反応がなくなって......そのあとどう接していいかわからなくなって悩んだんだけど。 その感じだと、もしかして冗談に聞こえてたのかな?」
「あ......あ! 確かに何か大切な話があるって言ってた時、あの時か! すまん、前の日フレンドのレイドを手伝っていて寝不足で......頭に入ってなかった。 ごめん」
そうだ、あの時。前の日に陸に頼まれて徹夜でレイドして
たから......そうか、あの時に。
「まあ、良いけどね。 ふふ、私の旦那様はリアルも同じなんだね」
「え、え?」
「優しくて、いざとなったら頼れる素敵な人。 ふひひ」
いやだめだこれ!理解はしたけど頭が回らん!なんだこれ夢じゃないのか?
俺は今現実にいるのか?これはもしや幻術にでもかけられてるのか?瞳術的な、万華鏡的な!
ネトゲの嫁がクラスメイトで、しかもクラスの女子で隠れ美人さんで......とどめに憧れの推しVTuber?
あ、だめだ......
意識が。
「え!? 四季くん!? 大丈夫!? ねえ!」
そして俺は、憧れの美声の中で意識を失った。
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