~20~ 魔王の娘
「おにーちゃーん!」
家の扉をあけると、可愛い妹がロケット弾のようにぶっ飛んで来た。
ドゴオオオオオン!!!!
「――ぐはっ」
「むぎゅううううう」
腹部に突撃された。腹筋に力を込めていたとはいえ発育の良い(胸以外)彼女は俺とそう変わらない身長なので、その突進の威力(90)/命中(85)は中々のもの。普通に押し倒されてしまった。
そして彼女、春はそのまま、まるで愛しい主人が帰って来て喜ぶ猫のように、頬擦りをしてくる。
「んふふふー、すりすり。 にゃあっ」
「猫!」
「可愛がってにゃあにゃあ」
ごろごろとまるで喉を鳴らす猫のように春は目を細める。いや可愛いけれどもね......てか、なんか今日は甘えたモード全快だな?
「......はいはい、どいたどいた」
俺は春の頭をひとなでして、覆い被さる体をよかした。よっこいしょ。
「ううー。 なんでさー。 ちょっとくらい甘えさせてよ~」
「甘えるのは良いけど、その甘えかたはおかしいだろーよ」
「おかしいの?」
「お前、妹。 俺は兄......そんないちゃいちゃは普通しない」
「うちは......妹、ねえ」
「......」
寂しそうに視線を落とす春。いや、え、妹だろ......どういう意味だ?
その悲しげな瞳は何を訴えている?
「うち......でも、いつか......じゃ無くなるよ......だって」
「春。 どうした? なんでそんな事言うんだ?」
「え、あ......ご、ごめんなさい。 なんでもない、よ」
妹だよ。今までも、これからも。ずっと......そうさ、ずっと春は俺の家族なんだ。
誰にも......を、壊させない......俺は護るぞ。
父さん、母さん、春、南乃、日夏、海斗、陸、師匠、先生......皆、逃がさない。
「お、お兄ちゃん......?」
「え、あ......すまん。 ぼーっとしてた」
「大丈夫? うちが変な事いったから?」
「いや、大丈夫だ。 俺もごめんな? ......えっと、父さんは? 寝てるのか?」
「んーん。 仕事で出掛けたよ」
「担当さんと打ち合わせかな。 わかった、ありがとう」
ポンポンと春の頭を柔らかくたたく。
「うにゅう」
うーむ。可愛い。配信とかしたら絶対人気でそう。させないし止めるけど。あ、でもVTuberならワンチャン?むしろ俺がスパチャ投げるまである。とかいって。
「お兄ちゃんお風呂は?」
「後で(春が部屋に入ってからこっそり)入る」
「えー、汗くさくなるよー?」
「だってお前、普通に浴室はいってくるし」
「いやあ、だってお兄ちゃんが心配だからさー」
「え、なんの心配?」
「ほら、泡とかで滑って転んだりしたら危ない。 だれか見てないと」
「子供かっ!」
「それにうち、将来介護士になる予定だからさー、今のうち訓練といいますかー」
「え、そうなの?」
「うん、家族とかに役立つし」
もしかして、母さんと父さんの老後を考えて?マジかよ。春がそんな事を考えているなんて......すまない、ただの変態ブラコンだと思っていた。数分前からここまでの自分を殴ってやりたい。
「お兄ちゃんの老後のね!」
「俺だった!?」
「あははは」
「なにわろてんねん!」
「だーってお兄ちゃん面白いんだもん。 ......お腹いたい。 ぷくくっ」
「あー、もう良いからご飯作るぞ......」
「......まあ、これはこれで「花嫁修業」兼ねてるんだけどね。 四季くん」ボソッ
「え、何か言った?」
「ううん。 なんでもなーい」
食材を探しに冷蔵庫へと頭を突っ込んでいて何も聞こえなかった。
なんか聞こえた気がするが......なんでも無いならなんでも無いのか。あ、このソーセージ賞味期限きれそ。
◆◇◆◇◆◇
シキ『こんばんは! お疲れ様ー』
リク『よっすー! お疲れ』
アリス『こんばんは! お疲れ様!』
ニカ『おっつー!』
カイト『お疲れー』
ガクト『おつ』
家事と食事、風呂を済ませ俺はもうひとつの生きる世界、ラストファンタジアへインした。
ログハウスのような部屋に置いてある木造のベッドで俺の分身であるキャラクターの目が醒め、それと同時にチームの皆から挨拶が飛んで来る。挨拶、大事。
ん、今日ログインしてるの学校の人だけだな。この時間に他のメンバーがログインしてないと言うことは、多分もうインしない。あ、でも先生は夜中とかにログインするときあるな。もしかして仕事してるのかな......大変だ。本当にかわいそう。
こないだクラフトして余ったアイテムでもおくってやろう......『お仕事お疲れ様』っと、ポチ。
カイト『さてと、俺とリクとガクトは今からダンジョンへ行ってくる。 シキはどうする?』
シキ『俺はきたばっかりだからパスで』
カイト『了解。 ではまたな』
シキ『ああ、うん。 また』
そして部屋をでると、そこにはウサミミの前髪ぱっつん詩人とネコミミが生えた星乃アリスそっくりの白魔導師が居た。
ニカとアリスだ。ウサミミを生やしている弓を背負った彼女がニカで幼なじみの西垣 日夏、アリスは同級生の南乃 美七冬だ。
ニカ『あ、出てきた』
アリス『やほやほー』
シキ『よう......どうしたんだ? 二人一緒に迎えに来てくれて』
アリス『三人で遊ぼうと思ってさ』
ニカ『うむ。 ほら、夏真っ只中じゃん? 海でスクショ撮ったりしようかなって』
アリス『思い出作りだよ』
シキ『ああ、成る程な』
ラストファンタジアのグラフィックは凄い。人工物、樹木、花、空に雲、そして天に浮かぶ星。ゆっくりと変化する時間とそれにより移り変わる景色。どれもリアルに作られていて現実とは違えど、それがホンモノのように感じられる。
中でも特に水の表現が素晴らしく、ちょっとした池や川は勿論、海なども恐ろしく綺麗で精巧だ。
これらの広大で美しいフィールドを制作するのには、かなりの技術と時間を要したのだと開発陣による生放送で聞いたことがあった。
シキ『どこの海が良い? テレポートするけど』
アリス『ありがとう』
ニカ『えと、グリーンビーチで!』
シキ『オッケー』
ってか、ニカ......普通に話をしてくれるな。俺が過敏になりすぎていたのか。良かった、また元通り幼なじみ同士普通の関係に戻れて。
それを良しとしてくれるなら、俺は大丈夫だ。......どうかこのままで。平穏な毎日が続き、皆といられますように。
シュンという効果音がなり、俺達は白い砂浜へと降り立った。眼前には碧の美しい海が広がり、後ろは生い茂る木々の森林。
森に囲まれた緑色の海からこの場所はグリーンビーチと呼ばれていた。
特にこの場所で発生するクエストやイベントも無いので、割りと人が訪れる事もなく、穴場のデートスポットのような感じ。
現に今この場所にいるのも俺達以外には一組のカップルだけだ。
ニカ『いつきても綺麗だねー。 天気も良いし』
シキ『確かに。 俺は雨降ってる時も好きだけど』
アリス『あー、確かに。 たまにおっきな虹かかるしね』
ニカ『え、なにそれ!? 見たことないんだが!』
シキ『マジか。 願いを叶える虹らしいぞ』
アリス『私とシキは一回だけ見たことあるよね。 かなりレアらしいよ』
ニカ『えーーーみたいなあ。 雨降んないかなあ』
シキ『えーと......うん。 予報だと三日後まで快晴だとさ』
ニカ『ちくしょー!』
アリス『あはは。 今度タイミングみて来ようよ』
さてと!と、ニカが言った。そして次の瞬間、身に纏っていた鎧や武器の装備が消え、一瞬にして赤い水着姿へとチェンジした。彼女の着ている水着は、ビキニにフリルがあしらってあるタイプで、ハイビスカスのような花柄。腰のあたりからは白くてふさふさのまるい尻尾が出ていた。
ニカの種族は兎がモデルの獣人で、と言っても獣部分は耳と尻尾くらいなものだが、それがまたポイントが高く人気である。
ニカ『アリスちゃんも』
アリス『うん』
バシュッと言う効果音と白い光に包まれ、アリスも水着になる。彼女の水着は青く、ニカと同じようにフリルがあしらってあった。
アリスは猫の獣人。こちらも耳と尻尾があり、腰からでているそれをご機嫌なのかブンブンと振り回している。可愛い。
二人はシキにSS撮ってー!と叫びながら海へと駆けていった。
彼女らの足元のへと白い波が寄せてはかえる。
ザザーン、ザザーン。このSEはラストファンタジアの音楽担当の人が実際に音を現地へと赴き収録しているらしい。
リアルな音にあの日を思い出す。
潤んだ瞳、浮かぶ星空。
言えなかった......言葉を。
◇◆◇◆◇◆
PCの前、黒い花柄のテーブルクロスのかかる机に肩肘をつく、少女が1人。悩ましい顔をしながら泣きぼくろを指で触り、すっと顎したまでおろす。
「うむむ、まーたお兄ちゃん女キャラとおるし......」
はあ、どうしたら良いんだろう。そろそろ、お兄ちゃん呼びやめるかなあ。......でもそれで距離おかれたらうち寂しすぎて何するかわからん。
さっきも......変な雰囲気になって、怖かったし。
でも、多分お兄ちゃんは誰にも秘密を言ってない。ずっと一緒にいた日夏ちゃんにさえ。
そう......そうだ。
お兄ちゃんの暗い部分はうちだけの物。うちにしか癒せないし、そこに入る事は許されない。......うちが許さない。
けど、どうすれば......妹から抜け出せるの?いつまで縛られていれば良いの?
ありもしないものにすがって幻想に家族を浮かべ続けて、ずっとあなたの夢の一部で妹を演じれば......幸せなのかな?
無理だ。うちは、うちなんだ。
うちはネトゲのように運命が定められたNPCでもなければモブでも無い。
この焼けるように、痛む胸が......伝えてくる。本当の気持ちを。
みんなは知らない......。四季の弱い部分、可愛い部分、カッコいい部分。
本当は泣き虫で......昔はよくうちのベッドで頭をなでて慰めながら眠りに落ちた。あの寝顔、いとおしくてこっそり頬にキスをした。
ああ、そうだ
全部、全部全部全部全部全部全部――
うちのモノだ。苦しいときも、悲しいときも、孤独だったあの日も......ここまで支え続けた、うちの。
大丈夫、うちにもその権利はあるはずだ。
血は、繋がってないのだから。
四季、早く、うちの......ものにしたいな。
昔読んだ、勇者と魔王の娘の話を思い出す。
娘は勇者に恋をするが、最期までその想いを伝えられずにその刃に倒れた。
うちは、間違っている。四季の正しさからは外れた気持ちを持っている。
けれど、うちは娘のようにはならない。
必ず、うちが勝つ。
今度こそ、魔王の娘が幸せを掴んでも良いはず。
その為には――
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