~1~ ネトゲの嫁
俺の名前は北条 四季、高校二年生。多少目つきが悪いだけの、どこにでもいるゲーム好きの男子高校生だ。
勉強は適度に頑張り遊びに全力を出し、青春は画面の向こうの推しヒロインに捧げ、ゲームの中では思い切り暴れまわり、睡眠不足を引きずって学校の机の上で突っ伏して眠る。そんなごくごく普通の高校生。
けれどいつからだろう......俺が陰キャ判定をくらいクラスカーストの最底辺に居たのは。
いつ......? これは可能性の話なんだが......もしかしたら。
あれは高校へと入学してまだ間もない頃、授業をうけていた時の事だった。
――あ、そういえば......今日って......妹、夕食いらない日じゃなかったか?あれ......どうだっけ?
例えば、寝る直前や入浴中、何気ないふとした合間に唐突に忘れていた事を思い出す。誰しもが経験のある事ではないだろうか?
そして、困った事に俺は他の事に集中が出来ないほどにそれが気になり、もやもやしてくるタイプだったりする......それこそ勉強が手につかないくらいに。なので、すぐに解決できるならしてしまう方が良い。
授業中だが......また忘れたらあれだし、メッセージで聞いとくか。えーと、携帯、携帯ーと......あれ?どこだ?
机に入れといたよな?......?
――ガッ ん?あ、え?
取り出し損ねた携帯が俺の手に弾かれ、ポーンと宙を舞う。
「いや、まッ――」
何度も空中でのキャッチを試みる俺。しかしギリギリのところで掴めずお手玉のようにポンポンと跳ねる。なんて活きの良い携帯だよ!
しかしそれも虚しく、携帯の脱走劇は成功し、彼は地面へと叩きつけられた。こいつ、俺に捕まるより死を選ぶとは......!
そんなバカな事を妄想し、クラスメイトの注目による恥ずかしさを現実逃避していると、何故か、っていうか多分落とされた衝撃で携帯の電源がついた。
そしてプレイ途中の携帯ゲームが起動し、大音量の熱き歌を奏でる。
「「「♪おーおおうおーおー♪」」」
その当時寝る間も惜しんでプレイしていた携帯ゲーム「ホースガール ぷりちーダービー」のOP。そのパッションに満ちた壮大で魂を鼓舞するかのような曲が大音量で教室に流れだしたのだ。
(!? おいおいおい待て待て待て!!!!)
俺はあわてふためき発狂しそうになりながらも、とりあえず携帯のゲームを終了させようと動く。それくらいにはまだ冷静だった。
しかし、携帯取り出したその時、良くない事とは重なるもので、俺は机の横に掛けてあったカバンを引っ掻けてしまう。
「――え!?」
――ドシャッ!!
「あ!?」
中から雪崩のように流れ出てきたのは、当時も今も愛してやまないVTuberのグッズ(アクリルキーホルダー、ペンライト、下敷き、ミニぬいぐるみ)だった。
あっけにとられる俺、そしてクラスメイトと先生。
その時、先生は思考を巡らせる。生徒のカバンから現れたそれが校則の範疇にあるのか?果たしてスルーしても良い物なのか?
キーホルダー→わかる
下地→文房具だからね。わかる。
ペンライト→えー......あー、まあ。セーフで。ギリ。
ぬいぐるみ→ぬいぐるみね......いや、ぬいぐるみ!?ぬいぐるみ......かあ。......えぇ。
後に四季は語った。「なんだろう、ずっと一緒に居たかったんですよね、彼女(VTuber)と」
後にクラスメイトは語った。「いや、彼のカバン毎日パンパンに膨れ上がっていて前から不思議だったんだよね」と。
(あわわわわ......)
周囲を確認せずともおそらくは向けられているであろう白く冷たい目線を感じ、俺は自分の肩が震えていることに気がつく。
ここで笑いの一つでも起きれば救いはあったのだが(救いは、救いはあるのですかぁ?)かろうじて聞こえたのは求めた物とは質の違う、むしろ反対の救いのない失笑のみであった。
俺は悟った。
「ああ、短い高校生活だったな」と。
......ん、あれ、割りとハッキリ覚えてるな?あまりのショックで一時的な記憶喪失になっていたらしい。っていうか忘れたままの方が幸せだったよね、これ。
まあ、そんな訳で見事にキモオタ陰キャのレッテルを貼られ、噂を流された俺はクラスはおろか学校中で有名となり、カースト最底辺となったのだ。
そうして俺は......この時からネトゲの中に居場所を作るように、依存するようになった。リアル、学校生活は詰んだ感否めないしね。
あとネトゲ内には彼女居るしさ、ネトゲリア充だぜ!はっはっは!......こう言うところも陰キャくさいよね。知ってる。
とりあえず、面倒くさい人間関係を一時的にでもリセットしたかったのだ。
◇◆◇◆◇◆
ネトゲ、それは第二の人生。
大袈裟に聞こえるかもしれない。けれど多分一度プレイしてみるとわかる。
姿形、声、全てが自分とは違うキャラクターがゲームを進めて長い時間を共に歩いていると、不思議な話だがそれが自分自身と重なる時が必ずくる。
このゲームの世界で生まれたもう一人の自分。名前はシキ。
ゲーム内で出会った沢山の仲間や恋人に支えられ、同じ目標を目指し、毎日を過ごす。
そこには喜怒哀楽があり、楽しい事だけではなく、時として辛く悲しい事も......これ、もうリアルと同じじゃないか?
だから第二の人生。このMMORPG「ラストファンタジア」の世界で、俺は確かに生きている。
そして今現在、そんなネトゲの世界「ラストファンジア」へとインし、傍らに用意した淹れたての珈琲の匂いを相棒に、せっせとクッキー(換金できるアイテム)をクラフトしているのだった。
――ふぁーあ。眠っ。
『あそこはさ――』
『そうなんだよ、このゲームはさ』
『いやあ、レイドボス強かったね!』
『あれって何時からだっけ?』
『明日朝早いから落ちるわ~』
『おつー』
様々な会話が飛び交い賑わいを見せる此処は「ラストファンジア」の中の一つで緑豊かな森林に囲まれた国、グラダニア。
俺はそこの都市にあるアーラインカフェと言う場所でプレイヤー達の雑談とBGMを聴きながら黙々と「調理」と言う名のクラフトをしていた。俺はクラフトをする時この場所で作業をする事が多い。
チームにも所属しており、チームハウスと言われる拠点はあるのだが俺はこの木造の建物とまさに冒険者の酒場 (て言ってもカフェだけど)的なカフェの雰囲気が好きで入り浸っているのだ。そして理由はもう一つある。
『うわあ、凄い』
『でしょ!』
『うん、何したらいいの?』
『まずはね......』
カフェの中のNPCを指差し説明を始めるプレイヤーとそれに耳を傾けるプレイヤー。
(あれはビギナー、初心者さんだな。 ......この世界にまた新たなプレイヤーが生まれた)
プレイヤーの始まりの場所であるここが何となく好きなのだ。わかるだろうか、なんか、こうワクワクする。
ピローン。
「おっ」
クラフトしていた俺の耳に届く、ログインのSEとお知らせメッセージ『アリスさんがログインしました』。それにより彼女、ネトゲ嫁のアリスが帰ってきたことを知る。
「......まだ22時か。 今日は帰って来るのが少し早いな」
そう言いながら手早く労いのメッセージを送る。
『今日もお疲れ様。 お帰りなさい、アリス』
『ただいま。 シキもお疲れ様だよ~!』
『ありがとう。 どうする? デイリーでもいくか?』
デイリー。このネトゲ「ラストファンタジア」では、数多のクエストがあり、一日一回だけ経験値アップ獲得金アップのボーナス付きクエストが受けられる。それの事だ。
俺はいつもインしたら最初にこなしているから、仕事で遅めにしかインできないアリスのお手伝いって形になる事が多い。
『シキはもう終わってるんだよね? 私は今日はいいかな』
『わかった。 じゃあゆっくりしよう』
『ありがとう。 ふひひ、大好き』
アリスがデイリーをしないのは疲れているか、もしくは何か話をしたいことがあるか、大抵この二つの理由である事が多い。
あとはたまに優勢的にやりたいクエストがあったり別ゲーがやりたいとかがたまに。
『ねえ』
『ん?』
『今日もVTuber、星乃アリスの配信みてたの?』
『勿論! 最高だったぞ』
『ふふ、ありがとう』
俺と彼女はVTuber星乃アリスの大ファンだ。
星乃アリスとは、動画サイトMyTubeで活躍する今や誰もが知る登録者数150万人越えの大人気ネットバーチャルアイドル。
まだ活動一年にも満たない彼女だが、他に類を見ない美声と恐ろしく高い歌唱力、トーク力であっという間にトップクラスVTuberとなった。
そして、そのVTuber好きが講じてアリスとは仲良くなる事に。それもゲーム内結婚までするくらいの善きパートナーになった。
......てか、『ありがとう』?なんで俺は礼を言われたんだ?
『ミス』
ああ、打ち間違いか。ちなみに彼女のキャラクターはそのVTuber星乃アリスにそっくりで、似せて作られている。
この人はなりきり勢で星乃アリスになりきってゲームをする人なのだ。
口調も同じ、話のテンポも同じ、姿も同じ。多分、星乃アリスがこのゲームをしていたらこんな感じなんだろうなと思う。それほどの完璧ななりきりだ。かなり熱心に勉強し観察しているのがわかる。
最近ではまるで本物と接しているようにも感じる事が多々ある程なのだ。
今のももしかしたらなりきりが極まっての「ありがとう」だったのかもしれない。
そうしている内に彼女が俺のキャラクターの元へトテトテと走ってきた。うーん、やっぱり星乃アリスにそっくりのキャラクリだ。
『やほやほ! また此処でクラフトしていたのね』
『うん。 あともう少しで出来るから待ってな』
『うん、気にしないでいいよ~』
そういうと彼女は隣に来て、ピタリと体を密着させて腰をおろす。
なんだろう、ゲームキャラだけどドキドキするんだよな。基本、二人の時はこうやって俺にくっついてくるんだけど、嬉しい反面恥ずかしい。
同じチームに入っている友達には、「そいつ絶対に中身男やぞ!けっ!」っと言われたが、まあ、多分そうだろう。だって好きなVTuberも女性だし。たまに推しV星乃アリスのように素でおっさんぽい発言してるし俺も多分男だと思う。(リスナー『オッサンか?』星乃『オッサンじゃねーわッ!』が配信のテンプレ)
でもそれが何なんだと言うんだ?別に男でも女でも関係ないだろう。実際会うわけでもないしさ。楽しく遊べればそれで良いんだよ。
そう思い友達に「ははっ、嫉妬乙(^^ゞ」とメッセージ送ったら、「うわーん(つд;*)」と返って来た。ふふ、可愛いやつめ。
そんな事を思い更けていると調理していたアイテムが完成。よーし、あとはこれを......。
『あのさ』
『ん?』
『キミは今日もスーパーチャットしたの?』
『ああ、星乃アリスの配信か? したぞ。 まあ、額は微々たるものだけど』
『こんな話するとちょっと気分を悪くするかもしれないけれど』
彼女はそう前置きをして一呼吸置く。そしてすぐにまたチャット音が流れメッセージが表示された。
『お金、大丈夫なの? 聞いているだけでも結構スーパーチャットしてるみたいだけれど』
なるほど、そう言う事か......俺の金銭面、もしくは金の使い道を心配してくれてるのか。優しい。
『ああ、大丈夫だよ。 昔バイトして貯めた貯蓄が結構あるしな。 それに......』
俺が星乃アリスを応援するのには訳が、理由がある。俺はかつて夢を諦めた事がある。けれど、彼女の頑張る姿に俺はその夢を再び見る事ができた。
そう、だから。
『キミと同じだよ。 星乃アリスは俺の夢そのものだから、出来る限り応援したいんだ。 まあ、登録者数150万人越えの配信者の彼女だからこんなちっぽけな想い届くはずもないけどさ』
彼女のキャラクターが首を横に振る。
『そんな事ない。 きっと届いてるよ』
『お、おう』
『あ、ごめんなさい。 私はそう思うよ。 ほら彼女、鬼のようにエゴサしてるとか言っていたじゃん?』
『あー、言ってたな』
『だからきっと』
まあ、確かに。彼女はファンを大切にする。それこそ、スーパーチャットや専属コミュニティに入っていない人でも名前を覚えていたり。
だからこそここまで登録者数が伸び人気をえたのかもしれないが。
......。
『......。』
『......。』
? あれ、なんか黙りこんでしまったんだけど......?
テンポよく進んでいたチャットの流れが止まり、俺は流石にスーパーチャットの話題を引かれているのでは?と今更になってビビりだす。
ネトゲ嫁、アリス。
この人もまた俺の大切な人にかわりなく、まだ決して長いとは言えない人生の途上だが、それでも耐え難い辛い日も苦しい日があったりもした。けれどもそんな最中、俺を支え続けてくれたのはこの人だった。
ゲーム内の嫁とはいえ、中身がどこの誰かも分からないとはいえ、俺にとって彼女はかけがえのない存在なのだ。
そんな彼女に引かれてしまったというのは、街灯の無い夜道で灯りを失うような心細さと絶望を感じる。......こ、怖い。
なので、ここはこちらからこの空気をかえる必要がある。引かれていても......失いたくない。
『あ、そう。 これ、どーぞ!』
『......え、あ。 戦闘用の食事アイテム......三十個も!? 良いのこんなに?』
『ああ。 もうそろそろ無くなるって言っていただろ?』
『ありがとう。 いつも頼りきりで、ごめんね。 自分で作れって話なんだけれど』
『良いよ。 忙しいの知ってるし。 その分一緒に遊べる時間増えるだろ? だから気にしないで良いよ』
すると、アリスは俺のキャラクターに抱きついてきた。
ドキリと胸の奥で心臓が跳ねるのを感じる。
......これで何とかなったか?
流石に気持ち悪いと思った奴には抱きつかないだろ。多分。
『あの』
とアリスは切り出した。
『もうすぐ、ゲーム内で結婚してから一年くらいたつでしょう?』
『おお、そうだな』
もう一年か。あっという間だったな......色々あって感慨深い。俺はもうこの人から離れられないかもしれない。たくさんの時間を共にした彼女は最早家族と言っても差し支えないくらいの親愛度が俺の中に蓄積している。最早、依存のレベルだ。
俺にとって彼女はそのくらい大きな存在になっていた。
しかし、これはもうリアルで彼女とかできないな。だから必然的にもう一生童貞かもしれないわ。
だが、その覚悟は......ある!!
『アリス、一年もずっと一緒にいてくれてありがとう』
『こちらこそありがとう。 それでなんだけどね、話したいことがあるの』
話......なんだろう、記念日のデートの計画とか?
『私、少し前から黙っていた事があって。 シキには隠し事とかしていたくないから......言っても良い、かな?』
んんんん?
え、なんだ?なんか嫌な流れになってないか、これ。
不穏な空気からの俺が打開すべく渡した食事アイテム。それに罪悪感を感じた(?)直後の彼女の秘密の告白。
テンプレ的な流れで行くと、これはもしかして......え、え?実は他に、好きなおと......が?嘘だろ?い、嫌だ!
ああああああ!これ以上は言葉にできない!考えただけでも吐きそうになる。心臓が暴れてる!肋骨にばっこんばっこんダイレクトアタックかましてそうな勢いで!はあはあ。怖い、怖すぎる!!
い、いや、けれど話を聞いてあげないと......そ、そうだ。と、とととと、とにかく聞かねば。進まない。この地獄は終わらない!
ここは冷静に、余裕のある出来る男のように!
『黙っていた事? なんだろう』
全力で平静を装う俺。
『私ね、多分、シキの事......現実の君の事。 知ってるんだ』
は......?
え、え......
――リアルの俺の事、だと!!!!
『え、ああ、そんな事か。 良かったあー』
『うん......え、え!? 良かった!?』
あーせったぁ~!マジでびびったわ。そういう話ね?なんだよお別れかと思ったぜ。
いや、俺は彼女の事信じていたけどね?何て言うの、あの空気がさもう終末ってたからさ。雰囲気に飲まれるってやつ?びっくりしたぁ。領域展開マジ勘弁だよ。
『そんな事!? 良かった!? リアル、身バレしてるんだけど、そんな事なの? き、君スゴいね。 知らない間に身バレとか私なら怖くて震えるんだけど......』
『いやあ、俺が今考えていた最悪な事態に比べれば身バレくらい......』
ホッとした俺は先程アリスに言われた言葉を反芻する。
いやあ、マジで怖かった~。んで、なんだっけ話の内容。なんか重要な話ではあったような......身バレがどうとか、ん?
『え、身バレ!?』
『いや、遅ッ!?』
ネトゲの嫁はリアルの俺を知っているようです。
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今日中にあと2話あげます。次は19時頃です!よろしくお願いします!