~18~ 負けず嫌い
お昼休みが過ぎ、先生の眠たくなるような教科書朗読に耐え、必死に意識を保つ。苦し紛れに教室を見渡し、ふと日夏と南乃の後ろ姿が目にはいる。
日夏は小さなうちわでパタパタとあおぎ、早く授業終わらないかな~と言う様に半目で時計を睨んでいる。うん、わかるよ、眠いんだね。
対して南乃は真剣な眼差しでノートに筆を走らせ、睡魔に蝕まれているような雰囲気も無く、至って真面目に授業を受け続けていた。なんとも対照的な二人である。
朝、二人は互いが同じネトゲのチームメンバーだと言う事を知った。それは南乃にとっても日夏にとっても、この平穏的な日常に良質な変化をもたらしたのだと思う。
何故なら休み時間のたびに日夏は南乃の机へと赴き、南乃はそれを嬉しそうにしていたし、周囲の人間はクラスカースト上位で、高校女子人気上位に位置する日夏と親しげに会話する南乃に興味を示していた。
そこには陰キャも陽キャもなく、ただただ長い時間を共にしてきたチームの形があった。ネトゲでの二人そのもの。
そう、南乃のスクールライフに今日、劇的な変化が起こったのだ。
それは陸の起こした事故の副産物だった。しかし、彼が南乃の前でニカの話をしなければ二人は陽キャと陰キャのまま別々のグループのまま決して交わることはなかったように思う。
かくいう俺は、おそらく変化という恐怖に支配されたまま、だらだらと日々を過ごし続け、何もできずに秘密は秘密のままで、ルールはルールのままに、この二人の関係をリアルでは作ってやれなかっただろう。
陸は人と人を結ぶのが上手い。この一件については偶然だとは思うが、しかしだからこそ陸は友達が多いし、生徒どころか教師にも好かれている。裏表の無いさっぱりとした元気な気紛れ猫男子。
だから俺は、陸の誘いで海斗が作ったチームへと加入したし、ネトゲ恋愛の相談をした事もある。
......ああ、また陸に助けられたな。
◇◆◇◆◇◆
「四季」
「あ、海斗......」
「聞いたぞ。 陸がまたやらかしたんだって?」
「あー、まあ。 けど、俺は別にこれで良かったと思う」
「ああ、いや、二人の様子を見ていたからな。 結果的には、俺もそう思うよ」
「......チームさ、リアルの話ってどうしてもダメなのか」
「それは、ダメだな。 ......あまり個人情報は出してほしくない」
「みんな信用できる奴しかいないと俺は思うんだけど......海斗は怖いのか?」
「怖いね、とても。 ......四季、お前は俺と同じだと思っているんだが」
「同じ? こんな陰キャオタクと陽キャイケメンが?」
「ふ、よせよ。 俺が隠れオタクだって知ってるだろ......むしろこうやって隠している方が陰キャオタクだと呼ばれるに相応しいよ」
いやまあ、そうなんだけど。でもやっぱイケメンだから何をどんなふうに言ってもイケメンなんだよな。
「海斗、チームはお前のチームなんだ。 ただ聞いただけ......だから俺はどうこうするつもりはないよ。 無闇に掻き回したりしない......心配しなくていい」
海斗は少し驚いたような表情で俺を見ていた。
「そんな心配はないさ。 あるのは信頼だけだ」
「......信頼」
「俺は皆信頼している。 ......客みたいだぞ」
「え?」
その時、後ろから「みつけた!」と小さくも嬉々とした声がした。振り向くと南乃がいて手をひらひらしながらこちらへ駆け寄ってくる。
「おお、南乃......どした?」
「お昼、四季くんとご飯食べられなかったから......あ、白石くん、こんにちは」
「こんにちは、南乃さん。 リアルでははじめましてだよね。 俺がチームマスターのカイトです、よろしく」
「よろしくお願いします、アリスです。 ニカちゃんから聞きました」
「うん。 それじゃあ俺はこれで......四季また夜な」
「え、ああ、また」
海斗はこれから帰ってまた勉強。家が家だからか大変そうだよな。
「......南乃?」
「あ、ごめん、ぼーっとして。 チームの人本当にたくさんいるんだなあって不思議な気分」
「まあ、そうだよな」
「あ、それより! 四季くん良かったら少しお話しない?」
「話? 俺は大丈夫だけど、南乃は忙しいんじゃないのか」
「大丈夫! 今日は四季くんとあんまり話せなかったし、私がお話したいの! ......ダメかな?」
懇願する、吐息が漏れでるような甘い声。
「......あ、いや。 わかった」
「やたっ!」
ふんふんと鼻を鳴らす。犬みたいだな。こちらも日夏が猫っぽくて南乃が犬っぽい、対照的だ。見ていて面白い。
「どこ行く? 中庭?」
「あ、えっとね、お外! カフェ行きたいな」
「カフェか」
「うん、駅前のね、じみーな所にあるんだけど、紅茶が美味しいの。 あんまりカフェとか好きじゃないかな」
「いや、大丈夫だ、了解。 行こう!」
カランカラン
ドアについているベルが鳴り来客を知らせた。店内に香ばしくも鼻を刺激する珈琲の香り。
左手にあるカウンターの奥では、マスターらしき白髭で体格の良いお爺さんがカップへとお湯を注いでいた。
ついでその横に居たメイド服の小さな女の子がとてとてと、こちらへ歩いてくる。
「いらっしゃいませー」
――え? ......一目見て俺はかたまった。
小学生くらいの背丈......マスターであるお爺さんのお孫さんのように見える。お手伝いって感じかもしれない。その格好はレトロな感じのメイド服で、フリルがついた可愛らしいもの。しっかりとその小さな身長に合わせて作られている。
しかし、それよりも俺がかたまった要因は別の事にあった。
この店員さん......ロシアの人か?
髪色が透き通るような美しい銀髪。瞳は青空に落とせばとけて消えそうなくらい澄んだ水色で、肌もきめ細かく白く美しい。しかし、それだけに無表情にジと目で微動だにしない姿は俺にはまるで命の通わない人形を思わせた......
精巧な美を追求したドール......ってのは言い過ぎかな。
「......あ、美七冬ちゃんだ」
「こんにちは、乃愛ちゃん」
「奥の席、空いてるよ。 美七冬ちゃんが好きなとこ」
「ありがとう。 四季くん行こう」
「あ、ああ」
「すごく可愛いでしょ、乃愛ちゃん。 ハーフなんだって」
ハーフ......成る程。見た目は完全に外国の少女だ。
「......凄い綺麗だな。 まるで小説から出てきたお姫様みたいだ」
「ね。 珈琲屋の小さな妖精さんって呼ばれてるんだよ」
「そうなのか」
確かに妖精と言われれば信じてしまうな。あの容姿なら。
「ちなみになんだけど......ここだけの話、中学二年生なんだって」
「え、小学生じゃないのか!?」
「うん。 私も聞いたときびっくりした」
「まさかうちの妹と同じ学年だとは......」
「え、四季くん妹さんいるの!? いいなあ~!」
「まあ、一応。 その反応的に南乃は一人っ子か?」
「うん、本当羨ましいなあ! あ、これメニューだよ」
「ん。 ありがとう」
珈琲が主なメニューだが、紅茶や抹茶もある。お菓子も焼き菓子や洋菓子のケーキがあり、見ているだけで美味しいとわかるような写真が載せられていた。
南乃は紅茶が美味しいと言ってたな。珈琲も気になるが今日は紅茶をいただこう。
「紅茶にするかな」
「お、良いっすね......って私が紅茶美味しいって言ったからかな? ごめんね? 珈琲も美味しいよ?」
「ああ、いや大丈夫だぞ。 今日は紅茶にする」
「ふひひ。 私も紅茶にする。 乃愛ちゃーん!」
呼ばれた銀髪中学生、乃愛はこちらへと歩いてきた。
「お決まりでしょうか」
「紅茶をふたつくださいな」
「え、紅茶、ふたりとも? ......ありがとう」
「ん、ありがとうって?」
「うん、紅茶はね乃愛ちゃんが淹れてくれるの。 ね、乃愛ちゃん」
「うん、僕がまかされてる」
「へえ、凄いな。 まだ中学生なのに店のメニューを任されているなんて」
「え......あ、ありがとう」
なんっっっっじゃこりゃ!!!!まじ女神!!
「あの、お兄さんは、名前......何て言うの?」
「俺?」
「うん。 教えるの嫌なら良い」
「や、大丈夫だよ。 俺の名前は北条四季」
「四季......四季くん?」
ほぼ初対面で下の名前を呼ぶとは。いや悪い気はしない、むしろ気分が良い。
「そう、四季」
「褒めてくれて、ありがとう。 四季くん、美七冬ちゃん......紅茶淹れてくるね。 へへ」
そういうと無表情だった顔が綻び、雲間からおちる一縷の光のようにその笑顔が俺の心の柔らかい所へと刺さった。
なんっっっっだこの破壊力!!!!まじ女神!!
キッチンカウンターへと帰っていく彼女の背中はどことなく嬉しそうだった。
南乃と今日の一件など雑談をして待つこと五分。銀髪のメイドさん、乃愛がカップとティーポットを木製トレーにのせて戻ってきた。
「おまたせです」
「乃愛ちゃん、ありがとう!」
「ありがとう。 ん? このケーキは」
見ると苺や蜜柑、キウイなどのフルーツが盛られている美味しそうなケーキが二つあった。
「サービス。 僕からだけど......どーぞ。 美味しいよ」
「えええ」
「い、いいのか?」
「そのかわり、と、言ってはあれだけど......また来てね」
銀髪メイドは目を泳がせ恥ずかしそうにそう言った。
「ふふ、四季くん、気に入られたねえ~?」
「え、あ、いや......うん、勿論、またくるよ」
隠れた人気店とされていると、ここにくるまでに南乃に教えて貰った。味は勿論、店の雰囲気、香り、全てにおいてレベルの高い店だと思う。
しかしおそらく、人気店をさらなる高みに押し上げているのは、この、小学生のような容姿にさらさらと日の光を放つような銀髪の可愛らしい中学生の存在が大きいのでは無いかと思った。
「ありがとうございました。 またのご来店おまちしております」
「またね、乃愛ちゃん」
「うん、またくるから」
微かに微笑んでいる乃愛に挨拶をし、俺達は店を後にした。
カランカラン
「乃愛ちゃん、四季くんがカッコいいから緊張してたねえ。 ふひひ」
「え、いやいや、そんなことないだろ」
「だっていつもならもっと喋りかけてくるんだよ? 今日はあんな感じだったけど、人懐っこい子なんだよあの子」
「そ、そうなのか......単純に怖がられてたのかもしれんけど(主に死んだ魚の目を)」
「そんなことないよ。 だってサービスくれたでしょ? あれ四季くんがいたからだよ」
「俺が?」
「うん。 四季くんは乃愛ちゃんのお気に入りになってるよ! ふたり目の妹だね!」
「......まあ、あんな可愛らしい妹なら大歓迎だな」
ん、携帯が。メッセージだ......?
穂四春『なんか呼んだ? お兄ちゃん』
......。
四季『呼んでないよ。 大丈夫』
え、何これ......怖い。もしかしてGPSとか盗聴機とか仕込まれてる?
「四季くん、どうしたの? 顔色悪くない?」
「あ、大丈夫」
......一応、お菓子でも買っていってやるか。一応。
◇◆◇◆◇◆
『お母さん、何で......』
『四季......ごめんね』
『残念だけど、四季くん。 君には価値がない......女でも無いし、まだまだ子供だ。 そう、邪魔にしかならない......さよならだ』
......――ん。
俺、寝てた、のか。
――痛っ、首が......寝違えた。
僅かに飲み残した珈琲を眺める。
日が落ち、暗くなった部屋。ある明かりはネトゲが映し出されたPCだけ。
カップの中を再度みると、その飲み残しが底の無い闇のように見えた。
ゆらゆらと。
しかし、本当に良かった。......ああ、良かった。
......何はともあれ、全てはまるくおさまり、南乃や日夏はネトゲの仲間だったという真実を知る事で、リアルでも良好な関係を築く事が出来た。
そして、俺は俺のまま。
――正直、信じていたとはいえ、可能性はあったんだよな。ああ、俺が絵師だと言うことを彼女に知られなくて良かった。
そう、俺は絵師である事は知られたくない。特に、南乃には。
俺は南乃の知る俺でいたい。絵師であると知られれば、多少なりとも二人の関係性はかわってしまう......良くも悪くも。
確かにそう......同じだ。
俺は変化と言うものが、たまらなく恐い。
出来ることならこの幸せで楽しい状態を、日々をいつまでも噛み締めていたい。
だから誰も、逃がさない。
――とある陰キャの、秘密だ。
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