~15~ 星空の君
二人を優しい潮の香りがふわりと包み込む。
どうした、告白がくるのは分かっていただろう。応えてやれよ......ちゃんと考えていた言葉があるんだろう?
そうだ、伝えたい思いはある。けれど、そう思っているのに......言葉が、上手く紡げない。
「俺は......」
「あ、ご、ごめん。 いま......答えなくても」
「いや、お前が大切な人に変わりは無い......だから」
そう、そうだ、日夏だって勇気を振り絞り、その想いを言葉に変え、伝えてくれた。だったらビビっている場合じゃない。
ああ、思い出せ、ラストファンタジアで四人用ダンジョンに野良で挑んだあの時の気持ちを!ぐだぐだなプレイしちゃって俺のせいでギスって解散したんだよな。懐かしい......
じゃなあああああーい!! 何やってんだよ!またこうやって話題をそらして逃げて......くそっ!
覚悟を決めろ!!
「俺も俺の話をするよ」
互いに緊張とそれによる精神的な負荷で、ふらふらしている。これは早めに決着をつけなければ。
「俺は......俺の家は貧乏だ。 今はそうでも無いが、お前も知っている通り金が無かった時期があった」
「......うん」
「謹慎あけ......お前とあまり行動しなくなった理由にさっき言った彼氏がいると勘違いした事と、もう一つ別の理由があったんだ」
「なに?」
「俺は絵師になって、イラストを描いていた」
......ああ、うん。わかるよ、お前の気持ち。その「何言ってんだ、こいつ?」って表情。俺も逆の立場ならそうなるもの。
てか、絵師って言ってわかるのか?一応、説明しとくか。
「えっと......絵師って言うのは、イラストを描く人の事で......」
「いや、それはわかるけど」
「あ、知ってたか......」
「それが今の話とどう関係あるの?」
「ああ、うん。 俺が絵師になった理由、それは金になりそうだったから、稼げそうだったからだ」
当時、中学生だった俺はバイトも学校の規則で禁止されていて、育ててくれた家族へと何も出来ないのが歯痒かった。
そして、そんなある日、心を打つイラストと出会った。俺はそれを見て思った。このイラストは金になると。
その絵師であり、偶然にもリアルで知り合った師匠に頼み込み、俺は弟子入りした。
「ある人の元で絵師になる練習をしていて、稼げるレベルになったのは大体一年くらいたった頃なんだけど。 ......家族の力になれればと思って始めたんだ」
「ちょ、ちょっと飲み込めないけど......あー、まあ......わかった。 ......それで?」
「ああ、ありがとう」
飲み込めないと言いつつ......良かった、ちゃんと話を聞いてくれる。
日夏からすれば急に話をかえられて意味不明な事聞かされてる訳だからな。怒って帰っても不思議ではない。
「そして実は描いた絵を売っていたことは師匠に黙っていたんだ。 でも、それがバレて辞めさせられた」
「それって......さっきから出てきてる師匠って人、もしかして一つ下の学年の木下 学人くん? あの絵がとても上手い」
「あ、そうそう! だから師匠って呼んでるんだ」
「あ、だから......不思議だったんだよね。 そーいう遊びなのかと思ってた。 師弟ごっこみたいな。 ......そういう事か」
え、なにそれ恥ずかしい。いや、まてよ?普通に恥ずかしい事してたな今気がついたけど!
絵を習ってた時の流れで普通に師匠って呼んでいたけど、周りから見たら結構痛いぞ。ま、まあ、いい。今は......うわぁ、恥ずかしい。
「まあ、それで。 自分のイラストを金にするなとキツク言われたがその時にはもう三人の客から予約が入っていた。 けれど、金はとれない......だから断ろうと思ったんだが、とある理由でそれぞれに押しきられ最後に三つ作品を描き渡した」
そう、それが――
「その一つが、大人気VTuber、星乃アリスなんだよ」
~約1年前~
「あああああああ」
やべえ、やばすぎる。師匠に縁を切るって言われた。正しくはこれ以上フリマでイラスト販売したら縁を切るって話だけど......じゃあどうやって家に金入れれば良いんだよ。
やらかした......もう少し注意して売れば良かった。何が「ニーソいいっすよねえ!自分もニーソ好きなんすよ!ところでニーソ好き同士通話しません?熱く語り合いましょうよ!」だ!
いざ通話したら「お前、四季だよな? あした僕の事務所こい。 ......許可なくイラスト販売したんだ。 覚悟してこい」とか急に言われてさー!とんでもなく冷たい声色でマジでチビるかとおもったわ!氷点下もびっくりだよ!あたしのトキメキ返してよ!ニーソ語りたいよ!!
うああああー、怪しいメッセージに飛び付いた結果がこれだよ......ああ。
......どうしよう。もう既にイラストの予約が3件もあるんだけど。
御断りのメッセージ入れとこ。金にならないのなら、俺は降りる。時間は有限なんだ。もう好きなネトゲやるわ。
最近人気のラストファンタジアあたりが良いかなー。めっちゃ評判良いよなあれ。......お、もう返信きた。
『困ります! 何とかならないですか?』
何とかしたいけどさー、師匠がさー。
『すみません、あなたの他にもお二人ご依頼があったんですが、御断りさせていただいたので』
まあ、他はこれから断るんだけどね。
『そこをなんとか!』
『いや出来ないよ』
『お願いします』
『......他にもいるでしょう、絵師』
『あなたのイラストが良いんです』
俺の?......どこが?まあ、それなりに売れてるんだから良い部分はあるんだろう。でも、どこが良いんだ?
師匠にはお前のイラストには足りないものがあるとハッキリ言われた......。
俺はおそらくこれで絵師として筆を折る。金にならないのなら続ける意味も理由もないからな。
だから、最後に聞いてみるか。この人にも見えているのだろうか、俺のイラストの足りないものが。
『わかりました』
『本当ですか!』
『あ、いえ、この質問に答えることが出来たら考えましょう』
聞いてとんずらしよう。金も貰ってないし、これから絵師続けないなら悪評が立とうが関係ないし。
『俺のイラストには足りないものがあります。 さて、なんでしょう?』
さあ、どう答える?
『ごめんなさい、わかりません』
だよな......師匠め、もしかして適当言ったか?俺が絵師で稼げないように。
『でも』
『ん?』
『あなたのイラストは誰がなんと言おうと素敵です』
......。
『あなたは確か俺のイラストをVTuberのモデルに使うって言ってたよね?』
『はい』
『あれってイラスト動く様にしなきゃいけないんだけど......他のそれように描いてくれる絵師沢山いるでしょ? その方がはやいよ?』
『確かに私、そのイラストを動かす作業もしたことないです。 これから勉強して頑張ります』
『いやいや、なんでそこまで......あ、金か? 俺のイラスト安いから?』
『お恥ずかしながら、確かに私お金はないです。 VTuberやろうと思ったのもお金を稼ごうと思っていたからなので......でも』
俺と同じか。......この人も大変なんだな。
『でも?』
『さっきから言ってるじゃないですか。 私はお金の問題でも何でもなく、あなたのイラストが好きなんです。 あなたがあなたのイラストに足りないものがあると思っていても、私には素敵なイラストに見えます』
......こんなこと言う奴はじめてだな。
『足りないものがあるイラストだ。 あなたのVTuber活動にも支障がでるかもしれないぞ』
『だったら、私がその足りない部分を埋めます』
ま、まじか。そうきたか。
『必ず、あなたに胸の張れる人気VTuberになって見せます! 約束します!』
何だ......こいつの自信。けど、俺のイラストこんなに好きなやついたんだな。
――ドクンと鳴る胸の奥。からだが熱くなる。
どうする......俺は、時間が惜しい。けれど、ここでこの依頼を断れば......一生後悔しそうな気もする。どうする......。
『私、絶対に人気になります。 あなたのイラストで必ず。 そうだ! 登録者100万人越えして見せますよ!』
いや、つーか、なにこの人?ヤバくね?逆に見てみたいんだけど......どんな人なんだ?声は?話し方は?
ここまで言い切るなんて......どんだけ自信あるんだよ。
この人、VTuberになったら......どんな配信するんだろう。
『どうしても俺のイラストが良いのか』
『うん、どうしても。 あなたのイラストが良いの』
急なタメ口!?いや、俺もさっきからタメ口だったけども。うーん......ここまで言われたら、仕方ないか......。
『......よし、じゃあ見せてもらおうか、お前のVTuberとしての力とやらを』
『やった! ありがとうございます! 料金は前に提示していた額で良いですか?』
『いや、いらない。 ついでにすぐ活動出来るように2Dモデルも作って送ってやるよ』
『それは悪いので良いです。 お金も払います』
『いや、いい。 ただし、その代わり』
お前がいったんだからな?ちゃんと見せて貰うぞ。
『必ず俺のイラストで人気VTuberになれよ』
『必ず。 私、やってみせます』
『おっけー。 依頼、承りました』
タダなら、無料って事なら師匠も文句言はないだろ。俺の夢、お前に託すぞ。
彼女のメッセージを映したPC画面が、何故かとても眩しく見えた。
あー......日夏の顔が怖くて見れねえ。多分、「マジで何いってんだこいつ? リセマラのし過ぎで狂ったか?」って顔しているんだろうなあ。けど、あと......まだ言わなきゃならない事が。
「だから、俺は......とても複雑な理由があってお前とは付き合えない。 今の俺は星乃アリスに夢をみてしまっているんだ」
「それが......本当だとして、南乃さんはどういう関係なの? あたしと付き合えない理由になるの?」
俺は......お前を信用する。
たくさんの時間を共にし、家族のように過ごした日夏。
だからこそ、俺の偽りに振り回したくない。
信用する。いや、違う......俺は彼女を信用している。
だからこその
真実を伝えよう
ごめん、南乃。
俺は一度だけ、君を......
「彼女が、南乃がその星乃アリスの中の人だ」
これは明確な彼女に対しての裏切りだ。
けれど、日夏には言わなければならない事だと、彼女の想いを聞いて感じた。
こんな俺を信じて告白してくれたんだ、相応に応えたい。俺も日夏を信じ、この真実を伝える。
俺は、日夏が好きだ。だから、嘘でごまかしたくない。
「......できれば、誰にも言わないでほしい」
夕陽が完全に沈み、カニの形の装飾がついた街灯が灯りをともし始める。
風がやんだ気がした。
「......ちょ、ちょっと、考えさせて。 今、混乱してる」
「......そう、だよな」
彼女の表情は影で見えない。ゆっくりと波の来ては帰る音がする。
「......今日は......ごめん。 もう帰るよ」
「ああ、わかった。 家まで送るよ」
「......。 ......うん」
彼女の告白をうやむやにしてしまった。......けれど、今の俺がそれを受ける資格は無いと思う。
だからその前にちゃんと俺の話をしたかった。
俺の見ているモノ、追い続けているモノ。それを踏まえた上で日夏の想い人が本当に俺なのか。
そうだ、俺がどういう人間なのか......。だから、日夏との関係がこれで終りじゃないのだとしたら......知って貰いたい。理解してほしい。
ちっぽけで底辺で陰キャの俺の事を。
とある陰キャの秘密を。
二人歩く浜辺の空には幾つもの星が光続けていた。
◆◇◆◇◆◇
ベッドの上。昔貰ったぬいぐるみを力なく抱きかかえる。至る所に何度も縫い合わせたあとがあるそれは、大切な人がくれた誕生日プレゼント。
口から血が吹き出ている猫ちゃん。これを誕生日プレゼントにするとか中々のセンスだ......可愛いけども。
「......はあ。 どーいう状況なんだってばよ」
お風呂あがりのさらさらとした茶髪を枕に落としごろんと寝返りをうった。彼女の表情は曇り、いつもの明るさは欠片すら見えない。
南乃さんが、人気VTuber星乃アリス。
とてもじゃないけれど、信じられない。......四季はもしかして騙されている?
いや、多分違う。これは本当の事なんだ......だって四季あの頃、学校でもずっとイラストを描いていた。
休み時間になるとすぐに絵の練習していたし、きっと休日もずっと家にこもって練習をしていたんだろう。
絵師で人気VTuberのイラストを描いた人。
南乃さんは絵師だから四季と仲良くなったの?
でもそれって1年前の話だよね......なんで今?実はそこから付き合ってたりしたの?
わからない。わからないことが多過ぎて頭が回らない。
......南乃さん、か。
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