~10~ 白か黒か、君の恋
紅茶の香りが辺りを包む。目の前のテーブルへ差し出された淹れたてのティーカップ。
「はい、どーぞ」
「ありがとう、ございます......」
先生はお茶を淹れるのが上手だ。いや、お茶に限らず色々な事、掃除洗濯、果てはあらゆるスポーツや美術、全てを高水準でこなす。パーフェクト美女と言っても良い......しかし、何故そんな彼女が結婚出来ないのか?
先の授業で言っていた空気の読めなさ?違う。パーフェクトである故に相手が引いてしまう?まあ、それも多少はあるかもしれない、が、違う。
決定的な問題が彼女、岡崎 香にはあったのだ。
「......さて、四季。 話はもう分かっているな?」
「先生、あの」
「先生?」
「あ、いえ、姉さん......」
「うむ。 なあ、お前昨日のレイドの時、動きおかしくなかった?」
そう、この人もネットゲーマーなのだ。しかも同じチームでそれを知るのは俺だけ。
ちなみに俺が先生を姉さんと呼ぶのは、ネトゲでまだリアルの素性をしらなかった頃からの呼び方で、二人きりの時はそう呼ぶように強要、あ、いや、言われてる。
「そうだっけ......?」
「そうだよ。 誰がお前にタンクの動き教えたと思っているんだ」
「姉さんです」
「そうだよ、私だよ。 例え血が繋がっていなくとも、お前は私の弟......ああ、思い出すな。 お前がラストファンジアに来たての頃、右も左もわからずに町の外へと出てモンスターに殺されかけていた時さ......」
「いや姉さん、長い長い!」
「うるさい! あの時のお前は本当に可愛かった......いや、今も可愛いがな。 今すぐにでもハグしたいくらいだよ......おっと、これは他言無用。 教師としてあるまじき発言だ」
これだ......この人は重度のネトゲ廃人だった過去を持ち、ネトゲが無いと生きられない人間なのだ。美人で完璧な先生唯一の秘密であり最大のウィークポイント。
あとなんだか知らないけど俺は超可愛がられている。俺にネトゲ嫁が出来たと知らせた時にはメッセージがウィンドウ一面を埋めた程の嫉妬をみせた程だ......あ、もうお気づきかと思われますが、普段はまともな先生ですが、ネトゲになると狂気的になります。やべー奴になるんですね。妹といい日夏といい何で皆狂うん?
「教師云々考える理性はあるのか......あ、やべ」
おっと、また余計な事を......。
「私を何だと思ってるんだ! 教師である前にゲーマーだぞ」
「!?」
「あ、間違えた。 ゲーマーである前に教師だぞ! わきまえているさ。 ......そのせいでゲームできなくなるのやだもん」
「だもん」て、えーと姉さんお歳幾つでしたっけ。いやまあ、でも姉さん見た目二十代前半なんだよね。「だもん」とか言っててもあんまり違和感な......いやあるわ。流石にあるか。
「まあまあ、そんな事は良いんだ。 これは教師として、担任として、そして姉として、1人の友人としてだ。 何か悩み事があるんじゃないのか?」
真剣な表情......そうか。
「えっと、まあ。 ......でも、多分、自力で解決できそうだからさ」
「......そうなのか?」
「うん。 だから姉さんは心配しないで大丈夫だよ」
「......ふむ。 まあ、お前自身が何とかできる問題であれば良いさ。 大人である私が首を突っ込むまい」
「ありがと。 心配させてごめんね、姉さん」
「いや、お前が大丈夫なら良いさ。 話しはこれだけだ」
ああ、何だ。本当にただ心配だったのか。ありがたいことだよな。こんな俺の事を気にかけてくれて。キモオタ底辺なこの俺を......この人もやっぱり信用のおける仲間の一人だ。
......しかし、あんまり心配かけるのも悪いし一つだけ。
「まあ、ただのちょっとした色恋沙汰だから。 すぐ終わるよ......じゃ!」
「よしよしよし! すとーっぷ!」ぐえっ!」
ものすごい勢いで首根っこを取っ捕まれ引きとめられた。
「あー......そう、紅茶! せっかく淹れたんだから紅茶くらい飲んでいきたまえよ。 君の愛しい姉が淹れた茶なんだから、ね?」
まるで子犬が甘えてくるような瞳と声音で首を傾げる。これでなんで嫁に行けないのかが不思議......あ、ネトゲ廃人だったからか。
いや、待って。さっきから俺かなり酷いこと言ってないか?結婚出来ないからなんだと言うんだ?そうだよ結婚が全てみたいな前提で物を言っているが決してそんな事は無いだろ。
現に先生はネトゲを楽しくプレイし、人生を謳歌(してるよね?)してるんだ。ネトゲの弟であろうが口出しして良い話ではない。
と言う事で、俺は先生に謝ろうと思う。ストレートにいくとヤバそうだから柔らかく、そして慎重に......。
「先生」
「はァ?」
「姉さん」
「うん、なーに?」
こええよ。変わり様が。
「俺は本当に良い人を姉に出来たよ。 プレイスキルも高いし教え方も上手い、あとリアルはスタイルの良い美人なお姉さん(性格難有)だし」
「き、急に......なんだ? おだててもクラフト装備(ネトゲの自作装備)しか出ないぞ?」
「いやいや、思ったことを言っただけ(あ、クラフト装備くれるんだ)姉さんが居なければ俺はネトゲが難しくて辞めていたかもしれない。 本当にありがとう」
そうだよ。俺はこの人にはいくら返しても返したりないくらいの恩がある。いつかはきちんと何かの形で返そうと思っているけど、今は言葉で、想いを込めありがとうと伝えよう......って、え?
「あ、あううう......」
「な!? え、泣いてる!?」
「だ、だって......ひっく、う、嬉しくて。 うわあああん!!」
その時、俺の耳は扉の向こうの「......今のは岡崎先生の叫び声!?」という声を聞いたような気がした。嫌な予感が......。
次の瞬間。
――ドンドン!ドンドン!
「岡崎先生!? 大丈夫ですか!! 入りますよ!!」ドォン!!
その時、姉さんの泣き声を聞き付けた他の教員が押し入ってきた。
「え、あ、え!?」
「ひっく......うぅ」
「北条、お前......いったいこれは......」
「ち、違う! 俺は何もしてな」
「ごめんなさい、私が全て......悪いんです」
姉さん!!!!やめろ!!!なんかその感じと雰囲気は誤解を受けかねない!!!
「......北条、お前には詳しく話を聞かせてもらう必要があるな」
「......えぇ」
冤罪を受けた無実の人って多分こう言う気持ちなんだろうね。復活した姉さんの弁解を頼りに、助かることを祈り俺は生徒指導室へとまた連行されていく。
お?......あの複雑そうな表情でこちらを見ている坊っちゃん刈りのメガネは、師匠。悲しそうな目で見ているところあれなんすけど、悲しいのは俺なんだよね。やっぱつれえわ。
◆◇◆◇◆◇
「――お前は、一体何をしたんだ?」
あ、師匠だ。説教が終わり、誤解も解け解放された。その間約三十分近く。ずっと待っててくれたのか?
この師匠、一学年下の後輩ではあるが俺の師匠である。
名前は木下 学人。高校一年生。ちなみに親が有名絵師でその息子である彼も天才絵師である。
俺はこの人に色々と世話になった事がある。そして今も何故か俺の帰りを待っていてくれた。何かあったのかな?
「いや、先生とね。 ちょっとした誤解からのもつれだよ」
「その言い方はおかしい気がするが......」
「て言うか師匠、何かあったのか?」
「......いや、何でもない」
「師匠は昔からそう言うとこあるよな」
「......なあ、今更だがその師匠と呼ぶのは何とかならんのか?」
「え、だって師匠は師匠だしな。 俺は師匠の事、本当に心のそこから師匠として慕ってるから......」
「僕は大したことしていない。 あれはお前の力、才能だ」
才能、俺の?あれは決して才能なんかじゃない。寄生虫が誰に説明もされずとも宿主へとすり寄るように......本能的に生きる術を探し、そして磨いただけだ。けれどその道を示してくれたのは。
「師匠のお陰だよ......やっぱり」
「......」
師匠の顔を見るとどこか影の落ちたような表情でこちらを見返していた。
「......師匠の言うとおりだった。 今の俺のこの現状が全てを物語っている」
「......僕は」
と、師匠がふたたび口を開いたとき、日夏が現れた。校門の所で待っていたようで、俺と師匠が差し掛かった所で姿が見えた。
「あ、日夏」
「よ。 何か友達から先生に連行されたとか聞いたけど、あんたまた何したのよ......あ、師匠くん」
「こんにちは西垣さん」
師匠は師匠なので俺には偉そうだし(偉い)タメ口を使うが、本来礼儀正しく気を遣うタイプの可愛い後輩くんだ。
「いつも四季がお世話になってて」
「いえいえ、とても良い子ですよ四季くん」
「えー、本当に?」
「たまに素直じゃない所がアレですけどね」
「ごめんなさい、本当にそうなんだよね。 素直じゃないしひねくれてるから誤解もされやすくて......」
「わかります、少しずつ直していきましょうか」
「いや、何の話!?」
思い切りツッコミをいれる俺。まるで母親と学校の先生のようなやり取りに取り乱してしまった。
なんかあれだよ、師匠のが姉さんより先生らしいとこある気がするわ。教え方も上手いしな。後輩だけど......いや、後輩なんだよな?雰囲気もそうだが、色々と達観している部分もあって年上に見えるわ。
「日夏、何か用があったんじゃ無いのか?」
「あ、うん......その」
彼女がちらっと師匠の方を見た。その視線を受けた師匠は意味を理解する。
「それじゃ、僕はこの辺で帰るとするか......四季、またな。 西垣さんもまた」
師匠は頭を下げ一人帰路へと戻った。
「で、どうしたんだ?」
「......帰りはあの子と一緒じゃ無いんだね」
「あの子? ああ、南乃か......忙しいからな」
すると日夏はむっとした表情になった。
「よく知ってるんだね。 彼女帰宅部なのに......色々と知ってるわけだ、忙しいとかさ。 ふーん......そっかあ」
「お前ね......言いたいことはそれだけか?」
「24日」
「ん?」
「デート、24日......いい?」
メッセージ飛ばしてくれれば良いのに。その方が記録に残るから忘れないし都合が良かったのだが。
......あー、まあ、こいつとの約束は忘れた事も無いし、忘れる事も無いからどっちでも良いけど。
「良いよ」
俺は踏み出す。8月24日、俺は幼なじみとデートをする事になった。
南乃には知られる訳にはいかない。
彼女はVTuberとして学生として多忙な日々を送っている。その邪魔になる事は避けなければならないからだ。俺は彼女を応援している。だから決して僅かな綻びさえも芽生えさせてはならないのだ。
......これは俺が解決すべき問題。
大切なのは自分の心、あるべき場所はどこか。
きっと、それは昔から決まっていた。あの中学生時代、VTuberやネトゲ、ラストファンジアを知る遥か前から。
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