前編
「明日のお茶会にはお前も行くのだ、レア。
くれぐれもクロエの邪魔はしないように。
お前はただの当て馬なのだからな」
5歳の私にジーブル侯爵である父はこんな暴言を吐きました。
5歳の幼気な少女に[当て馬]などと言う言葉を使うなんて父親失格ではありませんか?
もちろん[当て馬]などと言う言葉を5歳の私が知るはずもありません。
すぐに一番おしゃべりな侍女に尋ねましたところ、すぐに意味を教えてくれましたわ。
でも、私が父に小さな軽蔑を抱いたのはもっと前からでした。
父と母の野望は母そっくりに生まれた姉のクロエをこのブラン王国第一王子の妃にする事です。
いずれ一国の王妃になるのなら、厳しい躾や礼儀作法も必要だと思うのですが、どういうお考えなのか姉のクロエは生まれた時から蝶よ、花よ、と育てられ、何というか自己中心的な子どもになりました。
姉クロエが生まれて二年後、私レアが生まれたのですが、後継の男子が欲しかった父母はまた女の子でがっかりしたようで、幼い頃から私にはあまり関心がありませんでした。
クロエは母そっくりの金髪碧眼、
私は三代前の侯爵夫人似で銀髪に灰色の瞳。
クロエは華やかな容貌。
私は目立たぬ容貌。
別に虐待されるわけではありませんが、何をするにも私は二番手にされ、クロエはいつも両親の一番でした。
そんなジーブル侯爵家に王家からお声が掛かりました。
一粒種の第一王子のご友人候補に私たち姉妹が選ばれたというのです。
ご友人候補は他にも宰相の一人息子と騎士団長の次男も選ばれました。
どうして姉妹で選ばれたかと言うと、姉だけを選べばあからさまに妃候補本命と見做されるため、[当て馬]である私も目眩し程度の意味で選ばれたのだと、母に言われました。
私が何か期待してしまうとでも思ったのでしょうか?
そういう事情で、正直とても迷惑なのですが、姉クロエと私はしょっちゅう王宮に呼ばれる事になりました。
初めて第一王子リアム様にお会いした時は、少し驚きました。
リアム王子は金髪碧眼の美少年で、誰にでもお優しい人柄とお伺いしておりました。
クロエが挨拶すると、満面の笑みを浮かべたのですが、私の番になるとお顔が引き攣りぷぃと横をお向きになるのです。
5歳の私にはどうしようもなく、黙ってお茶を飲んでおりました。
その内にリアム様は同席した宰相の息子シモン様と騎士団長の次男レオ様と姉クロエをお連れになり、庭園の散策へ行かれてしまいました。
ポツンと茶会席に残された私は少し泣きました。
まだ5歳でしたから。
他の方々は皆、姉と同じ7歳でしたから、二つ下の私は疎ましかったのかもしれません。
そんな事があったので、次回のお招きは丁重にお断りしたのですが、父母は無理矢理私を送り出しました。
リアム様は姉とは楽しそうにお話なさいますが、私とは挨拶以外ひとこともお話しなさらないのです。
シモン様とレオ様も私とは殆ど口を利いてくださらないですし、姉は私には無関心なので
王宮へのお招きは修行の時間のようでした。
私の修行は続きました。
話に口を挟まず黙って会話を聞いている内に、皆様の性格や考え方もわかって来ました。
リアム様は次期国王に相応しい公正で民思いの視野の広い方でした。
私も民だという事はお忘れのようですが。
シモン様は論理的で高い理想をお持ちです。
レオ様は真っ直ぐな性格で曲がった事がお嫌いです。
姉クロエはリアム様の妃の座を狙っている事を隠そうともしません。
むしろ清々しいほどです。
リアム様はそんなクロエに優しく接し、いつも笑いかけています。
何年もこのようなお招きが続けられました。
事あるごとに、
もう私は同席しなくてもよろしいのでは?
と父母に尋ねるのですが、
その度にクロエが正式な婚約者になるまでは
お前の務めだ、と強要されました。
まだ子どもでしたから逆らう事も出来ませんでした。
諦めと憂鬱を抱えて参加していたお茶会ですが、年々話題は高度になりました。
国の財政、治安、政治から民の教育問題、貧困、流行り病の根絶に至るまで、ありとあらゆる観点で意見が交わされます。
私にとって関心のある事ばかりですので、段々と憂鬱な気分は薄れていきました。
ただ、姉クロエにはつまらないようでいつも自分が興味のあるドレスやらお菓子やらの話題にすり替えようとして失敗しています。
その為、最近はシモン様やレオ様が私に意見を求める事も多くなりました。
リアム様は聞いてはいらっしゃいますが、相変わらず私を厳しい目で見咎めているだけです。
私は何故か悲しくなりました。
歳月を経ても相変わらず嫌われたままなのです。
そこで私は決心したのです。
リアム様が私を見て不愉快な思いをされているなら、リアム様からお断りいただけないかと。
お茶会が終わり挨拶を交わす中、私はリアム様にそっと近づこうとしました。
すると、リアム様は幽霊にでも会ったかのように青い顔をして飛び退いたのです。
そこまで嫌っているのなら、出入り禁止にしてくださればいいのに、と悲しい思いで帰路に就きました。
その様子を見ていた姉クロエは馬車の中でほくそ笑んでこう言いました。
「リアム様はその髪や目の色が嫌いみたい。
もちろん顔も好みじゃないし」
一国の王子が髪や目の色で人を判断していたら、国は危うくなるでしょう。
ましてや、自分の妹にその慈悲の欠片もない言葉を放つような方が国母となったら、国の未来は無いも同然です。
更に憂鬱な事に、父は姉を王子妃にしたら、今度は私を公爵家に嫁がせようと画策しているようです。
公爵は陛下の弟君です。
その公爵の嫡男に私を嫁がせるのは、無理だと気付いていないところが残念です。
姉は王子、妹は王弟の嫡男、誰が考えても外戚にそんな権力を集中させるわけがありません。
欲をかけばクロエの王子妃も泡と消えますでしょう。