始まり
アスガルド西暦1540年
世界で戦争が終った。いままで何百年もの間続いた資源の奪い合い、人材の確保、土地の占拠。まるで何事もなかったかのように世界は静まり返った。
原因は六人の守護者の誕生だった。
いつ、どこで生まれ、どこで育ったのかは誰も知らないが、ある日を境にしてその守護者と、その守護者を統べる主が現れたことにより、世界は暴力的なまでに押さえ込まれた。
守護者 獅子の弓 アル
守護者 泡の法令 テナミス
守護者 万能メイド テーナ
守護者 異法の使者 ロイ
守護者 創元の秤 フェウス
統治者の出現ともとれるその日を境にして、世界は六人の守護者を中心にして六つに別れた。
世代は変わり、守護者の主は死に、新たな者が次の主人となった。
世界は変わり、守護者の国々は独自の技術を持って発展していった。
アスガルド西暦1680年。
昔のお嬢様はそれはもう可愛かった。目に入れても痛くないという言葉があるが、現実的にそんなことをすれば失明間違いない。適切に表現するのであれば、二十四時間四百六日腕の中に入れていても痛くない、といったところだろう。
「クノスっ!ごっこ遊びしよっ!ごっこ!私、姫ね!」
「いいですよセウス。では俺は執事となりましょう」
「えーーーっ?王子様でしょ?かっこ良くて何時でも私を助けてくれるのっ!」
な?最高だろう?
「クノスぅ……この子死んじゃってる。埋めてあげられない?」
「クノス!見てみて!学舎で最高点貰った!」
「クノス。友達から恋愛相談を受けたのだけれど、何を言ったらいいのかしら?下手な事を言ってあの子を傷付けたくはないし」
「クノス。この服どう?似合ってるかしら?今度の舞踏会に着ていこうと考えているのだけるど、貴方の意見を訊きたくって」
「クノスっ!」「クノス」「クノス!「クノス……」「クノス」
「クノス。何を呆けているの。靴の一つでも舐められないのかしら?この奴隷は」
「はっ、只今。直ぐにお嬢様の御靴を綺麗に舐めさせて頂きます」
「はっ、清掃の仕事人が聞いて呆れるわ。こんなのが我が国の守護者様だなんてね。……ねぇ、美味しい?」
「勿論です。おいしゅうございます」
「こんなのがどうしてる守護者なのかしら?この国って結構頑張り屋だと思わない?青海国は守護者アルを筆頭にして攻守ともに強い。緑森国は守護者テナミスの防御壁で固い法治国家。白鎧国は守護者テーナのお陰で強い武装国家だし、黒夜国は守護者ロイの功績で住民魔法習得率100%。黄灯国の守護者はちょっと放浪癖があるけれど、それも国の資源自給が他の国に頼る必要が無くなってからだし。それに引き換え、我が国、灰国の守護者はどう?超超超遠距離攻撃が出来るわけでも絶対壁を張れるわけでも異空から物を出せるわけでも魔法を国民に与えられるわけでも自然を操れるわけでもなく、出来るのは綺麗にすることだけって。ここまでくるともう笑い種ね。笑えないけれど。周りの国からなんて呼ばれてるか知ってる?残りカスの国よ?」
「あっはっはっは」
それは確かに笑い種だ。
「笑ってんじゃないわよ」
とお嬢様のヒールの爪先が俺の顔面に突き刺さる。
「いいではありませんか。言わせておけば。我が国にも誇るべき所がありますよ?なんと、我が国のゴミ回収率が96%を達成しました!他の国々は30%程度なのに比べると、我が灰国は圧倒的強者と言えましょう」
「戦争になったらいの一番に敗者だけどね。ねえ、クノス?もっと、こう、有効に使える能力は無いの?」
「無いですね」
俺は即答しながら立ち上がり、ポンポンとフードを叩く。このフードは特注で作らせた、頭から足元まで全てを覆ってくれる頼もしい相棒だ。製作者はテーナ。製作者っつうか生産者。だてに万能メイドの名で呼ばれていないだけある。
「逆に考えましょう。我が国は守護者の力に頼らずとも生き残れる強い国だと」
「借金で既に自転車操業なのに?」
「はい」
俺は頷く。
「食料自給率5%なのに?」
「はい」
俺は大きく頷く。
「この前極秘アンケートをとったら不満度八割超えていたのに?」
「はい」
俺は確信を持って頷く。
「冒険者ギルドから兵士の要請が毎日来ているけれど、この国にいる魔物ってどいつもこいつもAランク以上の魔物で殆どの人が立ち打ちできないのに?」
「勿論でございますお嬢様。我が国、灰国は強い国でごさいますよ」
「…………はぁ。どうしよう、今度世界会議があるって言うし。絶対白鎧国から返済の話が飛んでくるわ……」
と言いながらお嬢様さまは立ち上がり、猫背になりながらトボトボモ書斎兼仕事場に赴く。
「お嬢様。せっかくのお美しいお姿が台無しですよ」
と言ったが、聞こえているのかいないのか、バタンと強い音を立てながら書斎の扉は閉められた。
あれは相当まいっているな。
でもね、お嬢様。
「この国は強いよ。保証するよ、セウス」