おにぎりと、お味噌汁と、ぬか漬け。
「…え、自分で作ってるの?毎日?」
「うん」
突然の話題に、多香子は唖然とする。
「しかも、朝ごはん?」
「うん」
「…クソ忙しい朝に?」
「クソ忙しい朝に。仕方ないから、起きる時間早くした。」
…何それ。
「そもそも、あんたから料理の話が出たことが驚きなんだけど。できんの?」
「できないねえ。ネットでそれらしきことを検索して、何とか」
「おにぎりは炊飯器があればいいけど」
「あ、ごはん、土鍋で炊いてる」
そう言いながらみずきは、手に持っている人参を、ぽり、とかじる。
「土鍋!?」
「その方が『らしい』でしょう。やってみてわかったけど、味、全然違う」
…そもそもこいつ、居酒屋で野菜スティック頼むような女だったっけ。
「お味噌汁は?」
「出汁パックでお出汁とって、その辺の野菜入れて、お味噌入れておしまい」
その辺の野菜、ね。
「ぬか漬けって、わざわざぬか床拵えたの?」
「今、買ったらすぐ漬けられるぬか床が売ってるんだよ。冷蔵庫なら毎日かき混ぜなくていいから、気楽」
…ふーん、そうですか。
「あれか、『丁寧に暮らす』ってやつ?」
ぽり、とまたひと口、みずきが人参をかじる。返事がないのをいいことに、つい多香子は捲し立ててしまう。
「20代後半になると、みんな何か変わるよねー。ヨガ始めたり、起きがけに白湯を飲み始めたり…みずきも何かあったわけ?恋愛?仕事?それとも…」
「何もないよ」
みずきが、人参スティックを皿に置いた。
「…でも、そうだね。自分を粗末にして生きることに、飽きたからかな」
予想だにしなかった答えが返ってきて、多香子は言葉に詰まった。
「心を削って、身体を削って、『もうやだ辛い頑張れない!』…って、こっそり喚きながら生きることが『いいこと』だって、信じてたんだよね」
みずきはそこまで言い終えると、手元にある烏龍茶をぐい、と飲んで、ため息を吐いた。
「でも何か、飽きちゃったんだよ。そういうの。28歳にして、お腹いっぱい」
「みずき…」
みずきは自分と同じところを一緒に歩いているのだと、多香子は思っていた。しかし今、みずきと多香子は、決定的に違う場所にいる。
「人に強制する気はないよ。でも話すくらいならいいと思って。…ごめんね」
困ったように、みずきが微笑む。多香子は、もう何も言えなかった。