閑話 サチ・レヴォンラット Ⅱ
「来ちゃった」
「……邪魔するなと言ったはずだが?」
「邪魔なんてしてないじゃない。もう終わったんでしょ?」
傭兵団長スペードルが唸り声を上げる小屋を出たところで待っていたのは、サチ・レヴォンラットだった。
今朝から姿が見えなかったが、なぜここにいるのか。
「跡をつけてきたのか?」
「まーねー」
おどけてそう言うと、何が楽しいのか踊るようにくるくる回った。
もう半年以上一緒にいるが、俺はこいつのことが分からない。
子どものように無邪気に笑ったかと思えば、妖艶な目を向けてくることもある。愛おしげに求めて来た次の日には、ふらふらと数日間帰って来ないこともあった。
だが、俺のはどうでもいいことだ。
サチに対して、俺が心を開くことはない。そうはっきり伝えてあるし、それでもいいと言っていた。
彼女とて、俺に気を許しているわけではない。俺たちの間には必ず見えない壁があるし、底冷えのする何かが常に瞳の中に渦巻いている。
「ふふ~ん」
上機嫌に、今俺が出た小屋に入っていくサチ。
「あぶねえぞ」
「へーきへーき」
中には複数の薬物によって錯乱しているスペードルがいるのだ。
今は豚に夢中だが、彼女が入ればどうなるかわからない。
「最後に見ておこうと思ってね」
「趣味悪いな」
「ついでにお金もらっていこーよ」
「俺はいらん」
「じゃあ私貰っちゃうね」
ごそごそと棚を漁って、次々と金品を取り出していく。ずいぶんと手慣れた動作だ。
それを俺はどうとも思わない。スラムは綺麗ごとだけで生きていける場所ではない。
スペードルの財産だって、人を殺して得たものだ。
俺はこいつの汗で汚れた金なんて、触れたくもないが。
「おま、おま、おまえはぁあああああ」
「きゃつ」
突然、豚を抱えて荒い息を立てていたスペードルがサチを見つけ、立ち上がった。そして、部屋の奥にいる彼女に飛びかかった。
寸でのところで横にさっと跳び退き、回避する。スペードルは壁に頭から激突した。大した勢いでもなかったので、頭を軽く振ってまたサチを見定める。
「だから言ったろ」
その隙に、俺は先ほどと同じ薬品を懐から取り出した。一瞬でスペードルに肉薄して、顎を掴み薬品を流し込む。一本で後遺症レベルの錯乱、二本で即死。そうなるように調合した。
「助けてくれたんだ」
「騎士に見つかる前に行くぞ。証拠は消しとけよ」
「もちろん」
自信ありげにサチが言うので目線を向けると、物色した棚は元通りに戻されていて、金品が抜かれているようには見えない。手際が良いことだ。
俺たちは騎士に見つからないよう、裏道から寝床に戻った。