二人目 傭兵団
「ぎゃはは、お前なんだそのシケた面はよ!」
「もともとこういう顔なんですよ」
若い頃、俺は傭兵団にいた。
傭兵団といっても、金次第でなんでもやるごろつきの集団だ。
戦地に駆り出されては、愛国心も信念もなく、人を殺す。
とある日の戦争では左側に雇われていたのに、次の年には右側の兵として戦争に参加していた、なんてこともあった。
「おら、飲め飲め。酒も飲めねえんじゃ、女に相手されねえぞ」
「余計なお世話です」
団長のスペードルは歯茎を見せて下品な笑い方をする大男だった。ぼさぼさの髪、ロクに手入れもされていない無精ひげ。女に相手にされなそうなのは、団長の方だ。
しかし、彼は団員からの信頼が厚かった。俺も、彼のためならいくらでも命を張れた。
傭兵団の団員は、その多くが故郷を失った、あるいは故郷を追われた者たちだ。俺たちは帰る場所を持たず、明日が来る保証もない。そんな生活を送っていた者がほとんどだ。
そんな浮浪者を、団長は傭兵団に迎え入れてくれた。
戦う術を与え、金の稼ぎ方を教え、力を振るう場を用意した。
ただ毎日を漫然と生き、いつ死ぬとも分からない日陰の生活をしていた俺たちに、居場所を与えてくれたのだ。
彼のためなら、戦える。金は必要だ。しかし、俺たちが戦うのは金のためでも戦争に勝つためでもなく、団長に恩返しをするため。
「ぎゃははは、お前ら、今日はよくやったな! うちの傭兵団は世界一だ! そろそろ、国がびびって軍隊でも差し向けてくんじゃねえか?」
「団長、軍隊はまずいです。さすがに勝てないっす」
「あ? 俺なら勝てる! いや、俺たちなら勝てる!」
傭兵として局所的に参加するだけならともかく、国を相手に大立ち回りはさすがに無理だ。
しかし、可能かもしれないと思ってしまうほど、彼の言葉には自信と力強さがあった。
それからも、傭兵団は幾度となく戦争に参加した。
仲間は大勢死んでいった。しかし、それ以上の速度で仲間が増えていった。傭兵団はどんどん大きくなり、団長の大言壮語もあながち夢物語じゃなくなってきた。
「おい、お前“これ”できたんだって?」
「なんで知ってんすか」
「ぎゃははは、この傭兵団で俺に隠し事ができるわけないだろ」
毎晩愛人を囲って楽しくやっている団長が、小指を立ててそんなことを言い出した。
俺は15歳になったころ、人生で初めての恋人ができた。
芽生え始めたばかりの恋心はなんだか気恥ずかしくて、彼女のことを考えるだけで頬が熱くなる。こんな浮かれた気分ではいけないと、頭を振って追い脳内から出していた。
しかしいざ彼女と会うとそんな葛藤は忘れ、情けなく表情が緩んでしまう。そんな俺のことも、彼女は受け入れてくれた。
彼女はアンジェリカ・ハートといい、片田舎の商家で生まれた女の子だった。
戦争で家を失い、傭兵団で給仕として働いていた。この頃の傭兵団は大所帯だから、戦争に出向く以外にも拠点に滞在して雑務をこなす団員もいた。そのうちの一人だ。
小柄だがくるくると機敏に動き、鈴が鳴るように笑う子だった。
いつも笑顔で、取り立てて器量が良いわけではないが愛嬌があって皆に可愛がられていた。
俺とは年が近かったこともあり、意気投合した。
すぐに俺は好意を寄せるようになり、居ても立っても居られなくなって、思いを告げた。
毎日俺の剣を磨いてほしい。精一杯カッコつけたつもりだったが、今になって思うと恥ずかしくて穴に埋まりたくなる。団長に聞いたセリフを真似したのだが、後になって本当に言うと思わなかった、とひとしきり笑ったあと、冗談でかつ下品な意味合いのつもりだった、と言われ眩暈がした。
失敗だらけの初恋だったが、なんとか頷いてくれた。
彼女が待っている、それだけで何倍も力が出せた気がした。
この頃の俺は幸せで、実を言うといずれ定職について夫婦になることまで考えていた。
あの日までは。