閑話 サチ・レヴォンラット Ⅰ
「おかえりなさい」
燃え盛るベルクローバー侯爵家の屋敷を背に、俺は拠点にしている古民家に帰った。
まともな住民は一人も残っていない寂れた町の、くたびれた平屋。
「お前まだいたのか、サチ」
「いいでしょ。私もジョーカーの復讐が見たいのよ」
「邪魔したら殺すからな」
「分かってる」
サチ・レヴォンラットと名乗る彼女は、俺の周りをうろつく色白の娘だ。
住処を追われこの町に潜り込んだ頃、たまたま出会った。
スラム街と化しているこの町で、整った容姿と美しい長髪の彼女は目立っていた。しかし不思議な雰囲気を纏っていて、何故か襲われることはない。
サチは俺が復讐の準備をしていると知り、興味本位で俺の拠点に潜り込んできた。
家事を率先してこなすから置いているが、信用はしていない。そもそも、俺はもう誰も信じることはできない。故に心を開くことはない。
「ねえねえ、侯爵はどうやって殺したの?」
薄いネグリジェ一枚でベッドに寝転がる彼女は、そんなことを聞いてくる。
なぜこいつが俺の復讐に興味を持つのかは分からない。
ただの道楽か、不幸な男を見て楽しんでいるのか。
過去のことはほとんど話していない。話したことはただ一つ。俺が4人の者に復讐しようとしていることだけ。
なぜ復讐するのか、何をされたのか、どう復讐するのか。それは他人に話すことではない。話すことで満足してしまうのが怖かったし、全てを失った俺にとって、過去というのは何よりも大事なものだ。
だが復讐が無事終わって、気分が高ぶっていたのだろう。
「目の前で妻と息子を殺して、屋敷を燃やしてやったよ」
「まあ、良いわね」
聞かれるがまま、そう答えてしまった。
サチはふふ、と透き通る笑い声をあげて、ベッドに腰かけた俺の肩にしだれかかる。甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「きっと弟くんと妹ちゃんも、黄泉の国で喜んでるわ」
どうだろうか。
二人はきっと、復讐なんて望んでいない気がする。そう考えることすら、俺のエゴだけど。
これは誰かのための復讐ではない。
全て自分のためだ。俺の大切なものを理不尽に奪っていった奴らが許せない。
不条理、不合理。そんなものは認めない。必ず報いを受けさせる。その後はどうなってもいい。
「あまりくっつくな」
俺の足に太ももを乗せ、首筋をそっと撫でる。
「ねえ、いいでしょ。私、ずっと待ってたのよ」
「待ってくれと頼んだ覚えはない」
「もう、つれないんだから」
無理やり腕を引かれ、押し倒された。唇に暖かいものが押し付けられて口内に何かが侵入してくる。
「ジョーカーの腕で、私も壊して欲しい。今日はとっても良い顔してるもの」
憎しみ以外の感情は失っても、肉欲はまだ残っているらしい。
俺は一片の愛情もないまま、欲望のままにサチの身体を貪った。