一人目 ハーバー・ベルクローバー侯爵
残虐な描写が出てきますので、苦手な方は軽く読み飛ばしてください。
本作で猟奇的なシーンはこの部分だけですので、苦手な方も続きをお読みいただければと思います。
故郷を失ったあの日から、俺は二対の翼の紋章を忘れた日はなかった。
その紋章は、有力貴族の一つ、ベルクローバー侯爵家のものだった。
全員に復讐すると決めた時から、俺は入念な調査を進めてきた。
屋敷の構造、侵入経路や警備の配置。
家族構成や使用人などの人数、滞在する時間。
当主、ハーバー・ベルクローバーの人となり。
「こいつが命令を下した本人で間違いない」
それは、村を焼いた元兵士を拷問して分かったことだ。
村に来ていた、5人の兵士のうちの1人。すっかり顔など忘れていたが、見た瞬間に思い出した。
彼を発見したのは半年ほど前のことだ。既に引退し町で寂れた商店を営んでいた彼を見つけたときは、自分の幸運に感謝した。
当然、彼も復讐の対象だ。命令した者、理由などを聞きだしたあと、山に生きたまま埋めた。爪を全て剥いだせいで見苦しい姿になっていたが、生きたまま身体を焼かれ、ガスと火傷によって目覚める間もなく死んでいった家族の苦しみを思えば、これでも生ぬるいというものだ。
「ま、そのバツは侯爵サマに受けてもらうさ」
兵士の話によると、とある捜査のために村々を回るように命令されたらしい。その内容は極秘らしく、隊長しか知らされていなかった。
隊長はおそらく、村長から色々聞きだしていた、偉そうな男だ。
俺の村だけではなく、捜査に向かった村全てに共通すること。
それは、捜査をしたその日の晩、村に火を放ち全ての住民を殺すこと。
何を探しているのか、あるいは誰かなのか。それは分からないが、見つかっても見つからなくても、口封じのために村人を殺す。もし隠していたとしても、探し物もろとも破壊できるから。
聞くだけで反吐が出る。
「それで愛妻家に子煩悩、ねぇ。俺の家族を殺しといて、ふざけやがって」
あらかじめ決めたルート通りに、屋敷に侵入していく。
彼には俺と同じ目に合ってもらう。当然の報いだ。
この曜日、この時間帯、ハーバーはまだ帰宅していない。執務が終わって家に着くのは、約一時間後だ。
常駐している兵士は5人。しかし屋敷の中にはおらず、門番とその交代要員だ。交代要員も、門近くの宿舎にいる。
使用人は7人。執事が2人、メイドが5人だ。今日はメイドが2人、執事が1人休む日で、最も人が少ない。使用人ごときに遅れを取ることはないが、少ないに越したことはない。
複雑な侵入経路だが、何度もシミュレーションしたため抜かりはない。
木々を飛び移り、陰に潜み、天井に張り付く。
「そろそろご主人様がお帰りになるわ。お食事の準備をしないと」
「そうね。お坊ちゃまもお腹が空くころでしょうし」
呑気に会話しているメイドの後ろに降り立ち、後頭部を寸鉄で強打する。眠るように昏倒した二人を、空き部屋に押し込む。まだ殺さない。
次は親子が過ごしているリビングだ。無駄に広い屋敷だが、構造は完璧に暗記している。
「まあお坊ちゃま、お上手ですよ」
「ふふふ、よくできたわねぇ」
扉に耳を押し当て、中の様子を確認する。確実に中にいる。
「お前、なにもの――」
「ふっ」
背後からの気配に慌てて立ち上がり、ナイフで首を掻ききる。
しくじった。執事は給仕のために外にいたか。
「あら、なにか音がしたわね?」
夫人が立ち上がる音が聞こえる。仕方ない。強硬突破するとしよう。ハーバー以外は、苦しませるつもりはなかったのだがな。
「さて、パーティの装飾をしなければ」
ハーバーが帰った時、必ずこのリビングを通る。
まずはメイドたちだ。リビングにいたメイドは首から血を流しているから、頭を持って部屋中に血をまき散らす。執事も同様だ。その後頭は入口から遠いテーブルに並べ、胴体もばらしてちぐはぐに並べていく。
厨房にいた二人のメイドは、昏倒しているだけだから綺麗だ。窒息させることで息の根を止め、衣服を脱がせる。裸にひん剥いた二人を、入口近くに座らせ、テーブルに寄りかからせるように座らせる。
夫人は首を切り落とし、裸のメイドの一人に抱えさせる。部屋に入ってすぐ、見える位置だ。
身体はしっかりと小間切れにし、配置していく。
息子も同様だ。頭はメイドが。身体はバラバラに。
準備を終えた俺は、厨房からティーセットを勝手に持ってきて、優雅にお茶を飲んでハーバーを待つ。
やがて、ばたばたとハーバーが帰宅してくる音がした。
「おい! 出迎えもしないとはどういうことだ! メイドは何をしている!」
「裸で座ってますよ」
聞こえないだろうけど、小さく呟く。
そしてついに、リビングの扉が開かれた。
「まったく、主人に扉を開けさせるとはなにご……と……」
「こんにちは。ハーバー・ベルクローバー侯爵。お茶はどうだ? 眺めがいいから、とても美味しいぞ」
俺の言葉は彼には届いていない。
目を見開き、絶句している。その瞳は愛する息子と妻を交互に見ていた。変わり果てた、二人の姿を。
「どうだ? 美しいだろう?」
「な、なにを、きさ、きさま」
「あなたが散々してきたことじゃないか。何を今さら、驚いているんだ?」
「俺の……まさか……」
ハーバーはおぼつかない足取りで愛する妻と息子の亡骸に近づき、崩れ落ちた。
わなわなと震え、冷たくなった妻の頭を抱き寄せた。
「ふ、ふざけるな! この猟奇殺人者が!」
「やだなぁ。村を焼いて回るなんて極悪非道な貴族サマには負けるよ」
「そ、それは仕方なかったのだ! ああするしかなかった!」
「俺の家族は殺されるしかなかった、と?」
あまりに怒りに、声が低くなる。
ティーカップを地面に投げ捨て、立ち上がる。
一瞬でハーバーとの距離を詰めて、睨んだ。
「で、どうだ? 帰ったら家族が殺されている気持ちは?」
「お前、どっかの村の生き残りか? こんなことして、タダで済むと思ってるのか?」
「さあな。お前を殺せればなんでもいい」
「やめろ! 俺は侯爵だぞ。そうか、わかった。金だな? 金ならいくらでもやろう。お前の犯罪も黙っててやる。だから見逃せ! 俺を殺したら、大変なことに――」
「クズが」
ナイフで心臓を一突き。それだけで、彼はいとも簡単に動かなくなった。
「あー、あまりの醜さにうっかり殺してしまった」
俺は厨房から調理用の油を持ってきて、リビングにだらだらとまき散らす。ついでに酒もコルクを抜いてひっくり返す。
マッチに火を点けて、床に落とした。小さな火種は瞬く間に広がり、燃え移っていく。
「一人目終了。――さて、次」
一人目終了
少々スプラッター気味でしたが、後の三人はそれぞれ違うテイストのざまあになっております。引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。
また、内容で区切っておりますので一話ごとの文字数は不安定です。申し訳ありません。
↓の☆から評価、感想を頂けると励みになります。