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一人目 炎上

 8歳になった年の夏のことだ。

 村に鎧を来て剣を携えた人たちが、ぞろぞろとやってきた。


 自分たちを兵士と名乗る五人の屈強な男たちは、さらさらの髪をかき上げながら勝手に村に入って来た。背筋をピンと伸ばして、自信に満ちあふれた表情をしていた。鎧には二対の翼が描かれていて、どこかの貴族様の使いらしかった。


 当然、村人は大慌てだ。外から人が来ることなんてめったにないし、しかも、兵士。もてなす準備はおろか、寝床すらない。


 子どもたちは家で待つように言われたけど、みんなでこっそり見に行った。なんかピリピリしてて、震えあがったのを覚えている。

 村長が対応していたけど、彼も手が真冬のように震えていた。顔も真っ青だ。


「かっこいーね」

「うん! 僕も大きくなったら兵士になりたいな」


 囁き声で、そんなことを言い合う。

 代り映えのしない村での生活にとって、兵士の到来はこれ以上ないほどの娯楽だった。俺たちは見つからないよう、小さくなって見つめる。大人たちは怯えるばっかりで楽しもうとしない。そういえば、大人は変化が嫌いって聞いた。変なの、と思っていた。


 兵士は命令口調で村長にあれこれ質問した。村長はしどろもどろになりながら、なんとか答える。

 何を言っていたかは、難しくて理解できなかった。一つだけ覚えているのは、背筋が凍るような鋭さで響き渡った「ご苦労」という一言。それだけ言って、兵士は去っていった。


 大人たちはほっと胸を撫でおろした。

 子どもはみんな不満げだったけど、やっぱりちょっと怖かったのか、内心では安心していた。俺はいつも遊んでいる女の子が見当たらなくてちょっと寂しかった。村長の家に住んでいて娘みたいなものだから、言われたとおり隠れていたんだと思う。


 その日はなんだか皆疲れていて、早く眠りについた。妹と弟も、母さんの両サイドをがっちり確保して、すやすやと寝息を立てていた。この時ばっかりは羨ましく思うけど、兄の意地がそれを口に出すことを許さない。いつも父さんには見抜かれて、そっと手招きされるけど。


 俺は、この日なんとなく眠れなかった。

 初めて兵士を見た興奮が収まらなかった。鎧を来て、剣を腰に下げて、外を歩き回る。カッコよくて、憧れた。

 俺はこっそり家を抜け出して、月明かりを頼りに辺りを散策する。


 村を出た少しした森で落ちていた木の枝を剣に見立てて、軽く振ってみる。ちょっと様になってる気がする。


 兵士の真似。それも、言いつけを破って夜に外を歩いているという非日常に、高揚していた。わくわくして、ドキドキした。


 でもさすがに眠くなってきたので、村に戻る。木の棒を振り回しているうちに、ずいぶんと離れてしまった。通いなれた森だから、迷う心配はない。


「え?」


 村が遠目に見えるところまで来たとき、予想と違う光景に瞠目した。


 夜だと言うのに、思わず目を細めるほど明るかった。

 ばちばちという音。離れていても伝わる熱気。そして――悲鳴。


 村は燃えていた。

 まるで図られたように、一つの漏らしもなく全ての家が。


 農村の夜は早い。みんな、すっかり眠っていたことだろう。


 家族も、幸せそうに寝入っていた。扉が軋む音に、誰も反応しなかった。だから出てきた。


 では、あの火事には気づけたのか? たぶん、無理だ。


 俺は、その場に立ち尽くしていた。

 動けなかった。炎なんて、焚火か暖炉でしか見たことない。こんなに大きくて、熱くて、怖い炎は初めてだ。

 膝が笑っていて、それを止めるために座り込んだ。村を焼く炎がどんな結果をもたらすか、想像できなかった。いや、しなかった。


「おい! ちゃんと全員殺したんだろうな!」

「はい! 家は一つ残らず油を撒いて火を点けました!」

「逃げ出した者はおりません!」

「よし。撤収だ。ベルクローバー侯爵もお喜びになるだろう」


 昼間の兵士たちだった。

 幸いにも、森の陰に溶け込んで俺の姿は見止められていない。


 村の家が燃えていく様子を、俺は茫然と眺めていた。

 9歳の子どもだからと、言い訳はできない。俺はこの時、動くべきだった。動かなければならなかった。


 だというのにこの時考えていたのは、暑そうだなとか、妹と弟は起きたかなとか、両親はちゃんと逃げたかなとか、意味のないことだった。現実から目を逸らすために、他愛のないことをぶつぶつと呟いていた。


 俺はこの日、故郷を失った。

 家族を、友を、世話になった大人たちを、全員失った。


 網膜には、二対の翼の紋章がしかとこびり付いていた。


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