復讐の結末
終わった。
俺を不幸にした奴四人、全員に復讐した。
理不尽な悲劇。不合理な人生。その報いを受けさせた。そのはずなのに、俺の胸にはぽっかりと穴が空いている。
おぼつかない足取りで、日が沈む頃スラムの古民家に辿り着いた。
「お帰りなさい」
サチ・レヴォンラットは今日も、薄い肌着一枚で部屋にいた。
さっと立ち上がって、小走りで駆け寄ってくる。腰をぶつけるように抱き着くと、腕を背中に回した。
「復讐は終わったんだ」
「まあな」
「どう?」
無邪気な子どもがそうするように、サチは好奇心を隠さない。楽しそうにニコニコしながら、俺に軽く口づけをした。
「何もない」
「ふーん、復讐しても何も感じなかった?」
「いや、復讐した時は気持ちよかった。だが、今俺の胸の中にあるのは虚しさだけだ」
「そっかぁ。ふふふ」
サチの言葉は空虚な俺の中に土足で踏み込んできて、俺は聞かれるがまま答えてしまう。もう気を張る理由はなかった。生きていく意味を失ったのだから。
サチに招かれるまま、ベッドに押し倒される。ふわりと甘い香りが、上から降って来た。この香り、つい最近嗅いだような……。
「アンジェリカちゃんはどうだった? 可愛かった?」
「可愛かったよ」
「薬漬けでも?」
「ああ……」
可愛さ。それは見た目によるものじゃない。愛嬌でも色気でも若さでもない。
己が大切にしているもの、それは自分の目には光り輝いて見える。
「おい」
「なあに?」
俺は唐突に、サチの言葉に違和感を持った。いや、今の言葉だけじゃない。急速に冴えていく思考に、ある可能性が浮かんだ。考えれば考えるほど、その可能性は真実味を帯びていく。
「なんでアンジェが薬をやっていたことを知っている?」
「……んふっ」
問い詰めているのに、サチは口元を歪ませるだけで答えない。
「ずっとおかしいと思っていた」
俺はサチに、過去についてほとんど何も話していない。
なのにハーバー・ベルクローバー侯爵に復讐して帰ったあと、サチは言った。
『きっと弟くんと妹ちゃんも、黄泉の国で喜んでるわ』
おかしいところは他にもある。
一度思い当れば、ピースがハマっていくように次々と違和感が浮かんできた。
ハーバー・ベルクローバー侯爵は、俺の故郷を焼いた理由を仕方がなかった、と言っていなかったか?
傭兵団長スペードルは、愛人に頼まれてアンジェリカに手を出したと言っていた。愛人とは誰だ? なぜ俺たちを狙った?
なぜサチは、スペードルへの復讐の場に現れた? 俺はこんな小娘一人に跡をつけられるようなヘマをしたつもりはない。元から場所を知っていたとすれば? スペードルの小屋を漁るのも、異様に手際が良かった。
「ふふふ、あはは」
アルフレッドはなぜ、あんなに詳細な罪状をでっち上げることができた? 全て偽造したものにしては、固有名詞や行動などが一致しすぎている。まるで俺の過去を知る人物が、真実の中に犯罪行為だけを付け足したように。
アルフレッドに復讐した次の日、サチが血だらけで帰って来たのはなぜだ?
そして、アンジェリカに犯罪グループを斡旋し、俺の居場所を教えたのは誰だ?
なぜサチから、アンジェリカが使っていた薬物と同じ香りがする?
「答えろ。サチ・レヴォンラット」
「ふふふ、その目。その目が好きなの。ジョーカー」
「何の話だ」
「ジョーカーの絶望した瞳。復讐に染まる淀んだ瞳。全てを失った空虚な瞳。ああ、大好き」
押し倒した体勢で、俺の顔を両手で挟み込む。長い髪が垂れて、俺の頬に当たった。
「魔女の血筋」
「なに?」
「惚れた男を不幸にするんだって。周りを巻き込んで、世界を滅ぼしてでも、好きな人を不幸にするの」
細い指が、俺の首筋を撫でて鎖骨を突く。
「たかが伝承なのにね、生まれた時からずっと追われていたわ。私そんなんじゃないのに、って色んな村を転々としてた」
「村――ッ」
「でも、ある少年に出会って気づいたの。自分が紛れもなく魔女だってことに。その少年は、私を殺すために焼かれた村を見て、瞠目していたわ」
故郷の村。そこで村長に匿われていた、一人の少女がいたはずだ。
別の村から事情があって来たという少女。顔も覚えていないくらいの微かな記憶だが。
「ああ、私はこの人を不幸にするために生まれて来たんだって。見開かれた目に映る絶望に、ゾクゾクしたわ」
「お前」
「それからその子の後を追って、新天地で大切なものができるまで待った。そして、彼の思いが一番高ぶった時に、それを奪った」
全てこの女の掌の上だったということか。
復讐を誓った後に、俺の前に姿を現したサチ。それは、俺の復讐を見届けるために。
「全てを失った彼は、復讐のためだけに生きた。そして、今日。その復讐対象すらいなくなってしまった」
ああ、あの騎士は私が殺しといたわ。ちゃんと殺さないとだめじゃない、と事もなげに言った。
「ふざけるな……! お前が全て糸を引いていたのか?」
「ああ、その顔よジョーカー。そう、その目で私を。私だけを見て?」
馬乗りの状態でサチがネグリジェを脱ぎ捨てる。月明かりに照らされて、美しい肢体が照らされた。
「故郷も、恋人も、地位も、金も。さらに復讐対象も。ジョーカーは全て失った」
「まだ終わってない」
「そう。喜んでジョーカー。私が最後の復讐相手だよ。あなたの大切な、生きる理由。心を満たす、唯一の存在。そうでしょう?」
サチは強引に俺の唇を奪った。俺は慌てて押し飛ばして、ベッドへ叩きつける。上下を逆転させて、今度は俺がサチの上に乗った。首に右手を掛ける。
「殺すの? 殺したらまた、ジョーカーは空っぽになっちゃう」
「殺す。俺を不幸にした奴を全員ッ!」
「ふふふ、いいよ。それでも。大好きなジョーカーが、私を憎んで、殺して、絶望する。虚無の中で、最後に大切にした私を思いながら死んでいく」
許せない。
こいつがいなければ家族も、アンジェリカも失わずに済んだ。
スペードルとも良い戦友として一緒に戦えたし、アルフレッドとはどちらが上司になっても背中を合わせて剣を握れた。
こいつが、全て狂わせたのだ。
裏から、俺を不幸にするためだけに。
「ふふふふ、あはは。もっと怒って、恨んで、憎んで……私を愛して? ジョーカー」
「殺す」
「あなたにとって最後に残された、大切な復讐対象。あなたの心を構成する、唯一の存在」
命の危機だと言うのに、彼女は楽しそうだった。
サチは、心から愛おしそうに俺を見つめた。
そして舞うように腕を広げて、俺を抱き寄せる。
これまでの人生が、走馬灯のように脳裏で駆け巡った。
ああ、最悪な人生だった。
だが、一つだけ言えることがある。
「サチ」
俺は復讐者。名を捨て、復讐することだけを考えて生きてきた。
他には何もいらない。復讐さえできれば、それでいい。
「俺はもう、何もいらない」
「大丈夫。私があなたの大切な存在になってあげる」
「必要ない。全て捨てた」
首を両手でしっかりと握り、ぐっと力を込める。
「そう……ジョーカーはまた、空っぽになることを選ぶんだ」
「今更だ。俺はずっと失い続けてきた」
「それを見れないのは残念だけど。うん。それでジョーカーは完成する。愛する人を、一生忘れられない絶望に叩き落せる」
「俺はお前の思い通りにはならない」
俺とサチは、示し合わせたように同じ言葉を最後に紡いだ。
「「ざまあ見ろ」」
完結です。最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
終わり方やそれぞれの復讐について、感想で意見を貰えると嬉しいです。
また↓の☆から素直な作品評価を頂けますでしょうか。
別の作品でお会いできるのを楽しみにしております。
ありがとうございました。