四人目 アンジェリカ・ハート
復讐のために、俺はアンジェリカの現在の居場所を突き止めていた。
アンジェリカはある犯罪グループのメンバーだった。
しばらく身辺を漁ったことで判明したことだが、俺を追うように傭兵団を抜けた彼女は金に困窮し、知人の紹介で犯罪グループに手を貸すようになったらしい。
このグループについては騎士団でもたびたび話題になっていた。
末端の者は何度も捕縛してきたが、本体についてはのらりくらりと逃げられてきた。
国境を跨いで活動し、詐欺や強盗、殺しに薬物、さらには人身売買まで稼ぐためならどんなことでもする。そういう連中だ。
アンジェリカは末端の構成員で、多くの詐欺事件に関わっていた。
何が彼女をそうさせてしまったのか。その答えは、今目の前にある。
「アンジェ」
「んー?」
アンジェリカが一人で暮らす部屋は、相変わらず物が少なかった。
甘い香りが充満する、質素な部屋だ。
彼女は床に座って、ミニテーブルの上に器具を並べていた。俺は何度かそれを見たことがあった。騎士団で押収した時に見た――薬物だ。
「アンジェ」
俺はずかずかと遠慮なく入り込んで、目の前に立つ。
思えば、再会した時からおかしかったかもしれない。もともと太っているタイプではなかったが、女性らしい身体付きだったアンジェリカが折れそうなほど細くなっていた。
薬物への依存。
犯罪グループは身内にも薬物を売りさばき、依存した構成員は薬物を購入するために犯罪に手を染め、さらに依存していく。最初は安く、依存したころにはまともな職業では払えないほど高額になっていく。
「だれー?」
甘ったるい声。こんな媚びた声を出す女ではなかった。
口はだらしなく開かれ、目がとろんと溶けた。骨しかないのではと思うほど細い手首には、いまだ変わらず俺があげた革のブレスレットがついている。
ロクに洗っていない、ボサボサの髪。皺が寄ったワンピース。弱った彼女を見るのは辛かった。
「俺だ」
「ああ……」
生気のない瞳で、俺の顔を捉えた。
「夢かな……君が私のところに来るはずなんてないのに」
「夢じゃない」
「きっとこのブレスレットが見せてくれたんだ」
この一年で、どれだけ症状が進んだのだろう。
もうまともに歩くことすらままならないように見える。最近は男たちに身体を売って、薬物の購入費用を稼いでいた。
アンジェリカをここまで追い込んだ奴らに対する怒りもある。
だが、彼女はまだ意識がはっきりしていた頃に、自分の意思で俺を裏切った。
それも二度も。もともとそういう女だったのだ。そう思っても、彼女を愛していた気持ちは消えない。
「ごめんね、ごめんね」
ブレスレットを大事そうに撫でて、うわ言のように繰り返す。
「お金が必要だったの。それでね、君があの街にいるって聞いたから」
彼女に対する恨み、怒り。それは当然ある。復讐のためだけに生きてきたのだ。その思いは当時よりも膨れ上がっている。
同時に、やはり俺は彼女のことが好きだ。裏切られ、金を奪い薬物に浸かり、見知らぬ男に身体を好き勝手されていたとしても、好きだ。
俺の心を最初に埋めてくれたのが彼女だったんだ。全てを失って空になった容器を満たしてくれた。
今は、その容器は復讐心で溢れ出している。だが容器の裏には、まだ愛がこびりついていた。自分でも気が付かなかったが、改めてアンジェリカと会って、それを自覚した。
コロコロと鈴の鳴るように笑う、愛嬌のあるアンジェリカ。初めて結ばれた日の、色っぽいアンジェリカ。
団長の腕の中にいるアンジェリカ。再会した時の痩せこけたアンジェリカ。金を奪って消えたアンジェリカ。
そして、薬物に侵され廃人になった彼女。
「アンジェ」
しゃがみこんで、彼女の腕を取った。
これは復讐だ。
俺は彼女をきつく抱きしめた。
今まで三人の男に復讐してきた。
俺から故郷を奪ったハーバー・ベルクローバー侯爵。
恋人を寝取った傭兵団長スペードル。
地位から追放した元相棒、アルフレッド・ダイヤモンド。
残虐に殺し、奪い返し、貶しても俺の心は満たされなかった。
俺は結局、全てを失くしてもなお、何かを求めてしまう。いずれ全て失うとしても、何かを大切にせずにはいられない。
「アンジェ、君を殺す」
俺から金を奪い、愛を裏切った罰だ。
この感情は、他人には理解できないかもしれない。
俺は彼女が大切だから、殺す。もう失わないように、己の手で破壊する。
「ありがとう。愛してる」
「アンジェ、愛してる」
ナイフで心臓を一突き。たったそれだけで、俺たちの苦しみは終わった。
一瞬苦しそうに呻いて、安堵の表情を浮かべた。そして俺が最初に思いを告げた時のように、優しく笑った。
四人目終了です。次話で最終話です。
どの復讐が一番好きだったか、ぜひ感想でお聞かせください。よろしくお願いします。