四人目 恋人
「アンジェ、ここにいたのか」
「うん、この時間は夕日が綺麗だから」
俺たちは傭兵団で出会い、そして恋をした。
互いに、故郷を亡くした経験があるからだと思う。
家を失って傭兵団に滑り込んできた彼女のことを俺は放っておけなかったし、彼女もまた、そんな俺に縋った。
表面上は明るく過ごしていても、ふとした瞬間に故郷を思い出す。俺にもよくあることだったし、痛いほど共感できた。
年が近く、話も弾んだ。俺が彼女に好意を寄せるようになるのに、そう時間は掛からなかった。
不格好な告白。彼女はそれに、笑いながら応えてくれた。
「君はさ、戦争をどう思う?」
「なくなればいいと思ってる。でも、戦争がなかったら仕事もなくなるな」
「俺がなくしてやる、とか言ってくれないんだ」
「戦争をなくそうと思ったら、どっちかを滅ぼすしかない。そうすれば、負けた方の国は不幸になる」
戦争によって故郷を亡くしたアンジェリカは、当然だが戦争に忌避感を持っているようだった。
傭兵団が戦争に参加することで生計と立てていることは理解しているし、兵士以外には決して手を上げないという理念に納得してくれているから、給仕として働いている。それでも、思うところはあるようだ。
「結局お金なんだよね。みんながお金持ちだったら、戦争なんてしないのに」
「どうだろうな。みんながお金を持ってたら、それに価値なんてなくなる。そうすれば、別のことで争うだけさ」
「なによ。彼女が感傷に浸ってるんだから、慰めてくれたっていいじゃない」
「それはそれは、失礼しましたお嬢様。寒いから中に入りましょう」
「うん、くるしゅうない。今日のご飯はなんであるかー?」
「キノコのシチューだよ、お嬢様」
「君は私の好みを分かっておるな~?」
おどけた口調でわざとらしく言い合う。横に並んだアンジェリカが自然に俺の右手を握り指を絡ませた。肩を寄せ合って、宿舎までの道を行く。
「明日から遠征だよね」
「ああ。一週間くらいは帰らないと思う」
「そっかぁ。また静かになっちゃうなー」
俺がいなくて寂しい、ではなく傭兵の人数が減ることを惜しんだ彼女の言葉に、ちょっとだけイラっとした。
「一人の部屋は音がしないからね」
見透かしたように、アンジェリカがそう付け足す。澄んだ瞳が夕日を反射して茜色に光った。
小柄で愛嬌のある彼女に、俺はいつも振り回されている。しかし不思議と嫌ではなかった。
彼女のために生きて帰ろう。いや、彼女にまた会いたいから、死にたくない。そう思わせてくれる相手だった。
故郷と家族を亡くしてから数年間、俺は生きているのか死んでいるのか分からないような、自失の時を過ごした。団長に拾われてからも、なんとなく流されるままに戦っていた。
しかしアンジェリカと出会って、生きていく意味を見出せた。そんな気がする。
「あ、見て見て」
「ん?」
アンジェリカが指さしたのは、小さな露店だ。今拠点している町は栄えているわけではないが、人の出入りが多く店も充実していた。
地面に広げられた布の上に革細工や木細工が並べられている。
「欲しいのか?」
「えー、でもお金あんまないし」
「買ってやるよ」
アンジェリカが驚いたように、首を勢いよく回して振り返る。
俺としては勇気を振り絞って発した言葉だった。今まで贈り物なんてしたことがない。なんだか気恥ずかしくて、それを隠すためにしゃがみこんで商品を見やる。
「これなんかいいんじゃないか?」
別に、本当に良いと思ったわけじゃない。なんとなく目に留まった、シンプルな革のブレスレットを手に取ってアンジェリカに見せる。値段を聞くと、特に装飾もないためか俺でも払えそうな金額だった。
「ありがとう」
適当に選んだだけなのに、アンジェリカは涙を滲ませて喜んだ。商家の娘だったから、このくらい見慣れているだろうに。
後から団長に話したら女心が分かっていないなどと散々笑われたが、今でも良く分からない。
ただ一つ言えるのは、彼女はその日から毎日そのブレスレットを付けて、見せびらかすように腕を振り回していた。一度紐が切れてダメになった時も、涙目になりながら苦手な裁縫をして、少し形が崩れたそれを使い続けていた。
それから俺が彼女に贈り物をすることはなかった。
彼女の反応から、何か特別な行為のような気がして軽々しく選べなかったのだ。次贈り物をするときは特別な時にしようと思っていた。
ブレスレットとは違い真剣に選んだネックレスは、彼女の首にかけることはできなかった。