閑話 サチ・レヴォンラット Ⅲ
魂が抜け落ちたように放心するアルフレッドと、俺を引き留めようとする王妃を置いて演習場を脱出した。
あの頃とは違い、今の俺は侯爵家を火の海にした悪人だ。騎士団にいて良い人間じゃない。
寝床に帰っても、サチはいなかった。
いつものことだ。彼女がどこで何をしているのかなんて分からないし、興味もない。
俺はコップ一杯の水を一気に飲み干すと、ベッドにどかりと腰かけた。
四人の復讐対象のうち、三人への復讐が終わった。
だがなぜだろう。満足するどころか、胸の内の喪失感ばかりが募る。もうすぐ終わってしまうという気持ちが、表現できない焦りを生み出していた。
復讐を終えた時、俺は何を感じるのだろうか。
ここ一年余り、復讐のことだけを考えて生きてきた。その方が楽だった。余計なことを考えずに済むし、大切なものを得ようとしないから。大切なものを作って、また失うのが怖かった。
復讐の準備は楽しかった。いや、楽しいとはちょっと違うか。
満たされていた。目標に向かって動いていれば、自分が生きている意味を見出せた。
ではその復讐が終わったら?
全てを失った俺の中には何が残る?
自問自答をしても、答えは出ない。
寝転がって天井を見上げる。
頭の中で様々な声が響いた。
幸せだったころの俺。復讐をしろと叫ぶ俺。
ぐるぐると意味のない問答が頭の中を駆け巡る。
「ジョーカー」
気が付くと、サチが仰向けに寝る俺に馬乗りになって顔を覗き込んでいた。
「どーしたの。気が付かないなんて珍しいじゃん」
「ちょっとな。重いからどいてくれ」
「軽すぎて気が付かなかったんでしょ」
嬉しそうに笑うサチを押しのけて、身体を起こした。うたた寝していたのか、頭がぼんやりする。髪をかき上げて頭を振った。
「なんか臭いな。血の匂いか?」
「あはは、ごめんごめん。今着替えるね」
彼女のワンピースには、べったりと返り血がこびりついていた。正面から浴びたようで顔や首にも血が付いている。
別の部屋に消えた彼女は、血を落として着替えると何事もなかったかのように戻って来た。
「気になる?」
「別に」
「えー、気にしてよ」
こいつとはただの同居人だ。詮索する必要はない。
「私はジョーカーが気になるよ」
「そうか」
「例えば前の彼女がどんな人だったか、とか」
俺の元恋人、アンジェリカ・ハートはスペードルに寝取られ、別れた。
そして、最後の復讐対象でもある。
彼女のことは、俺の中でもまだ受け入れきれていない。
人生の中で一番大切にした人だ。
そして、一番許せない相手だ。
そのことを、この女に軽々しく話す気はない。
面白がって隣に座るサチの口を、乱暴に塞いだ。