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三人目 騎士団長 アルフレッド・ダイヤモンド

 俺を追放し、騎士団長として叙爵されたアルフレッド・ダイヤモンド。

 そいつが三人目の復讐対象だ。


 彼は今も騎士団長として、悠々自適に過ごしている。

 私欲のために俺を追放し、奪い取った席で。


 俺が失墜しなくても、彼の実力なら正当な手段で騎士団長にもなれたはずだ。どちらが騎士団長になってもおかしくなかった。

 だが彼は、俺の罪状を捏造してまで地位にしがみついた。俺から地位を奪って、己だけが幸せになる道を選んだ。


「報いを受けさせる」


 俺は騎士団の演習場に堂々と正面から入った。

 騎士団は人数が多い。こうやって制服さえ用意できれば、侵入することは容易い。それに俺はもともとここにいたんだ。勝手は知っている。

 正しい制服と正しい手順。それさえ守れば、誰にも怪しまれることはない。


 俺の顔を知っている者もいるかもしれない。

 だが皆訓練に夢中で、誰も通りすがりの騎士なんて気にしない。


 昼前の演習場は活気に満ち溢れていた。

 訓練に励む騎士たちは皆、希望と誇りを胸に剣を振るう。彼らはまだ騎士団に加入したばかりの、警備隊や研修生の騎士たちだ。


 俺にもそんな時期があった。思い返せば、いつでも隣にアルフレッドがいた。

 まずい。ここに来ると、どうしても感傷に浸りたくなる。憎しみとともに、いい思い出がありすぎるんだ。ほんの数年前までここにいたんだから。


「騎士団長!」

「やあ、みんな精が出るね」


 とある人物の来訪に、訓練をしていた騎士たちが一斉に手を止めて敬礼した。

 アルフレッドは偉そうに訓練を続けるよう指示を出して、にこやかな表情で演習場を見渡した。


 そう、今日は騎士団長であるアルフレッドが演習の視察に来る日なのだ。

 騎士たちからすれば、雲の上の存在だ。彼らには知らされていなかったのか、先ほどよりも緊張した面持ちでぎこちなく身体を動かしている。それを、アルフレッドは微笑ましく眺めていた。


 俺は柱に寄りかかって、そっとアルフレッドの様子を伺う。爽やかだった笑顔は、口元だけで笑うような張り付けたものに変わっていた。目は覚めていて、胡散臭い。もっとも、それに気が付けるのは長い時間を共に過ごした俺くらいだ。


 騎士たちの緊張をほぐすために演習場を練り歩きながら、声を掛ける。そんなことをすれば余計に緊張することになるのだが、具体的なアドバイスを貰えて騎士たちは嬉しそうだ。


 ぐるりと一周見終えたアルフレッドは、一人だけ演習に参加せず立ち尽くしている俺に気が付いた。


「どうしたんだい? 具合が悪いのか――ッ」

「久しぶりだな」


 彼に声を掛けられたので顔を上げると、険しい顔で睨みつけてきた。

 俺の言葉には返事をせず、後ろに控える付き添いの騎士に指示を出す。


「侵入者だ。捕らえろ」

「はっ」


 さすがは本部の騎士。命令を聞き終えると同時に剣を抜き去り、俺に切りかかって来た。命令に対する反応、剣筋に間合いの取り方。どれをとっても一級品だ。

 だが、俺の敵ではない。


 俺は騎士時代に使っていた剣を掴むと、鞘で攻撃を防いだ。そのまま腰を落とし、足払いを掛ける。倒れた騎士の剣を蹴飛ばし、首を踏みつけた。


「冗談だろ? こいつで俺に勝てると思ったのか?」


 異変に気が付いた騎士たちが、何事かとざわついた。

 まだまだ若いな。荒事に対する耐性ができていない。まともに行動を起こせたのは一人の教官だけで、援軍を呼びに行ったようだ。


「お前がこいよ。アルフレッド」

「断る」

「おいおい、騎士団長様が逃げるのか? それとも、俺に勝てる自信がないとか?」


 騎士団長が直接戦うことは、ほとんどない。彼は指示を出すのが仕事であり、自らが剣を取るのは指揮の崩壊に繋がる。

 それに、侵入者は俺一人だ。無理に捕らえようとするより、すぐに向かってくるであろう援軍を待つ方が利口だ。


 もっとも、そんなことは騎士団に入ったばかりの新人には分からない。


「天下の騎士団のトップが、こんな腰抜けとはなぁ!」

「黙れ」


 新人騎士たちとって、俺は本部の騎士を一瞬で沈めた恐ろしい男だ。そいつを前にして、剣を抜くことすらしない騎士団長。彼らの目にはどういう風に映るだろうか。


「そこまで言うなら俺が直接下してあげるよ。侵入者」

「そうだよな。そうするしかないよな」


 踏みつけていた騎士を蹴飛ばして、俺はアルフレッドと対峙する。

 互いに剣を抜き去って、間合いを詰めた。


「覚えているか? この演習場で、毎朝早起きしてこうやって剣を合わせたよな」

「何の話だか分からないね」

「俺たちの実力はずっと拮抗していた。役職もだ。どっちが騎士団長になっても恨みっこなし。そのはずだった」


 俺はわざと、全員に聞こえるように声を張り上げる。

 騎士団長と互角の剣戟を繰り広げている。そのことが、言葉に説得力を持たせる。


「だが、お前がしたことはなんだ? 罪をでっち上げ、俺を追放することだった。そのおかげで手にしたのが、今の地位だ。そうだろ?」

「でっち上げた? お前はまさしく犯罪者だ。俺は正しく罪を裁いただけだよ」

「まあそう言うだろうな!」


 アルフレッドのお行儀の良い剣。基本に忠実で、隙がなくぶれない。俺は強引にその防御をこじ開け、切りこむ。しかし、それすらも即座に弾かれる。


「で、どうだ? 相棒を蹴落として手に入れた生活は? 楽しかったか? 貴族様になったんだろ?」

「蹴落としただなんて思ってない。俺じゃないならお前が騎士団長になるべきだと思っていた」

「ああ、俺もそう思っていたよ。お前がそんな姑息なやつだと知らなかったからなぁ!」


 援軍が到着したようで、俺たちを円状に取り囲んだ。しかし、俺とアルフレッドの戦闘に介入できる騎士なんていない。当然だ。俺たちは騎士団で一番強かったんだから。


 むしろこの状況は好都合。俺の言葉を、多くの騎士が聞いている。


「姑息って、お前が過去に犯罪を犯していたことは事実じゃないか」

「全部出鱈目だって言っただろうが」

「嘘だ。俺は信頼できる相手から情報を得た」

「それは長年の相棒よりも信頼できる奴なのか? あ?」


 アルフレッドの剣が鈍る。


「結局お前は! たまたま運が巡って来た俺が煩わしくて、羨ましくて。排除できる手段が降ってわいてきたからそれに縋ったんだ。それが姑息でなくてなんだ!」

「ちがう!」

「騎士団を追放されてから俺がどうなったか分かるか? お前が貴族になって優雅な暮らしをしている間、俺はスラムで泥水を啜って生きてきた! それがお前がしたことの結果なんだよ」


 俺の剣が、アルフレッドの剣を弾き飛ばした。


 あの日から、俺は復讐のために死に物狂いで訓練を重ねてきた。

 対してアルフレッドの成長は止まってしまった。怠けていたわけではない。それは剣筋から分かった。おそらく競争相手がいないのだろう。以前ほどの熱意で、剣技に打ち込むことができないのだろう。

 わずかな差。それが勝敗を分けた。


 空になった手の平を見て茫然と立ち尽くすアルフレッドの首に、剣を突きつけた。


「人を貶め、排除したお前は騎士団長に相応しくない」


 アルフレッドの命を奪うつもりはない。それがせめてもの情けだ。

 戦闘が終わった俺たちを、騎士たちは遠巻きに眺めていた。あっけなく敗北した騎士団長を冷たい目で見つめている。


「今のお話は真実ですか?」


 凛とした美しい声が、静まり返った演習場に響き渡った。


「王女殿下」

「お久しぶりですね。私の騎士様。それから、今の私は王妃です」

「失礼いたしました。王妃陛下はお変わりなく」


 現れたのは、かつて俺を騎士団長に推薦した王女だ。

 もちろん、彼女が近くに訪れていることも織り込み済みである。ここに来てくれるかどうかは賭けだったが。


「この者の立場は私が保証しましょう。それから騎士団長には後程お話しがあります」

「王妃様! お待ちください」

「お黙りなさい。そもそも、彼を追放することは反対だったのです。証拠だって、本当にあったのか疑わしい」


 彼女がここに来なくても、アルフレッドの失墜は確実だった。

 しかし王妃が直接宣言することで、アルフレッドの罪は周知のものとなった。俺の時と同じだ。それが真実であるかどうかは、権力者によって決められる。


 直接手を下す必要はない。彼には地位から陥落するという気持ちを存分に味わってもらおう。


三人目終了

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[一言] 王妃がそんな容易く危ない場に出てきたらあかんやろ
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