迷子らの盗賊捻り②
その後、道案内は完全にリヒトに任せた。
彼は太陽の位置とコンパスで方位を確認しながら、記憶を頼りに進む。
景色が一向に変わらないので、正しい道を進んでいるか分からない。
まあ、例え迷ったとしても、この森には食用の野草も茸も豊富にあり、肉も空を飛んでいるから食料には困らない。
水を内部に蓄える木も見つけたので、水も問題ない。
楽観的になったところで、日が暮れ始めたので今日の移動はここまで。
「ほらよ」
野営の場所を決めた途端、リヒトは焚き木用の枝にすぐに火をつけた。
「ありがとう」
素直過ぎて不気味だが、礼を言うのは忘れない。
さて、夕飯はあたしが作ろう。
「暖かいものが飲みたいなあ」
冬に近づいてきたので夜になると気温がぐっと冷え込んでくる。
こんな時はスープで体を温めるのが一番だ。
そこら辺に生えていた野草を、一度湯がいて灰汁抜きをしてから、干し肉や芋と一緒に煮込み、固形調味料で仕上げる。
「んー。まあまあかな。お、丁度よかった」
「?」
リヒトはお茶用のお湯を沸かすために焚火に近づいた。そのタイミングで声をかける。
「出来た。食べるぞ」
「ああ」とリヒトから返事がきたので、スープを渡すと、彼はあたしの対極に座って焚き火に当たった。
あたしは携帯食料を取り出し、少し火であぶった後、よく噛んで胃に収める。
この携帯食料マズイな。
安いからと思って買ったが、うん、マズイ。舌が慣れるまですこし時間がかかりそうだ。
そのあとにスープを飲んだ。口直しになる。
リヒトも携帯食料を噛みつつスープを飲む。味の文句はでなかった。
「んー。気のせいではなかったか」
スープを飲みこんだあたしは、周囲の気配が多くなったことに眉をしかめる。
動物かと思って無視していたが、これは人の気配だ。それも一人や二人ではない、十を超える集団だ。
思わずため息を吐く。
集団で道に迷った。ということもあるかもしれないが、盗賊の類の方が濃厚だ。
「なあ」
「……」
呼びかけ完全無視。
絶対気づいているくせに、リヒトは無反応で食事をとっている。
取るに足らない相手と思っているに違いない。
まぁ、気配や意気込みが伝わる以上、その通りなんだけど。
さて、どうしたものか。と思い悩んでいると、ガサガサ……と茂みが揺れた。
「……」
「……」
あたしとリヒトが視線だけ向けると、大刀が茂る草の隙間からスゥっと現れた。
続いて、髭面で大柄で推定三十代後半の男性が出てくる。
安そうな胴の鎧装備、腰に括り付けた布袋、手入れがあまりされていない太刀を持ち、下品な笑いを出しながらあたし達を見下ろした。
容姿はともかく、服装に不潔さがにじみ出ている。
何日も森で迷っている風貌に、彼らも妖獣の餌候補なのかな? と考える。
「こんなとこでガキに出会うとはなあ」
葉っぱの擦れる音と足音を響かせながら、十人程度の人間が出てきて、あたし達の野宿場所を囲んだ。
年齢幅は30~50代の男女。男性割合多し。
全員が同じような装備をして武器を手に持ち、今から襲いますアピールをしている。
そこまで把握して、のんびりお茶をすする。
「こんな森で逢引か?」
誰かのセリフに反応して全員が笑う。下品な笑い声が周囲に広がった。
盗賊なのは間違いない。だけど、体臭もキツイし不潔なので迷子の可能性も高い。
なんでこんな稼げない場所に盗賊がいるんだろう、不思議だ。
町で聞いたが、リアの森に続くこの小さな森の周りに町がないため、殆ど人が訪れないそうだ。
それに妖獣がうろうろしているのも輪をかけて、人に出会う事すら奇跡に近いと言われていた。
もしかしたら、妖獣でも倒しに来たのかもなあ。
盗賊に対して無反応のまま、お茶を半分くらい飲み干す。
「おいおい。ノーリアクションか?」
「怖くて声がでないってか!」
「あらあら可哀想。もっと優しくしてあげなよあんたたち」
盗賊たちが卑下た笑いを浮かべ、脅すように声のトーンを低くしながら、あたし達を見下ろす。
どうやら怖くて動けないという感じに見えているらしい。頭の中に花畑があるようだ。
「これでも優しくしてやってるぜ」
「そうそう」と数人が相槌をしている。
あたしはちょっとだけ警戒して、ぐるりと辺りを見渡した。
盗賊の人数は十五人だ。四方を囲んで逃げ場を無くしている。
あたしとの距離は一番遠くて二メートル。一番近くて40センチ。リヒトもおおむねそんな感じ。
あたしもだけど、あいつもそんな至近距離までよく接近を許してるな。
同じ気持ちなら、面倒だなって放置しているんだろう。
でもそろそろ鬱陶しくなったから、どっか行ってほしいな。って思ってるはずだ。
あたしは一応、相手の武器を確認する。
剣や斧やナイフという接近戦オンリーだ。飛び道具がなければ話は早い。
お茶にゴミが入るのは悲しいから、もうちょっと盗賊を放置しておこう。
あたしは興味なさげに、彼等から視線を外してゆっくり飲んだ。
焚火を囲むあたし達に、最初に顔を出した盗賊が歩み寄ってきた。この盗賊達の頭であろう中年男性は、焚火に当たるようにしゃがみ込んだ。
優越感に浸る顔をしながらこちらに視線を向ける。
「ガキども。有り金だせば命は助けてやる」
お決まりの台詞だ。
あたしは視線をそらさず微苦笑を浮かべながら、最後の一口を飲みこむ。
「何か言え! それとも恐怖で声もでないのかぃ?」
無精ひげを生やした筋肉質な三十代の男性がこっちに寄ってきた。
ニヤニヤと嘲笑しながら、あたし達の周囲をぐるぐるゆっくり歩く。武器を振り上げたり、切り倒す動作をする演出は忘れない。
「おやおや。かわいそうにねぇ! 早く何か言わないと命を頂くよ」
三十代女性が相槌をうった。
平均的な顔立ちとやや筋肉質で高身長の女性だ。ナイフを振り回し脅しているようだが、手からナイフがすり抜けそうだ。
お茶を飲み終わったので、チラッとリヒトを見る。
彼は平然とした態度で焚き火に枯れ枝を足していた。盗賊の事が全く眼中にないらしい。
リヒトの態度で苛立った盗賊が、怒鳴り声をあげる。
「てめぇら! なめてんのか!? 命惜しくねぇのか!? 殺すぞ!」
盗賊たちはあたし達がノーリアクションなのは恐怖ではなく、興味がないだけだと気づいたようだ。
盗賊の半数が殺気立ち、これ見よがしに剣や斧をチラチラさせてこちらの危機感を煽っている。
「武器ぐらいで怖がるか」
あたしは肩をすくめて呟くと、焚火に当たっていた盗賊がカッと目を見開き、勢いよく立ち上がる。
剣先をこちらに向けて、あたし達の態度を鼻で笑った。
「どうやら痛い目を見ないと分からないみたいだな! 野郎ども!」
視線で合図を送ると、剣を振りながらジリジリと近寄ってくる盗賊。あたしも腰の刀に手を添える。
抜刀と同時に両横を、一歩踏み出して前方を、数歩で残りを、って感じかな。一瞬で片づけよう。
「俺がやる」
行動に移そうとする直前で、リヒトがあたしを制した。
「おや。珍しい。鬱憤払いか?」
<シルフィードよ。爆風となり刃と化せ>
あたしの問いかけと、リヒトの詠唱が重なった。
フュュ
風が吹いてきた。と思ったら、地面の砂が浮き始め、水しぶきのように舞う。
すぐにリヒトを中心にして砂粒が円を描き、あたし達を中心にして竜巻が発生した。
周囲を巻き込みながら上空へ吹き上げる。
「どぉるぁぁああぁぁぁぁっぁあ!?」
「きゃーーーー! なにこれーーー!」
「飛ばされるううううううう!」
「あああああたすけてえええええ!」
「嘘おおおおおおおお! いやああああ!」
瞬き一回でその場にいた盗賊が綺麗に消えていた。
「ぎゅーーーーーーーー!」
盗賊たちの悲鳴に混じって、妖獣の悲鳴が聞こえ、遠くへ去って行った。
あとには撓る木々と舞い上がる花弁がひらひらと舞って、地面にゆっくり落ちる。
誰も残っていない。全員飛ばされてどっか行ったようだ。
空を見上げると星が正常な位置で瞬いているので、盗賊と同時に妖獣も竜巻に巻き込まれて、どこかへ飛んで行ったみたいだ。
リヒトは「はあ」とため息をつきながら、風圧で若干火が弱くなった焚火に枝をくべる。
火の強さが戻ったところで立ち上がり、リュックの傍に腰を下ろした。
「手ごたえなさ過ぎて鬱憤払いにもならん」
寝袋を取り出して寝る準備に取り掛かっている。
「まあ、そうだろうね。さてと」
あたしは立ち上がってキョロキョロ見回す。
「あーあ、綺麗さっぱり居なくなってるわ。荷物とか残ってないかな~? 落ちてないかな~?」
あたしが目を皿にして見渡しながら周囲を歩くと、リヒトからツッコミが入った。
「どっちが盗賊だか」
残念、なにも落ちてない。
あたしはまた焚火へもどって座る。
「ええ? そうか? 強奪する側もされる側になるって常識だろ?」
堂々と言うと、彼は呆れた様に目を丸くした。
「こっちが勝ったんだから、戦利品を獲る権利はある」
「……それは、一理ある、な」
納得していないが理解は出来たと頷かれた。
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