迷子らの盗賊捻り①
<迷子になったら盗賊に遭ったんだが?>
鬱蒼と茂る森に湿気をはらんだ空気が纏わりつく。
一日半降り続いた雨が先ほど止み、やっと移動が出来るようになった。簡易テントを軽くふいて水気を取り小さく収納する。
日が昇るタイミングで天気が回復したのは運がいい。
周囲が明るくなってから、滑りやすくぬかるんだ地面を進む。靴に泥がつき、葉にたまる水滴が衣服と荷物を濡らして、少し冷たく感じた。
「うーん。こっちの方向で合っているのか?」
あたしは周囲を見渡す。
人が往来していた道を歩いているはずだが、自然に戻ってしまっていて獣道すらなくなっている。
さらに地面の起伏が激しいので、平地ではなく山を進んでいるような気分になっていた。
ヂヒギ村は平坦な森の中にあるはずだ。とはいえ、傾斜が全くない平坦な森というのも少ないので、合っていると思うが、自信がなくなってきた。
空を見上げて太陽の位置で方角を確認する。
「……?」
少しだけ空に違和感を覚え、あたしは振り返ってリヒトに呼びかけた。
「なあ、どう思う?」
彼は黙ったまま地図見つめやや首を傾げると、雨の雫が数滴ほど髪を滑り落ちた。
風が吹くたびに高い枝の葉の露が落下して、彼の髪を濡らしている。
「そうだな……。何かおかしい」
「迷った?」
遠慮なく言うとリヒトは半眼でこちらを見た。
否定しきれないという感じだが、認めたくないという気持ちが前面に出されている。
あたしはやれやれと肩をすくめた。
彼の持っている地図はドエゴウ町で購入したものだ。
フィオヴィエリアのヂヒギ村は一度も行ったことが無いので、地図を頼りに道を探っている最中である。
地図を置いていた店によると、
『同じような木々が並んでいるので、最初の数百メートルはとても迷いやすい。もしかしたら道が消えているかもしれない』
と、アドバイスがあったので注意深く進んでいたのだが……。
まさにその通りになっている。
「そうか。やっぱ迷ったか」
山道に慣れているあたしでさえも方向感覚が狂う瞬間がある。
昼は太陽の位置で方角を、夜は星の位置で方角をチェックしているが、そのとき決まって妙な感覚に囚われる。
何かがおかしい、と。
「なあ」
呼びかけると、リヒトの背中から嫌なオーラが出始めていたが、お構いなしに思った事を口にする。
「その地図。エリア間違えて買ったってことは、ないよな?」
「ない」
即効で否定された。
まあ、そうだろうけど。
あたしも確認したから、間違いなくヂヒギ村とリアの森へ向かう地図だ。
「うーん。なら、見ながら迷ったって事になるよな。あんた方向音痴ってわけじゃないだろう? 地図を見ながら迷うなんておか……」
<サラマンドラよ、手の中で踊れ>
「!?」
あたしは吃驚して反射的に刀を構えた。
「……え?」
リヒトの手から真っ赤な火が燃え上がったのを、二度見する。
あれって、手を火傷しないのかな。
よくよく考えると、あたしの言い方がちょっと悪かったかもしれない。
方角確認するときに違和感があるけど、そっちはそう思う事があるか? って言いたかっただけだったんだ。
批判したわけじゃないけど、そう聞こえたのかもしれない。
うーん。彼のプライドに引っかかったか。
これは刺激するのは止めておこう。
男性はプライドを刺激すると手が付けられないほど頑固になる。と母殿から聞いている。
ここはあたしが大人な対応をしよう。
気を取り直して刀を鞘に納めたタイミングで、リヒトの手に握られていた地図に炎が引火した。
あっという間に燃え広がり煤となって地面に落ちていく。
「ってオイ!」
地図はあれ一つだけだというのに、なんの躊躇いもなく燃やしただと!?
地図に八つ当たりしたな!
「不良品の地図に用はない」
リヒトは手についた煤をパンパンと払い、当然のように言い放った。
「あのなあ……」
開いた口が塞がらない。
「未開の地へ行くのに地図を燃やすなんて阿保か」
「五月蠅い」
睨まれた。人を射殺すほどの鋭さがある。通常なら苛立つが、今回は呆れの方が強すぎたので受け流す。
あたしが突っかからないことで少し冷静さを取り戻したのか、リヒトはバツが悪そうに視線をそらした。
やらかした、っていう意識はあるらしい。
「地図は覚えている。いざとなったら思い出すから問題ない」
「まあ。あたしも覚えてるから大丈夫だ」
睨まれた。面倒な奴だな。
あたしは髪を掻きながら大きなため息をつく。
「じゃ確認するけど、方角を確認するときに違和感ないか?」
「ある」
「あるのかよ!」
「だが、原因が分からない。進路を何かが邪魔をしているような気がするが……」
「なんで地図燃やした! 地図は正しかったかもしれないじゃん!」
「五月蠅い! あれは不良品だ!」
「いいや絶対嘘だね!」
怒鳴り合いが森に響き、鳥が数羽飛び立った。激しく鳴きながら上空へ羽ばたいて、スコンと空の一部にぶち当たって落下した。
あたしもリヒトもそれを目撃する。
「あー……」と、どちらか分からないが無意識に声を挙げて、半眼で空を見る。
原因が分かった。
方角を狂わせて巣へ誘うタイプのムササビの妖獣、スカイテレスがいる。
小さいもので全長5メートル。周囲の景色に溶け込む性質を持ち、主に空に化けて太陽や星を作りだすのが特徴である。
この妖獣に遭うとずっと森を彷徨う事になり、空腹や疲労により力尽きた獲物を頭から丸ごと咀嚼する。
直接襲ってくるタイプではなく、弱ったところを襲うタイプだ。
「どうしようか」
腕を組みながら悩む。
あいつらは上空を滑空するので近接戦オンリーはあたしには少々強敵だ。
地面に下ろすにはこのまま巣へ誘導されるべきなんだろうけど。
「今はそれどころじゃないし」
本音を言えば討伐したい獲物だ。体毛が高値で取引できる。死ぬと体毛のステレス機能は無くなるが、とても高級な冬用のコートの材料として売れる。
しかし金銭的に余裕がある上、村へ行く事が目的であれば、余計な荷物を増やすべきではない。
「ってことで、あんたが何とかしてよ」
「はあ?」
滅茶苦茶嫌そうな声が上がった。
「遠距離攻撃専門が文句言うな。弓があれば仕留められるんだが。生憎、刀しかないので手が届かない」
「ほっとけばいいだろう」
「永遠に迷うぞ」
「はあ? 原因が分かったんだから迷うことはない。あいつらは太陽の位置や星の動きを正反対に写しているだけだ。それを考慮すればもう迷わなくていいだろうが」
「考慮、ねえ」
あたしには無理だと言葉を濁すと、リヒトは「それに」と言葉を続ける。
「あれは一網打尽がいい。数が分からない内は手を出さないほうが無難だ」
「それは言える」
妖獣スカイテレスは単独行動だが、少し厄介な性質がある。
一匹を攻撃すると家族構成の群れがステレス機能をフル活用して奇襲を行う。
時間差や日にちを跨いで何度も攻撃を仕掛けてくる為、いつ終わるか分からない恐怖がある。
実力がない者は焦って必要以上に体力を消耗し、疲労困憊になったが最後、捕食される。
攻撃を仕掛ける際は、長期戦を覚悟する必要がある妖獣だ。
あたしくらいの実力なら、時間差でこようが長期戦になろうが超余裕だが、妖獣を伴って村を探すのは鬱陶しいだろう。
「それもそうか。無視しよう。いざとなったら、わざと倒れて誘き寄せて片づければいいか」
そして、もう一声付け加える。
「じゃあ、今日の野宿の火当番は、地図を燃やしたあんたに決定」
もう少し早くわかっていれば、地図は燃えずに済んだはずだ。
「はあ。分かった」
リヒトはため息交じりに頷いた。
次回更新は木曜日です。
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