志操を改造するもの⑩
途端に暗闇が襲ってきて、あたしは瞬き二つで夜目になる。夜空の星が一面に顔を出し、半月の月が辛うじて世界を照らしてくれた。
「うわ。一気に消した」
「消せって言ったのは誰だ?」
「確かに言ったのはあたしだけど、一つも残さず全部消すとは思わないだろう。あんたは道が見えるのか?」
「辛うじて。無理なら体の周りに火を灯して行くだけだ」
「呆れた。幽霊と間違われて退治されるぞ。あたしの後をついてこいよ。安全な場所歩くから」
返事を待たずに歩く。ついて来るかどうかはあっちの判断に任せよう。
あたしは怪我をしない安全な道を選んで歩くだけだ。
あー、とてつもない疲労感がドッと押し寄せてくるー。
「仕方ねぇな。力を使うのは面倒だから、ついて行く」
すぐに後ろから足音がついて来る。
音の大きさで推測するに、二メートル後方ってところかな。いつもより近い距離だ。
やっぱり暗くて道分からないんじゃ。意地っ張りだな。
「しっかり道案内しろよ」
「偉そう。むかついたら走るから」
「背後から火の弾打ってやる」
「やれるもんならやってみろ! 返り討ちにして火だるまにしてやる」
「その言葉、後悔させてやるからな」
恒例行事とばかりに罵倒すること5分。
「あ。そうだ」
ルイスに聞いた情報を話しておこう。
罵倒でどんどん冷静さが欠けてきたからな。
話題を変えるのが一番だ。
「一応、ルイスから話が聞けたから伝える」
スートラータエリアの噂を話し終わるころに、町の中央部に到着した。
街灯が建物を照らし始め歩きやすくなると、リヒトはあたしの横を歩き始めた。彼は両腕を組んで、眉間に深いしわが寄っている。
「両方行くとなると完全に遠回りだ。そもそも、フィモナーイエリアへ向かわなければ俺の村には行けない。フィオヴィとスートラータはフィモナーイを挟んだ両端。どっちかにしか進めない」
どっちを先にするか悩み始めた様でリヒトは無言になった。足取りもゆっくりになっていく。
あたしはこう切り出した。
「あんたの村が目的地だから、場所が不特定で調べるのに時間がかかりそうな案件よりも、比較的位置が定まっている方が時間のロスが少なくて良いと思う」
「一理ある」
「村に着けば、スートラータエリアの詳しい噂がある可能性が高そうだ。あたしはフィオヴィエリアのヂヒギ村へ向かうのを提案したい」
「なるほど」
また考え込んだ。多分地形や移動方法を模索しているのだろう。
この辺はあいつの行動範囲に近いみたいだし、地理を把握できないあたしより、遥かに効率の良い移動順番を思いつくはずだ。
宿に着いてからリヒトは口を開いた。
「ヂヒギ村をもう少し調べてみるが、概ねお前の提案に添うことにする」
「わかった。なら、また明日」
宿のドアを開けようとすると、「おい」と背後から声がした。振り返ると、リヒトは唇を一文字にしていて、左手で首の後ろを触っていた。
「なんだよ」
「今の間に妙な感覚や不快感はなかったか?」
リヒトが早口で訪ねてきた。
「ないぞ。普通だ」
「本当か?」
「なにかあったのか?」
聞き返すと、ぐっと言葉に詰まった音が聞こえた。
この辺一帯に危険がある気配はしない。あたしの感覚では拾えない何かを拾ったのだろうか?
「何か気になることでも?」
もう一度聞き返すと、リヒトは首を横に振った。
「いや。普通ならばいい。ただ……」
また言葉を切ったので「ただ?」と聞き返すと、リヒトは踵でコツコツ地面を蹴ってから、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「……頭痛がするとか、妙な感覚が残るなら」
「医者はいかないぞ」
ドキッパリ言うと、リヒトは目を丸くして呆れた様にため息を吐いた。
「…………ああ、そうだったな」
「ああ。気遣い感謝する」
今度こそドアを押して入ろうとしたが、背中に痛い視線がくるので、あたしは勢いよく振り返った。
「言え! 言いたいことがあるならキッパリ言え! 目で伝えるな! 言葉で伝えろ!」
リヒトはぽかんとあたしを見下ろして、視線をゆっくりそらした。
「これで最後にする。あたしに本当に言いたいことはなんだ?」
睨み上げると、リヒトはゆっくり視線を絡ませる。そして唇を少し動かして、盛大なため息を吐いた。
「はー。頭痛や妙な感覚がずっと取れなかったら教えてくれ。精神攻撃のダメージを緩和する術は会得しているから対応できるはずだ」
指摘だと思って身構えていたが、予想外の返答だった。
あたしはリヒトの言葉を脳内で復唱して、首を傾げた。
「なんだよ」
「いや。まともだったと。なんであんなに言いにくそうだったのか不思議で」
「!」
リヒトの耳が赤く染まった。あたしは驚いて目を見開いたまま固まる。
「それは……くっそ!」
手の甲で顔を少し隠しながら、言いにくそうに後ろに数歩下がる。
あたしは平静を保った。どうやらリヒトは『人に優しくする行為』に慣れていない。
いるよな。こーいう照れ屋な奴。
「ああ。うん。異変があれば伝える。気遣い感謝する」
今見た事について全く触れずに、礼だけ述べて軽く会釈をしてから、ドアを開けて中に入る。
「あんたも早く入れ。そして寝ろ」
「分かってる」
「じゃあな、また明日」
「……」
返事がなかったので踵を返して中に入る。フロントは暗くて簡易照明がついているだけだった。階段付近まで歩くと、玄関ドアからリヒトが中に入ってくる気配がした。絶対振り返らない。
速足で階段を上がり部屋に入ると、すぐに風呂へ向かう。
体に付いた土や草を乱暴に払い落としながら脱衣を行う。
忘れよう。さっきの珍しい光景は忘れてしまおう。
お湯と共に記憶もさっぱり流して、スッキリしながら倒れるようにベッドに潜り込む。
一息つけたところで、混濁の中で聞いた会話を思い返す。
「産まれた時にすでに額の呪いがあった。宿意の印と言ってたな」
そっと自分の額に手を添える。てっきり白い骨を触った時に移ったのだと思ったが。
「元々あの印は体にあったのか? あいつの父親も知っているような口ぶり。リヒトは知っているのか?」
いやでも、親父殿と同じような狸か狐だった場合、知らされてない確率が高い。
「どっちにしろ早く村について問い詰めなければ」
今すぐ村に戻るか、通信手段があれば、親父殿を問い詰めて口を割らせるのに。
旅を進めれば進めるほど、理解できない事を知ることになる。
なんなんだ一体。と呟くだけで精一杯だった。
次回、新しい森へ向かいます。
木曜日更新です。
面白かったらまた読みに来て下さい。
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