表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ドエゴウ町の不審死――
97/279

志操を改造するもの⑩


 途端に暗闇が襲ってきて、あたしは瞬き二つで夜目になる。夜空の星が一面に顔を出し、半月の月が辛うじて世界を照らしてくれた。


「うわ。一気に消した」


「消せって言ったのは誰だ?」


「確かに言ったのはあたしだけど、一つも残さず全部消すとは思わないだろう。あんたは道が見えるのか?」


「辛うじて。無理なら体の周りに火を灯して行くだけだ」


「呆れた。幽霊と間違われて退治されるぞ。あたしの後をついてこいよ。安全な場所歩くから」


 返事を待たずに歩く。ついて来るかどうかはあっちの判断に任せよう。

 あたしは怪我をしない安全な道を選んで歩くだけだ。


 あー、とてつもない疲労感がドッと押し寄せてくるー。


「仕方ねぇな。力を使うのは面倒だから、ついて行く」


 すぐに後ろから足音がついて来る。

 音の大きさで推測するに、二メートル後方ってところかな。いつもより近い距離だ。

 やっぱり暗くて道分からないんじゃ。意地っ張りだな。


「しっかり道案内しろよ」


「偉そう。むかついたら走るから」


「背後から火の弾打ってやる」


「やれるもんならやってみろ! 返り討ちにして火だるまにしてやる」


「その言葉、後悔させてやるからな」


 恒例行事とばかりに罵倒すること5分。


「あ。そうだ」


 ルイスに聞いた情報を話しておこう。

 罵倒でどんどん冷静さが欠けてきたからな。

 話題を変えるのが一番だ。


「一応、ルイスから話が聞けたから伝える」


 スートラータエリアの噂を話し終わるころに、町の中央部に到着した。

 街灯が建物を照らし始め歩きやすくなると、リヒトはあたしの横を歩き始めた。彼は両腕を組んで、眉間に深いしわが寄っている。


「両方行くとなると完全に遠回りだ。そもそも、フィモナーイエリアへ向かわなければ俺の村には行けない。フィオヴィとスートラータはフィモナーイを挟んだ両端。どっちかにしか進めない」


 どっちを先にするか悩み始めた様でリヒトは無言になった。足取りもゆっくりになっていく。

 あたしはこう切り出した。


「あんたの村が目的地だから、場所が不特定で調べるのに時間がかかりそうな案件よりも、比較的位置が定まっている方が時間のロスが少なくて良いと思う」


「一理ある」


「村に着けば、スートラータエリアの詳しい噂がある可能性が高そうだ。あたしはフィオヴィエリアのヂヒギ村へ向かうのを提案したい」


「なるほど」


 また考え込んだ。多分地形や移動方法を模索しているのだろう。

 この辺はあいつの行動範囲に近いみたいだし、地理を把握できないあたしより、遥かに効率の良い移動順番を思いつくはずだ。


 宿に着いてからリヒトは口を開いた。


「ヂヒギ村をもう少し調べてみるが、概ねお前の提案に添うことにする」


「わかった。なら、また明日」


 宿のドアを開けようとすると、「おい」と背後から声がした。振り返ると、リヒトは唇を一文字にしていて、左手で首の後ろを触っていた。


「なんだよ」


「今の間に妙な感覚や不快感はなかったか?」


 リヒトが早口で訪ねてきた。


「ないぞ。普通だ」


「本当か?」


「なにかあったのか?」


 聞き返すと、ぐっと言葉に詰まった音が聞こえた。

 この辺一帯に危険がある気配はしない。あたしの感覚では拾えない何かを拾ったのだろうか?


「何か気になることでも?」


 もう一度聞き返すと、リヒトは首を横に振った。


「いや。普通ならばいい。ただ……」


 また言葉を切ったので「ただ?」と聞き返すと、リヒトは踵でコツコツ地面を蹴ってから、言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「……頭痛がするとか、妙な感覚が残るなら」


「医者はいかないぞ」


 ドキッパリ言うと、リヒトは目を丸くして呆れた様にため息を吐いた。


「…………ああ、そうだったな」


「ああ。気遣い感謝する」


 今度こそドアを押して入ろうとしたが、背中に痛い視線がくるので、あたしは勢いよく振り返った。


「言え! 言いたいことがあるならキッパリ言え! 目で伝えるな! 言葉で伝えろ!」


 リヒトはぽかんとあたしを見下ろして、視線をゆっくりそらした。


「これで最後にする。あたしに本当に言いたいことはなんだ?」


 睨み上げると、リヒトはゆっくり視線を絡ませる。そして唇を少し動かして、盛大なため息を吐いた。


「はー。頭痛や妙な感覚がずっと取れなかったら教えてくれ。精神攻撃のダメージを緩和する術は会得しているから対応できるはずだ」


 指摘だと思って身構えていたが、予想外の返答だった。

 あたしはリヒトの言葉を脳内で復唱して、首を傾げた。


「なんだよ」


「いや。まともだったと。なんであんなに言いにくそうだったのか不思議で」


「!」


 リヒトの耳が赤く染まった。あたしは驚いて目を見開いたまま固まる。


「それは……くっそ!」


 手の甲で顔を少し隠しながら、言いにくそうに後ろに数歩下がる。

 あたしは平静を保った。どうやらリヒトは『人に優しくする行為』に慣れていない。

 いるよな。こーいう照れ屋な奴。


「ああ。うん。異変があれば伝える。気遣い感謝する」


 今見た事について全く触れずに、礼だけ述べて軽く会釈をしてから、ドアを開けて中に入る。


「あんたも早く入れ。そして寝ろ」


「分かってる」


「じゃあな、また明日」


「……」


 返事がなかったので踵を返して中に入る。フロントは暗くて簡易照明がついているだけだった。階段付近まで歩くと、玄関ドアからリヒトが中に入ってくる気配がした。絶対振り返らない。


 速足で階段を上がり部屋に入ると、すぐに風呂へ向かう。

 体に付いた土や草を乱暴に払い落としながら脱衣を行う。

 忘れよう。さっきの珍しい光景は忘れてしまおう。

 お湯と共に記憶もさっぱり流して、スッキリしながら倒れるようにベッドに潜り込む。


 一息つけたところで、混濁の中で聞いた会話を思い返す。


「産まれた時にすでに額の呪いがあった。宿意の印と言ってたな」


 そっと自分の額に手を添える。てっきり白い骨を触った時に移ったのだと思ったが。


「元々あの印は体にあったのか? あいつの父親も知っているような口ぶり。リヒトは知っているのか?」


 いやでも、親父殿と同じような狸か狐だった場合、知らされてない確率が高い。


「どっちにしろ早く村について問い詰めなければ」


 今すぐ村に戻るか、通信手段があれば、親父殿を問い詰めて口を割らせるのに。

 旅を進めれば進めるほど、理解できない事を知ることになる。

 なんなんだ一体。と呟くだけで精一杯だった。


次回、新しい森へ向かいます。


木曜日更新です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

イイネ押してもらえたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ