志操を改造するもの⑨
「あんたはなんでここに? 結果的に助かったというか、助けてくれた? のか」
リヒトは呆れた様に半眼になり、腕を組みながら即答する。
「災いの気配がしたから来た。ガキの方は絞めておいたが、お前を助けてねぇよ」
「ふむ。助ける前にあたし自身でなんとか出来たってことか……」
あたしが噛みつかず返事すると、リヒトが不可思議そうに首を傾けた。
「なんだ? 危機なのに助けなかったのか?って、文句言わないんだな」
「言うわけないだろう。戦闘は自己責任だ。精神攻撃されて死んでも、それはあたしが弱かったってだけだよ」
あっけらかんと答えると、リヒトは毒気を抜いたような表情になって、すぐに視線をそらした。
素っ気ない態度を視野に納めながら、あたしは腕組みをして「うーん」と唸りながらしばし考える。
先ほど夢の話をどこまでしていいものか。迷ったが止めよう。
不確定な情報を与えるものではない。
夢の話は置いといて、今度はルイスについて考える。
冷静に考えると、あいつ生還したってことだよな?
あたしが強めの視線でリヒトを見ると、彼はこっちを見た。そのタイミングで声をかける。
「逃げたってことは、ルイスは依代にならず生還したってことだよな。取り込まれていたと思ったんだが」
「チッ」とリヒトから舌打ちが返ってくる。
珍しく激しい感情が表に現れていて少し驚いた。
「十分取り込まれてた。共存だったから人間部分がしっかり残っていたんだろう。運がいい事だ」
リヒトから嫌悪が伝わる。
ルイスの行動や態度を考えると、気持ちが理解できる。
馴れ馴れしい態度が鬱陶しくて仕方なかっただろうなと、ちょっとだけ同情した。
「なら。共存すれば、生存が見込まれるってことか」
「あれがサトリだったから、思考に壁が作られて混ざりにくかった。ってことかもしれない」
「思考に、壁……」
意識の底で、魔王が壁のような物に阻まれて来られなかった景色を思い出した。
「なら、サトリは案外、助かるかもしれないな」と呟くと、「どうだかな」と否定された。そこまで甘くないらしい。
もう少し聞きたい事があったので、思考を巡らせようとしたが、頭痛が起こったので中断した。
どうやらこれ以上、脳を酷使できないようだ。早く帰って寝なければ。
額を押さえて痛さに呻く。
「あー。ったま痛い。精神攻撃で頭痛するんだな。初めて知ったぞ」
「それは精神攻撃のうち人格破壊だろうから、余計に頭部に響く」
「人格破壊……」
「文字通り、記憶や思考を引っ掻きまわして情報を探る技だな。サトリに備わっているものの一つだ。まあ影響の度合いはそいつの力量次第。やりすぎると廃人や狂人になる」
「詳しいな」と聞くと、「村の資料にあった」と、ドキッパリに言われたので、思わず苦笑した。
「あんたの村。どんな情報でもありそうで、感心通り越して呆れる」
真顔で言ったら、「俺もそう思う」と真顔で返された。
「最後にもう一つだけ確認。焼失した村はルイスがやったってことで、あってるか?」
「そうだ。あのガキが大量殺人の首謀者だ」
「そうか……、哀れな奴」
「あ?」
ぼそっと呟くと、鬱憤が溜まったような声がリヒトから発せられた。
誤解されない様に説明を加える。
「いや。もっと違うことにサトリの力を活用すればよかったのに、と思っただけだ」
「へぇ、例えば?」と興味を得たように聞き返された。
「そうだな、あたしだったら。弱味握って強請る。若しくはチクって愉しむ」
想像すると楽しそうだなとニヤリと笑ってしまうと、リヒトが疑うようにじっと見つめてくる。
「ほら、相手の先手を読めるなら色々楽だろう!」
心底そう思っていると気づいたのか、リヒトは薄く苦笑いを浮かべた。
「ルイスは悪口も聞こえて辛いと言ってたが、それを気にするばかりは面白くない。あたしはそんな奴らを嘲笑って、逆手に取って、波風立ててやって、引っ掻きまわして優位に立ち、人生を上手く歩く手段の一つにするぞ!」
そこまで小気味よく言って、「でもなぁ」と、頭を掻きながら言葉を続ける。
「物心ついた時からだと、どうだろうか? 親だったら、あたしがサトリと知った瞬間……嬉々として戦いの技術を脳内にこれでもかと叩き込む。だろうな」
技術の伝承を身に沁み込まされたけど、あたしにも得意不得意がある。
苦手な部分を無くしてあげようと親切心で、徹底的に、脳内イメージを叩き込まれる。
おそらく24時間365日休憩すらなく。あたしは確実に頭が狂うだろう。
背筋がゾッとした。思わず両手で頭を抱える。
「いや! ダメだ駄目! あたし壊れる! サトリ駄目!」
「ブッ!」
リヒトは堪え切れず吹き出した。
想像だけで恐れおののいたあたしの動作が面白かったのだろう。自分でもオーバーリアクションかなと思って、少し恥ずかしくなった。
「ははは! はははは! はー」
リヒトは手で口を押えながら笑い、目じりを指で押さえている。笑いすぎて涙が出たようだ。
「そこまで可笑しかったのか?」
「ああ。腹がねじ切れるかと思った。ルゥファスさん夫婦なら、そうするだろうな」
そして小さく「でもお前は不幸にはならないだろう」と呟いた。何のことか分からないので、聞こえなかったふりをした。
「あんたはどう? もしサトリだったらどうするの?」
「弱味を握る、チクって愉しむ、そして周りを引っ掻きまわして優越感に浸る」
リヒトは少しも間を開けることなく断言した。心なしか、口角が上がっているように見えるが、気のせいだろう。
それよりもセリフが全く同じな事に、あたしは呆れて肩をすくめた。
「あたしと同じじゃないか」
「他人を出し抜くのは快感だからな」
超清々した顔しやがって。
まぁ、分からなくもないと、頷くだけにした。
必要な会話は以上かな。
そろそろ帰ろう。
あたしは周りを見渡す。
本来なら灯一つもない暗闇の原っぱなのに、あちこちに大きな火の玉が灯っていて明るい。今なお、術は続行中のようだ。
火の玉をよく観察すると、草が燃えていない事に気づいた。
「明かりにしては大きいな」
「もともと攻撃用で、途中から明かりに転化させた。この状態ならすぐ攻撃に移れる」
「ふうん」と相槌を打つ。
「あたしは宿へ戻る。あんたはどうする?」
リヒトは首に巻いているマフラーを少し緩めて、小さく息を吐く。
「俺も宿に帰る」
「なら戻るぞ。火消せよ」
「そうだな」
フッと火が一斉に消えた。
次回更新は木曜日です。
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