志操を改造するもの⑧
<ああああああ! してやられた!>
「起きろ」
げぃん……
鈍い衝撃で振り子のように頭が揺れて、あたしは目を開けた。
なんだか頭が揺れている気がする。
ぼやけた視界の先にはリヒトの足が見えて、ハッと意識を覚醒させた。
まさか! ぐぁんぐぁんと頭が揺れるのは、蹴られたってことか!?
「何すんだ!」
勢いよく立ち上がり血走った目でリヒトを睨んだ。……ところまでは良かったが、脳のダメージがあったために、そのまま勢いよく前方に倒れそうになった。
「っと……危ない危ない。まだ回復しきれてなかったか」
踏ん張って転倒を回避すると、そのまま座って胡坐をかく。
リヒトはあたしの一連の行動に目を真ん丸くしていた。そのうちゆっくり苦笑いを浮かべる。
「一人コントか?」
「ちがう! 怒ろうと思ったら視界が揺れただけだ」
「怒る? なにを?」
「あんた、今あたしの頭蹴ったよな!? 盛大に頭部が揺れたぞ!? 馬鹿になったらどうしてくれる!」
「もう馬鹿だからいいんじゃないか?」
「なんだと!?」
見下ろされるのが癪に触ったので立ち上がる。今度は眩暈がしなかった。
「それよりも」と、リヒトの真面目な声が聞こえたので、憤慨していた気持ちを切り捨てる。
「何かを忘れていないか?」
「何かを忘れてる……。あ! そうだ! あたし魔王に乗っ取られそうになっていた!」
現在の戦場を確認しなければ。
「今、どんなじょ……」
「頭は大丈夫なのか?」
至極真面目に問いかけてきたので、あたしは再度憤慨した。
「馬鹿じゃないって言っただろう!」
「そっちじゃねーよ!」
リヒトは声を荒げて言い返してきた。
「精神攻撃受けて、尚且つ魔王に乗っ取られかけてたんじゃねーか! 俺が気になってるのはそこだ! お前の知能の話じゃない! 知能はもう低いって理解してる!」
「完膚なきまでに弱点切り裂いて追いだした! っていうか知能低いとかやっぱ馬鹿にしてんじゃねーか!」
「証拠は! お前が魔王に乗っ取られない証拠はあんのか!? 馬鹿にしてねぇよ諦めてんだよバーカ!」
「ない! あれば苦労しない!」
「だよな! あったらマジ疑ってた!」
「カマかけかよ! 用心なの通り越してガチで性格悪い! 性悪野郎めが!」
「煩い! 今だって全く信用してないんだからな!」
「当然だな! 逆の立場だったらあたしでも疑いまくるわ! 寧ろ早々に殴って反応見てやるわ!」
「殴ってどう反応すれば身の潔白証明できるんだよ! 単細胞! 筋肉神経!」
「筋肉神経ってなんだ!? 馬鹿にしてんのか!?」
「単細胞はスルーかよ!」
「気になったワードに噛みついているだけだ! あんたならどうやるんだ!」
「俺でも難しい!」
「正真正銘あたしはあたしだ!」
「そう願いたいもんだね!」
ここで会話が止まる。お互いに肩で息をしつつ、呼吸を整えた。あたしは目を瞑る。
普通に会話すればいい内容なのに、どうしてにらみ合いながら、罵倒しながら報告しているんだ?
自分の事ながら理解不能だ。
あー、もう、目がちかちかする。脳内に酸素足りてない。
そもそもこの原因は……
「ルイスのクソガキはどこだ!」
標的の名を叫びながら草原を血眼で探したが、いない。
「逃げた」
飄々とした声が聞こえ、盛大に舌打ちをする。
今のあたしなら全力で殺せる。
魔王から解放されてようが、年端もいかぬか弱い少年だろうが、こっちは殺されかけたんだ。
まだトロトロ逃げてる最中かもしれないと、遠くの方まで目視するが影も形もない。残念だ。
「チッ。絞めてやろうと思ったのに」
歯をぎりぎりかみ締めながら怒りで体を震わしていると、爽やかな口調が横から聞こえた。
「お前が殺しそうだから逃がしておいた。残念だったな」
横目で確認すると、無表情のリヒトがいる。
声と表情のギャップがすごいなと思って、ちょっと冷静になった。
「くっそ。正解だよ。見つけたら完全に息の根を止めてた。でもせめて、病院送りにしたかった」
あたしはいきり立つ心情を落ち着かせようと、数回に分けて深呼吸を繰り返し、なんとか平常心を取り戻す。
「あ。そうだ。愛刀!」
手がすっぽ抜けた場所へ向かうとすぐに見つかった。折れてもないし刃こぼれもしてない。元のさやに納めつつ心底安堵した。
「あー。無事でよかったー」
そして、周囲の明るさにやっと気づく。
よく見れば丸い炎があちこちにあって、なにかの祭りの様だった。少々焦げ臭さはあるが、明るいし綺麗だ。
「面白くて綺麗ば明かりだな」
少しだけ景色に目を奪われてから、リヒトに向き直った。聞きたいことが何個かある。
目が合うとそらされたが、いつもの事なので気にしない。




