リヒト視点:志操を改造するもの⑦
「うっっ! ううう、げほ、ごほ」
入れ替わるようにルイスが現れ、疲れ果てたように地面に倒れ込んだ。
炎と煙で咽たのか「けほ、けほ」と咳き込み、状況を確認しようと周囲を見渡す。リヒトが見下ろしていると知ると、ルイスは弾かれるように四つん這いになり、這って逃げようとしたが、
「ぎやぁ!」
背中を蹴ってひっくり返し脇腹を踏みつけながら、リヒトは冷淡に話しかけた。
「さぁ? どうする? 唯一の武器が使えなくなったぞ」
足で体重をかけられて動けず、ルイスは必死で手足をじたばたとさせて抜け出そうとする。リヒトの冷たい眼差しから逃げようと、両手で顔を隠した。
「こ、殺さないで! 僕のせいじゃない! どうしても、どうしてもお姉ちゃんと一緒にいたくて! だから、魔王の言う通りにしただけだよ!」
「そーだな。お前は『凶悪なる魔王に操られてた』なんて、言っとけば良いだろうな」
リヒトが肯定したことで、ルイスは両腕をゆっくり顔から離した。強張った表情が少し緩和している。
「だ、だって。そうだもん」
ばつが悪そうに歪んだ表情をしたまま、必死に訴える。
「魔王に操られてたんだ! サトリがあるから僕は利用されてただけなんだ! だから僕のせいじゃなくて、全部魔王のせいなんだ!」
言葉を聞いたリヒトの目に怒気が宿る。
「操られたからと言うが、それは違う。結局は魔王の力を借りて自分が行ったことだ。チャラにはできねぇぞ」
「でも、でも! 本当のことなのに!」
「家族も、村人も、お前が殺した。精神を破壊して狂わせた。一気に何十人も狂わせて、火の中で踊るところを楽しそうに眺めていたそうじゃないか?」
ルイスから血の気が引いた。それでも自分は悪くないと必死に訴える。
「あ、れも……魔王が言ったんだ! 偏見をなくせばみんな優しくなるって! だから、だから! 力を使ったんだ! みんなの考えを壊せば、僕を受け入れてもらえる、居場所が出来るってそう信じて」
リヒトは淡々と冷酷な態度を覆さないのを視界に入れながら、ルイスは瞳をぶれさせる。
「だから、僕は悪くない! みんなが壊れたのがダメだったんだ!」
ルイスは心の底から自分は悪くないと思ってる。盲目的ともいえるし、思い込みともとれる。魔王に洗脳されて性格が改ざんされたのか、元々の性格なのか。
折角の生存者だったので覗いてみたが、得るものはないと判断する。
このくらいでいいか。と、リヒトは彼の調査をするのを止めた。
「自分は悪くない、か。そうやってずっと言い訳してろよ。時間を無駄にした」
「う、ぅぅぅ。お、お兄ちゃんはいいよね!」
解放しようとしたが、そう言われて思わず足を止める。
「あ?」と聞き返すと、ルイスは泣きながら眉を吊り上げる。両手でリヒトの足を握り締めて、浮かそうと力を入れた。まるで最後の悪あがきのようだ。
「僕と違って、優しくしてくれる人が傍に居るんでしょ!? だから僕の気持ちなんて全然わからないんでしょ!? だからお兄ちゃんは僕のせいだって言うんでしょ! みんなから怖がられて、独りぼっちになった気持ちなんて全然わからないくせに!」
「あ?」
リヒトの額に血管が浮かぶ。
こちらの事を全く知らないくせに。決めつけるなんて腹立たしい。
ああ、もう、面倒だ、と足に力を入れた。
脇腹に荷重が増えて、ルイスが「うぐ」と潰れたような声を出した。
「対話は無駄か。そろそろ死ねよ」
口先だけだが、ルイスには効果抜群だった。
「ぎゃあああああああああああ! やだあああああああああ!」
体中の水分を全て涙に変えたかのように、ルイスは後から後から大粒の涙を零した。手でぬぐうのを忘れるくらい泣き叫ぶ。
「助けて! もうしない! もうしないから! 許してえええええ! 死にたくないよおおお!」
リヒトはため息を吐きながら足を退けた。
「鬱陶しい、消えろ」
「うう、うううううっっ。ぼくの、せいじゃ」
「早く消えろ」
「う、うう」
ルイスはゆっくり立ち上がり、脇腹を押さえつつその場からゆっくり離れる。リヒトとの距離を十二分に広げると一目散に走りだした。時折足をもつらせながら町の方へ逃げて行った。
ルイスは一度たりとも、ミロノを見ようとしなかった。
彼にとって、その程度だったのだろう。
走り去ったことを確認して「ったく、胸糞悪い」と、リヒトは小さく毒づく。
ルイスに殺人の責任を追及するつもりはない。
彼の言う通り、魔王の言葉に惑わされただけだから。
気に入らなかったのでお灸をすえたが、今後は能力を使うにあたって慎重になればいい。
いつか、罪の重さを感じられるようになれば、いいが。
そんな考えが脳裏をよぎって、リヒトは頭を振った。
なんだか頭痛がするが、このまま帰るわけにもいかない。まだ退治は完了していないのだから。
「はぁ、問題はこっちだ」
黒い靄を出し、未だ意識が戻っていないミロノに視線を向ける。ルイスより格段に、彼女の方が厄介である。何しろ規格外の強さだ。命をかけるレベルになる。
「流石にこいつと戦闘になると、手加減できないから殺すしかない。……今のうちに殺すか?」
首でも落としてしまおうかという考えが過ったが、止めた。
始末するのは最終手段だ。一蓮托生を手放すのは、正直惜しい。
リヒトは膝をつきミロノの頭に触った。砂まみれだったが、案外サラサラした髪だった。
「さて、潜り込むか。まだ乗っ取られてないといいんだが……」
そう呟いた途端、
パン!
「いって!」
手を弾かれた。
一瞬理解が出来なかったが、ミロノが手を強く払いのけたと気づいて、リヒトは顔色を変えた。
「もう手遅れか!?」
こうなれば仕方ない。と、ナイフを取り出し、首に手をかけようとしたところで
「来るな! あたしが片づける!」
激しく恫喝され、ぴたっと空中で手を止める。
少し間を空けて意識を確認するが、まだ戻っていない。
「……なんだ?」
気圧されたリヒトは少しだけ離れて様子を伺うことにした。
気になるが、来るなと言われたのだ、少し待つしかない。
「!?」
数秒後、ミロノの体から黒い霧が吹きだした。
リヒトは立ち上がり攻撃をしようとするが、霧の様子がおかしい事に気づいて止める。
それは人の形を構築しようとして失敗し、霧散していく。
しばらく恨めしそうに佇み
【また、マタも、ろのにきょぜちぃアアアアアアアアアアアア】
号泣するような悲痛な音を響かせながら、ゆっくりと消えていった。
「自力で何とかしたか」
面倒事にならずに済んで良かった。とおもいながら、気つけの意味を込めてミロノの頭を蹴った。
次回更新は木曜日です。
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