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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ドエゴウ町の不審死――
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リヒト視点:志操を改造するもの⑥

<来てみれば……はぁ>


 ミロノの意識が低下し始めて、黒い靄が彼女を覆ったタイミングで、ルイスの周りで風が鋭く吹き荒れた。

 風に舞う木の葉で皮膚や服が切れるほど鋭い風圧に、ルイスは小さな悲鳴を上げてミロノと距離を広げる。


「ったく、吐き気がする」


 かなりイラついた口調で呟きながら、リヒトはルイスの前に立った。


「やはり村人の供述通り、お前が魔王か。救う気はないが、全くもって救えない」


 強風の真っただ中にいるが、リヒトの髪や服は強風に煽られていない。対して、強風に飛ばされそうなルイスは、必死に両足を踏ん張って見上げていた。


「ヒィ! あの時のこわいお兄ちゃん!」


「ああ? 意識もあるのか。憑りつきではなく共存ってとこか。ゲスめ」


 リヒトはルイスの横に視線を滑らせた。その先に倒れているミロノがいる。彼女の耳と鼻の穴と口から黒い(もや)がゆっくりと立ち上っていた。思わず吹き出す。


「ブハ! やば! なんだあれ? 危険な状態だっていうのにどうしてこう、間抜けな姿だな」


 ミロノの耳に入れば激怒する感想を述べているが、生憎彼女は無反応だ。

 

「あー。おかしい。そう思わないか?」


 そう失笑しているが、リヒトは全く笑っておらず、激しく怒っているようだった。

 

 ルイスは彼の冷たい眼差しに射貫かれ、「ひい!」と小さく悲鳴をあげて顔面蒼白になる。体が小刻みに震え呼吸も荒くなり恐慌状態に陥ってしまった。


「さてと」


 リヒトは懐からマッチの箱を取り出し一本のマッチに火を付ける。火は強風に煽られず静かに燃え始めた。


<サラマンドラよ! 高々と踊り狂え!>


 マッチの小さな火が、ボヤッボヤッ、と小さく膨れた次の瞬間、マッチから火柱が上がる。竜巻を模したような火柱が、すぐに風に絡み付き勢力を増し、草原の暗闇が消し飛んだ。


 風を得た火が火災旋風に変化するのはあっという間だった。

 目の前の景色が炎に包まれたことで、ルイスは自分でも気づかないうちに悲鳴をあげる。

 炎の渦が水のように弾けると、バスケットボール程度の火の玉が、ルイスめがけて降り注いだ。


「うわあああああ!」

 

 大きな火の玉が、いくつもいくつもルイスの体を(かす)める。その際に飛び火した火の子が服を軽く浸食する。血相を変えて燃え始める前に手で払う。


「いやだ! いやだ! いやだ!」

 

 落ちてくる火の玉を避けようと、必死に手足を動かし体をくねらせている姿は、炎に煽られ踊っているようだった。踊りにしては不格好で、滑稽な姿だが、本人は至って真剣である。


 不思議な事に、ルイスに当たらなかった火の玉は、草に当たっても燃え広がる事はなく、球体ランプのように転がり、周囲を明るく照らすだけに留めていた。火災旋風に目を瞑れば幻想的だっただろう。


 避けるだけで体力と気力を消費したか、ルイスが膝を折って両手を地面につけた。大粒の汗が額を流れて地面に落ちる。それに涙と鼻水も混ざり、顔全体が濡れていた。


 ルイスはリヒトに視線を向ける。何度も向ける。凝視する。目力を入れる。

 しかし、平然としている彼の姿に恐怖を覚えた。体の震えが止まらない。


「なんで、なんで、なんで、なんともないの? 頭痛くならないの!?」


 震える唇で問いかける。

 ルイスはずっと精神攻撃を仕掛けていた。魔王と同調した強大な刃。頭部に激痛を発生さえ、思考を壊し、体の自由を奪うものだが。何故か、目の前の人物には悉く(ことごとく)効かない。


 リヒトは鼻で笑い、飄々と答えた。


「なんだ? 効かないのが不思議か? 俺みたいな相手も世の中にはいるってことだ」


「なんで、どうして、なんで、おねがい、魔王……助けて!」


 自分ではどうにもならないと、ルイスは祈るポーズを行い、助けを求めた。


【今度は誰だ。我が邪魔をする者は】


 困惑して涙を流していた少年の顔が、魔王に浸食された。人間らしい風貌が消え失せ、薄い黒い靄を纏い緩慢に立ち上がる。複眼がリヒトを捕えるが、彼はルイスを軽蔑しながら淡々と言葉を紡ぐ。


「サトリと暴露した時点で楽に対応できるんだよ。自分の能力は最後まで隠しやがれ」


【黙れ! 邪魔をする者は許さない!】


 魔王は怒りを現すように複眼を吐出(としゅつ)させ、リヒトへ狙いを定めて精神攻撃を行った。ルイスに害をなすと判断して記憶改ざんではなく、生存機能を破壊することに決めた。


「!」


 リヒトの脳内が、ぐらんと揺れる感覚が届く。

 届くが、それは幻聴で、幻想で、思い過ごしだ。


 魔王の攻撃を受けきると、リヒトは薄く笑みを浮かべた。

 彼の堂々たる姿に、魔王は狼狽を隠せなかった。一歩、二歩と後退しながら乾いた声で叫んだ。


【な、何故効かぬ!】


「さぁな。あっちに力を注いだからじゃないか?」


 ミロノを指し示す。

 本体のほとんどを移動させなければならないほど、彼女の精神力は強かったようだ。

 この魔王は残りカスで、ルイスを繋ぎ止めているだけの部分。魔王としての力は殆ど感じ取れなかった。

 どちらかといえば、ルイスよりもミロノの方に呪印が反応する。全くもって良くない傾向だ。

 

「まぁいいや。とりあえずカスは消えろよ」

  

 リヒトは魔王の攻撃パターンを探っていた。どうやら、精神攻撃がメインのようで肉弾戦は起こらない。肉弾戦では手間取ると思い最初に強い攻撃を放ってみたが。予想以上に楽に勝てそうだ。


【ぐぬぬぬぬ! おのれええええ!】


 <サラマンドラよ、大蛇の如き炎の意思をみせろ!>


 魔王の胸元めがけて、蜷局を巻く炎を送りこむ。

 四方八方から、どこへ逃げても確実に当たるように、炎同士の隙間を詰める。


【この! この! 愚か者があああああああああ!】


 憤怒になり叫ぶものの攻撃を防ぐ手立てがなく、魔王は炎に胸を貫かれて燃えあがった。炎から逃れようと靄が空中に逃げたが、すぐに分散し消えた。


次回更新は木曜日です。

面白かったらまた読みに来て下さい。

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