かたより伝播⑥
食堂を出たあたしはリヒトの行きそうな場所を探した。
あいつは焼失した村について調べるとか言っていたな。となれば、保護施設か浮浪者の多い場所だろう。
目星をつけてから歩き回って一時間、案外早くリヒトを発見した。
飲物を買って木陰で一息ついている。
日差しが強いので、分厚いコートとマフラーを着ている姿は暑そうに見える。
「はぁ? 別に暑くねぇよ」
あたしの姿を一瞥するなりそう呟いた。あたしの耳が規格外なので聞こえてしまったけど。
リヒトは気怠そうに姿勢を正した。
「どうした? この辺の聞き込みは意味ないぞ」
「待ち合わせに遅れる用事が出来たと言いに来た」
「へぇ、何があった?」
あたしが別の事を優先したことに興味を持ったようだ。
「スートラ―タエリアの山脈で発生している災いと、ヂヒギ村の災いの詳細を知っていると言い張るガキがいる。夕方から手が空くというので、話を聞く約束をしてしまった」
明日でも良かったが、連日顔を見たくないという気持ちが強かった。
思わず遠い目をしてしまう。
リヒトは「ふぅん」と興味なく相槌をうつ。
「スートラータエリア? ガキの癖に耳年寄りって事か、それとも災いを集めるのが趣味なのか?」
リヒトは全く期待していないと、肩をすくめた。あたしも信用していないので当然だろうな。
「嘘臭い。それを信じるなんてお前もヤキが回ったか?」
「うーん、無視するには……。知ってしまった以上、嘘とも断言できなくて」
ルイスの能力を喋るわけにもいかず言葉を濁すと、リヒトが不可解そうに首を傾げた。
「どんなガキなんだ」
「あんたも見たことあるよ」
「あ? この町にどれだけガキいると思ってんだ? 特徴くらいしっかり伝えろ。知能退化してんのか?」
「ほんっっっと、全力であたしを馬鹿にしてるよな!」
「安心しろ。そうだから」
ドキッパリ言われたので、あたしは笑いながら刀の柄に手を伸ばす。
「ははは! 今から昼寝なんてどうだ? 気持ちよく永眠させてやるよ」
リヒトは意地悪く笑った。
「遠慮する。で、信用していないのに足を運ぶのか?」
あたしは柄から手を離してため息を吐く。
「行く。対価は払ったし、今度はあっちの誠意を見せる番だ」
「お前に会うための口実かもな」
「悪意があれば次は遠慮なく殴る」
リヒトはジュースを飲み干してゴミを袋に入れ、鞄に仕舞う。
「合流は遅くなる、ということでいいんだな」
「ああ。最低でも鐘から二時間以内には合流する。先に探索してくれ。魔王が出現したら、話を切り上げてすぐに向かう」
額を指し示すと、リヒトは納得して頷いた。
「分かった。お前が来る前に片付くかもしれないが」
「それなら尚良し」
「……癪だから逃げて時間を稼ぐ」
「この野郎」とあたしは思わず毒づく。
「伝えることはそれだけだ。邪魔したな」
あたしが手を軽く上げて挨拶をすると、リヒトは「で?」と聞き返した。
「どこのガキに会うんだ?」
「なんだ? 変なところで拘るな」
「お前がわざわざ足を運ぶことにしたんだろ? 気にはなる」
「それもそうか」
それ相応の理由がなければ、優先順位を変えることなどない。どんな相手か気になるのは仕方ないことかもしれないと、あたしは肩をすくめる。
「あんたが脅したガキ」
「……」
一瞬、リヒトの顔から皮肉の笑みが消えた。
もう記憶にルイスがいないのかもしれないと思ったが、彼は眉間に皺をよせ、頭を左右に軽く揺らして
「へぇ? あいつねぇ……」
口元だけ笑った。
すぐにリヒトは顔をあたしから背け、明後日の方向に視線を向ける。
「覚えてたんだ。そいつだよ。ルイスっていう名で焼失した村の生き残りだ。そいつから噂話を聞きに行く」
「……」
リヒトから返事はなかった。
彼が求めるような話ではなかったようで、興味が失せたらしい。現金な奴だ。
「わかった?」
「……」
リヒトはそのまま動かない。
「おい。…………まぁいいか。興ざめしたんだろうけど、リアクションくらいは寄越せ」
鼻で笑うとか、もういいやとか、なにかリアクションくれないと動きにくい。
ほんとこいつ気難しい奴だと、あたしは肩を落とした。
「じゃあな」
「……しろよ」
去り際に何か言われて「あ?」と聞き返すと、リヒトは小さく首を左右に振った。
「いや。なんでもない。独り言だ」
何か言われた気がしたが、気のせいだったみたいだ。
「そうか。じゃあ後で」
「……」
返事は帰ってこなかったがいつもの事だ。
さぁて、宿に戻ったら少し仮眠しよう。
「……」
あたしは後ろを振り向かなかったので、リヒトがずっと考え込んでいたことに気づかなかった。
次回はルイスから情報を聞く話になります。
木曜日更新です。




