かたより伝播⑤
歩いていると、ルイスが必死にあたしの横へ並ぼうとする。普通に歩いているだけだが、彼にとっては駆け足らしい。
「ところで、なんで手を握ろうとするんだ、気持ち悪い」
ルイスは隙あらば手や腕を握ろうとするので、さっきから手を払いのけている。
なんの攻防戦だこれ。
ルイスは少ししょんぼりして、肩を落とした。
「お姉ちゃんもやっぱり……」
「やっぱり?」
チラッと横目でルイスを見ると、彼もあたしを見上げた。
「!?」
ルイスの目と合った瞬間、ゾワっと妙な悪寒が背中を駆け巡り、反射的に刀の柄を握り絞める。
淀んで濁った憎悪の塊のような目だと!?
これは…………
「ん? なぁに?」
きょとんとしながら聞き返され、我に返った。見上げるルイスは普通の目だ。
悪寒も消えた、が、気のせいではない。現に背中に冷や汗をかいている。
今のはなんだったんだ?
柄から手を離して深い息を吐くと、ルイスは不思議そうにあたしの顔色を見た。一瞬、青ざめたのがわかったのかもしれない。誤魔化す様に咳払いをした。
「なんでもない。それより、どこへ行くんだ?」
「食べてみたい定食があるんだ」
そう言ってルイスが案内したのは、奇しくもあたしが朝食で訪れた食堂だった。
また来るとは言ったが、お昼も来ることになるとは。
まぁ美味しいからいいんだけど。
「ここのご飯、気になってたんだー!」
「そうか」
テーブル席に座ったルイスは、期待に胸を膨らませていた。
「いらっしゃいませ。あ! ご利用ありがとうございます」
注文を取りにきたのは、朝に挨拶をしてくれた店員だった。あたしは軽く会釈をして注文をする。
あたしは昼の日替わり定食。ルイスはブタ丼と雑煮を頼んだ。
店内で一番高い料理、もしくは品数を多く頼むかと思ったのだが、意外にお財布に優しい注文だった。
「いやだって、万が一にでも、お姉ちゃんが知っている情報だったら、飲食代返さないといけないから。念のために」
「そうか。良い心がけだ」
しばらくすると、注文した料理がテーブルに置かれた。
「うわあ! おいしそう!」
ルイスは目の前に置かれた料理に目を輝かせ、涎を垂らし、生唾を飲みこんだ。
「お肉久しぶりだ! わぁい! いただきまーす!」
目の前の料理をガッツきながらむさぼり、呼吸も忘れたかのように一心不乱で食べる。
予想はしていたが、炊き出しであまり肉は出ないようだ。長期間にわたる援助のため、当然のように質素倹約なのだろう。
育ち盛りには少々物足りないはずだ。
「美味しかった! ご馳走様でした!」
ルイスがお皿をピカピカにしたので、あたしはお茶を飲むのをやめて、会話を切りだした。
「で? 情報は?」
「その前に。お姉ちゃんに謝ることがあります」
「は? まさか。情報があるというのは、嘘か?」
「ううん、違うよ。仕事がもう一つあるの。お昼から夕方まで農作業のお手伝い」
「この野郎」
「だって、お金稼げって言ったじゃないか。だから片っ端からお手伝いしてるの。本当に会うとは思ってなかったもん。だからごめん。夕方、日暮前に終わるからその時にお話する! 場所はこの町の北の草原で! じゃあね!」
早口で言いながら、椅子を引いて立ち上がるルイス。
あたしは小さく牙を向ける。
「今の時点で信用できなくなった。先に聞く。情報はなんだ?」
簡単にでもいいから答えろ。その内容によっては待ってもいい。
ルイスはあたしの表情を見て、一瞬息を飲んだようだったが、すぐに返答する。
「スートラ―タエリアの山脈で起こっている災いと、リアの森のヂヒギ村の災いの詳細」
「よし、待つ」
「ありがとう!」
パァっと破顔の笑みになり、ルイスは食堂の出入り口へ急ぐ。ありがとうございましたー! という、店員の声を振り切るように、颯爽と外へと飛び出した。
あたしは二人分のお会計をしながら考える。
待つと絶対、リヒトとの待ち合わせ時刻に遅刻する。
遅れる事を告げなくては。無視すると、後から滅茶苦茶文句言われる。
探しに行くか。
次回更新は木曜日です。
好みでしたら、また読みに来てください。
もし応援して頂けると、とても励みになります。




