心を読む少年⑧
あたしは平常心を前面に出して、問いかけに答える。
「滞在している間、巻き込まれないように、だ」
「そうなの?」
「そうだ」
きっぱり言ったので、ルイスは「そっか」と納得したようだった。
「お姉ちゃんは、危ないことに巻き込まれないように、いつも情報を探しているの?」
「そうだ。身の安全は自分が行う必要がある。些細な危険も無視できない」
「だから村の事を聞いたの?」
「それは興味本位だ。噂の真相は気になるものだろう?」
これは多くの旅人や商人の意見でもある。対岸の火事の原因は誰でも気になるものだ。
「当時の様子はもう終わりか?」
「うん。僕も逃げるのに一生懸命だったから、そのくらいだよ」
ルイスは頷いて、やや遠慮しがちにチラチラとあたしを見る。
「お姉ちゃん、僕の話は役に立った?」
「ああ。役に立った。感謝する」
礼を言うと、ルイスの目が輝いた。
「話してよかった。へへへ」
はにかんだ笑顔を浮かべる。
「では情報料を渡そう」
あたしは懐から銀貨三枚を取り出すと、ルイスは驚いたように目を見開いて「え!?」と声をあげた。
「少ないだろうが受け取ってくれ」
多すぎると窃盗を疑われるし、少なすぎると意味がない。このくらいが妥当だろう。
あたしは立ち上がり、ルイスの前にしゃがんで彼の手を取り銀貨を握らせる。
「じゃぁな」
軽く挨拶をして踵を返す。
大分暗くなってしまった。さっさと宿に戻って休もう。
「あの! お姉ちゃん!」
後方から呼びかけられた。振り返るとルイスが走って駆け寄ってきた。彼は頬を少し赤くして、キラキラした目を向けている。
面倒な空気を感じる。振り返るのではなかった。
「なんだ?」
「お金ありがとう!」
「正当な報酬だ」
「あと、明日もお姉ちゃんとお話してもいい?」
「忙しいからお断りだ」
「僕から探すから」
「お断りだ」
取りつく島がないと感じたのか、ルイスはショックを受けたように固まり、みるみる表情が曇った。
これで諦めてくれれば問題ないのだが
「じゃ、じゃあ。お姉ちゃんと一緒に旅をしたい! 連れてって!」
ルイスは案外諦めが悪く粘り強い性格だったようだ。
押し問答をしてもルイスは意見を変えないだろう。相手が根負けするのを粘り強く待つはずだ。平行線のやり取りを悠長に行う理由はない。
「完全にお断りだ。じゃあな」
今度は速足で宿へ向かうと、ルイスは全力疾走して追ってきた。
うん、面倒だ。撒くか。
更に速度をあげようとしたら、ルイスの叫び声が背中からぶつかってきた。
「待って!」
おおう、声量凄いな!
「まって! お姉ちゃん! 僕は、1人が嫌なんだ! 一緒に居て! お願い!」
息を荒くして、涙声で叫ぶ。
「僕は、ここでも独りで! 寂しい! 生き残った村の人からも! 白目で見られたままで! 僕の居場所はここにもないんだ! だから、お姉ちゃん、お願いだよ!」
読める範囲はわからないが、願い下げだ! と強く思った。
「うわ!」
背後でずざっと何かが擦れる音がする。おそらく、足がもつれて転んだな。
さて、これで諦めるだろう。このままさっさと帰る……。
「う、う、う」
すすり泣く声が聞こえる。
「おねえちゃん……うう、う、う。待って……うっう」
嗚咽が聞こえる。ずり、ずり、と足を引きずる音も聞こえる。
なんっていうか、なんっていうか、……後味が悪すぎる。
後ろ髪を目一杯引かれてしまい、足取りが重くなって
もおおおおおおお!
あたしは乱暴に髪を掻きながら、勢いよく後ろを振り返った。
五メートル後方に、泣きながら足を引きずってやってくるルイスがいる。とっぷり暮れて闇の中だが、直線の道なので向こうもこちらが見えているかもしれない。
「甘えるな! 守ってくれる人がいないなら、自分一人で生きていかなければならないのは当然だろうが!」
「!?」
あたしは全力で怒鳴りつけると、ルイスはビクッと体を硬直させて歩みを止める。
「生き残りたいと思うならなんでもやれ! 腹を満たすために率先して金を稼げ! 他人の非難なんか一切気にするな! 寒さも暑さも手加減してくれない! 最低限の衣食住の保護を受けている内に、生活できる特技を身につけろ!」
そして肺一杯に空気を入れると、それを言葉として吐きだした。
「自分を守れるのは自分だけだ! あたしは助けない、何もしない。頼られても迷惑だ! そもそも頼る相手が違うだろうが! ちゃんとした大人に頼れ!」
あたしは一呼吸おいて、自分を落ち着かせた。
よし、ちゃんと迷惑って伝えたし、もうあいつに伝えることはないな。
「言いたいことはそれだけだ。気を付けて帰れ」
「お姉ちゃんも子供でしょ?」
ルイスが足を引きずりながらもこちらへ歩いてきている。
少しはめげろ。
「ああ。そうだ。だから帰るんだよ」
あたしは旅の道中で15歳になった。ルイスとそこまで歳が離れてはいないだろう。
そう考えて苦笑してしまった。
家庭環境が違えばここまで考え方が違うモノかと。
頼れると思う人に助けを求めてすがる。きっとルイスの考え方が一般的なはずだ。
あたしの考え方は一般とかなり違っているんだろうなぁ。
「ねぇ!」とルイスが呼びかける。
「お姉ちゃんは子供なのに、どうしてそんなに大人みたいなの? 僕の知っている大人の中で、一番大人みたいだよ」
あたしは答えなかった。これ以上会話をするつもりはないからだ。
もう大丈夫かなと思ったところで、ルイスがもう一度呼びかけてくる。
「お姉ちゃん、最後に教えて」
少し言葉に力強さを感じたので、耳を傾ける。
「どうやったらお姉ちゃんみたいに強くなれるの?」
面白い質問に鼻で笑ってしまった。
「あたしは強くない。強くあろうとしているだけ。覚えておけ。理不尽な事柄で構成された世の中に、過剰な期待をするな」
「過剰な期待?」
「誰かが何かしてくれるのをひたすら待つことだよ。タイミングよく助けがくるなんて幻想だ。世の中は自分が動いた結果で、自分に何か起こるだけだ」
「自分から動かないと、何も起こらないってこと?」
「そうだ。あたしはそう思っている」
ルイスの場合はサトリの能力で、物事を自分優位でスムーズに進められるだろう。だからすぐ口に出してしまうのが残念すぎる。
「そう、だね………」
あたしの心を読んだのか、歯切れが悪くなった。
「今度こそ帰る。呼び止めるな」
あたしが走りだしても、ルイスは呼び止めなかった。
はぁ、とあたしは安堵の声を出す。
「あんなに強いサトリもいるんだなぁ」
里で聞いた話では、心を読む能力をサトリと呼び、彼らの能力は触れる事で発動される。触れなければ読まれることはほぼない。
「触れるどころか、結構な距離からでも読まれるじゃないか。親父殿の情報、古いんじゃないか?」
うーん、大陸は広いな。あんなのが相手だと尾行も暗殺も難しそうだ。
思考の基準が物騒になるのは、少々イラッとしたからだと、自分に言い聞かせた。
次回は聞き込み中心のお話です。
木曜日更新です。




