心を読む少年⑦
本当にめんどくさいなこいつ。
帰りたくなったが、ここで止めてしまっては今までの時間が勿体ない。
このまま傍観しても話の進展がなさそうだ。少しだけこのノリに乗ってみて、促すようにしてみるか。
「気づいた段階では、もう遅かったのか?」
あたしが話しかけると、ルイスの表情が変わる。悲しみから嬉しさに変換され、泣き腫らして真っ赤に充血した目に、安堵が浮かぶ。
「うん、遅かった」
「ああ、そうか。そーいう事か」
あたしの言葉はルイスに対してではない、彼の態度についてだ。
「今でも、その、区別があんまりついてないから……ええと」
まぁ、あたしに話しかけたのもその迂闊さだったからな。自業自得といえばそれまでだけど。
途端に傷ついた表情になるルイス。また勢いよく立ち上がってあたしに訴える。
「酷いや!」
「酷くない」
あんたはやっぱりサトリをしっかり活用している。自分の思う通りに動かない人間を、どうやって動かそうかと常に打算している。
「そ、そんなわけないじゃないか! そんなこと、出来るわけ!」
「あたしが話しかけないと、しおれた姿を見せて、話しかけさせようとする」
話しかけても自分の希望通りの反応でないと、すぐに対処するだろう?
人の感情や気持ちをコントロールしようとしている証拠だ。
「違うよ!」
「それだよ」
あたしは呆れた。
「あんたはさぁ。迂闊じゃなくて狡猾だ。自分を優位に立たせようとしてる。その自覚を持って注意して動けば、あたしにここまで言われなかったはずだ」
「な? え?」
無自覚は質が悪い。
「無自覚……って」
「この時点でも『あたしと会話』ではなく、あたしの『その時に思った事と会話』している」
「え? でも、お姉ちゃん、全然話してくれないじゃないか!」
「あたしは言ったぞ。昔話を聞くつもりもない、焼けた時の状況を聞きたいだけだ、と。それを無視して、あんたが勝手に自分の身の上話をしているだけだ。聞きたくもない話を聞かされる、こちらの身になってみろ」
「そ、れは…………」
「少し話してみて思ったが、あんたは相手に気持ちを押し付けすぎている。心を読んで動きを把握しながら、同情心を惹こうとしてくる。不愉快だ」
「そんなことない!」
「あたしがそう思っている」
「酷い……酷いよ」と、かすれた声でこちらを見つめるルイス。
裏切られて傷ついた表情になりボタボタと涙を流す。
「お姉ちゃんも僕を責めるの? 僕は何も悪いことしてないのに……。ちょっとだけ、ちょっとだけでもいいから、慰めてほしいって思っただけなのに、悪いことをしようなんてこれっぽっちも」
「ぶは!」と思わず吹き出した。
あたしが突然笑ったので、ルイスは怪訝そうに首を傾げる。
「悪い悪い。やっと本心を出したかと思ってつい」
「本心?」
「そうだ」
あたしはルイスをみながら口角をあげる。
「あんた、単に自分の境遇を慰めてほしかっただけなんだろう? 可哀想とか、頑張ったなとか声をかけてほしかったんだろう」
カァ……っと、ルイスの頬が赤くなった。
「ははは、それにしては随分遠回りな言い方だったな」
「そんなことない、よ!」
ルイスは赤い顔のままそっぽを向いたが、すぐにチラッとこっちを一瞥して「なんで、分かったの……?」と、不思議そうに言葉を付け加えた。
「なんとなく、だ」
「そう?」
腑に堕ちないと言わんばかりの表情だったが、少年は口を噤んだ。
「忠告の続きをしよう。責めるつもりはない。確かに、あんたは悪い行動はしていない。でも不愉快な気分にさせられるのは間違いないな。それが積もれば人は遠ざかっていくさ。そこを直さなければ、あんたはずっと独りのままだ」
「僕は、不愉快な気分にさせてるの?」
「ああ、かなり不愉快だ」
ドキッパリ言ったらルイスは押し黙った。
なんだか段々苛めている気分になってきた。でも慰めるつもりはない。
「…………どうすれば、不愉快な気分にさせないの?」
「言葉をちゃんと耳に入れろ。心の声ばかり聞くな」
「…………」
「あんたは人の事が解かりすぎるんだよ。一つの言葉で多数の感情や思考を感知してしまって、自分の中で処理できない。まずはちゃんと相手の、声でだした言葉を聞いて、それに受け答えする練習をしろ」
「会話……」
話は相手の波長に合わせないと、うまくコミュニケーションできない。それには相手の声をよく聴くことが必要だ。
聞いてほしい事があるなら、より一層、相手の性質を確認しながらでないと、一方通行で終わってしまう。
「要は、相手の気持ち寄りそうことが出来れば、会話は成立する」
ふと、リヒトが浮かんだ。
最初は会話がギリギリ成り立っていたが、今は少しずつ、落ち着いて会話が出来るようになってきたと。
これもまぁ、コミュニケーションの積み重ねというやつだ。
「……」
ルイスは草むらに座り込んだ。
そのまま少し考えるように膝を折り曲げて、そこに顔を置いて身を小さくさせる。
「僕の村は、燃える前に少しだけおかしい事件があったんだ」
ルイスはそう切り出した。
「村人が、一人ずつ、自分で自分の体を傷つけてたんだ。最初は、僕の家の隣のおじいさん。頭を何度も壁に打ちつけて死んじゃった。次のそのおばあさん。土を口いっぱいに入れて死んじゃった」
その後も、1人ずつ、奇妙な死に方をする人間が出たそうだ。
「頭がおかしくなったから伝染病と言われたけど、前日まではまともな人が殆ど。全然病気しない人も、一晩でおかしくなって、自分の首を何度も刺して死んじゃった。それが続くと、それは僕のせいだという人が出てきた。お父さんたちは僕を外へ出さなくなったよ」
ルイスは顔をあげる。目が虚ろで血の気が引いていた。
「そして村が焼けた。あの日はお祭りだった。みんな殆ど広場にいたよ。僕は家の中に居たけど、妹が踊るのを見たかったから、こっそり抜け出して舞台を見に行った。妹が舞台で踊っていた。それを眺めていたら突然、背筋が恐ろしくなるほどの、奇声があちらこちらで起こった。僕の家族も全員、奇声を挙げて……。急に……」
その時の恐怖を思い出しているのか、ルイスの体が震え出す。
顔が徐々に強張り、口も引きつっていき……
いや、でも……なんだ?
こいつの表情に、違和感がある。
恐怖……? いや? 恐怖もあるが……?
「奇声を挙げた人達が大勢いて、松明を振り上げて、周りの草や建物に。お祭りで用意してあった花火とかにも、火の石とかも、使って、辺り一面。真っ赤で……」
ルイスは手で顔を覆った。
「止めようとした人も体に火をつけられた。火をつけられた人は水を求めて家の中に入って、家に燃え移った。あちこちで火が上がるとみんな火の中に飛び込んで、楽しそうに踊っているのに助けてと悲鳴をあげてた」
そしてルイスは少し沈黙をして、意を決した様に声を出した。
「それを見て、誰かがずっと笑ってた。頭の中に響くくらい、笑ってた」
「笑っていたのは誰だ?」
聞くと、ルイスは首を左右にふる。
「分からない。あの地獄の中で、誰かが楽しそうに笑っていたんだ。僕はそれを聞いてた。耳じゃなくて、頭で。多分、心の声、だったと思う」
逃げ惑うふりをして、心で笑っていたということか。
「村がなくなったらその声は消えたか?」
「ううん。続いている。この町に避難しても時々聞こえてくるんだ。多分、一週間に一回くらい」
「一週間に一回?」
脳裏に馬車亭で聞いた話が浮かぶ。
だが、安易に結び付けない方がいいか。
「一応聞いてみるが、誰が笑っているか知っているか?」
ルイスは蒼い顔をしてブンブン首を左右に振った。
「知らないよ! 声が聞こえたら逃げてるもん!」
「それもそうか」
君子危うきに近寄らず、だよな。
そうなると、火事の原因を作ったやつが、避難と称して町に来て、定期的に人を殺している。ってことになる。
村と同じように、町も劫火に飲まれる可能性がある、ってことか。
こいつの話全を鵜呑みにするわけにはいかないが、もう少し詳しく調べる必要がある。
「なんで調べるの?」
きょとんとしながらルイスが聞き返してきた。
ハッとして、あたしは軽く頭を掻く。
あー、そうだった。
こいつには思考が筒抜けだった。
次回更新は木曜日です。




