伝言は短めに①
<時間を使いたくないんだから早く旅立たせて!>
「ああああもおおおおおお! 仕方ないなぁぁぁぁぁ!」
あたしは観念した。
「ではミロノ。旅に出るか?」
親父殿が聞き返すので、腕を組みながら重々しく頷いた。
「災いを倒す旅に出ることにする」
そしてついでに、リヒトを睨んだ。
「本当に、これ、解けるんだろうな!?」
「知らね」
キッパリ切り捨てられ、「それで?」と言葉を促された。
「いつ出発するんだ?」
「準備整えたいから二日後の朝」
「分かった」
軽く頷いてからリヒトは部屋から出ていった。階段の罠の音がしないので、親父殿がスイッチを切っているようだ。
「ミロノ、もう行くのか!?」
親父殿がオロオロしている。
あんたが仕向けたんだろうが! って、声を大にして言いたいが時間がないので堪えた。
「そうだよ」とだけ返事をして、あたしは母殿の元へ向かって事情を説明する。
「ああ、やっぱり行く羽目になったか。なら、ちょっと調べておこうか」
「何を?」
「額の検証。どのタイミングで目立つか、知っておいた方がいいだろう?」
母殿はにやりと笑った。
検証した所、呪印の炎のようなメラメラが目立つ時は、あたしの感情の高まりだった。
あと、殺意を受けた場合や危険察知した時、戦闘時にも輝くことも実証された。
唯一、反応がなかった時は平常心だった。
「なるほどねー」
母殿は苦笑いを浮かべている。対して、あたしはこの世の終わりのようにガックリと肩をおとしていた。
「いやそれほんと、キツイ……」
あたしは結構喜怒哀楽激しいから、四六時中光ってるって事じゃん。
頭を抱えて悩んでいる今も、少しだけ輝いているようだ。
「まぁ、バンタナか額当てで隠すしかないね」
「見えない?」
「広めだったら見てないよ。防御の意味もあるから、額当てを常につけておきな」
「うーん……分かった」
正直、唸るしかなった。
さっさと里を出よう。友人達に知られたら、絶対に、指さされて笑われる。
善は急げ。サバイバル生活が長いので準備はすぐに整った。
「でもやっぱ、心配だなぁ」
いつでも村に戻れる距離しか移動したことがないので、ちょっと不安だ。
「どれどれ、チェックしてやろうかの」
「私にも見せて」
頼んでもないのに、元冒険者の両親のアドバイスが飛んできた。
少量の服と下着と薬を用意し、薬草を調合できるよう道具一式、武器防具手入れ品も持って行くことになった。あとは浄化石とか水石とか携帯食料とか、野宿に必要な物を一通りそろえてリュックに詰める。
背負ってみると、重さ一五キロくらいかな?
「足りない物は現地調達だ」
「了解」
「あんた、旅服はどれを着るの?」
「えーと、モノノフの服だよ」
暗めのミルク色の上衣と灰色の袴、中に村特産の防具シルクチェイン上下一式を着込んで、額にミスリル入りの額当てを装着して、暗器をこれでもかと用意したのを見せた。
「まぁ、いいじゃろう。その程度の服装なら普通じゃわい」
「そうかしら? ここら辺とあっち側とは感覚違うけど」
「じゃが、防御力でいえばのぉ。このモノノフ服を超えるのは中々」
「まぁ、そうなのよねー。私も来た時にその強度に吃驚したし」
親父殿と母殿が楽しそうだった。
「あとは金銭問題かな。妖獣とか鉱石拾って売ったら生活費に」
「おお! 忘れるところだった。ミロノ。これは選別じゃ」
親父殿が中くらいの布包みをくれた。受け取るとずっしりと重い。
「なにこれ?」
「見てみなさい」
にこにこ笑顔で促されたので開けてみると、刀と飾り用のナイフ8本、篭手、シルクチェイン額当て。そして薄く丸い形のガラスペンダント。桃色ガラスの中に模様が描かれている。
「これは?」
「丹精こめて作ったワシの作品だ。もっていきなさい。刀は旅のお供にして、そのナイフは売って路銀の足しにするように」
「親父殿……」
『路銀の足し』の部分に感動した。
金目の物を貰って心が温かくなる、我ながら現金だ。
「刀は旅のお供……おお、良い刀!」
抜いてみたら軽くて振りやすい。切れ味も良さそうだ!
「それは儂が使う刀の改良版じゃから、よぉ切れるぞ。使いこなしてこい」
「やった! ありがとう!」
専用の刀を親父殿に作ってもらう機会は特別な時だけだ。
やっぱ、この旅は特別な事なんだなぁと噛みしめる。
チンと鞘に納めて、二人に向かって丁寧に頭を下げる。
「明日、旅立ちます。今日まで育てて頂き有難うございました。必ず生きて戻ってきますので、どうか二人ともお元気で」
親父殿と母殿は一瞬沈黙をして、
「はっはっは! そんな気を使わなくてもいいぞ! お前の事だからしっかり戻ってくると思っとるわ!」
「ふふふ。面白いことを言う子ね。ちょっと遊びに行くってノリでいいのに」
「遊びに行くノリって……あたしは災いを倒しに行くんだよな!?」
「そうだよ」
母殿はあたしを抱きしめた。
あのセリフからのこのハグに、あたしは盛大に???を飛ばす。
「気負わなくても、責任感も必要ない。気に入らないからぶっ倒すって気楽にいきな」
「そうじゃ。勝てないと判断したら遠慮なく逃げるがええ。勝てると判断したら遠慮なく戦えばええ。無理だけはするでないぞ」
親父殿はあたしの頭を撫でた。
「あ、ああ?」
二人のギャップに目を白黒させてたら、親父殿が柔和な笑みを浮かべた。
「リヒト殿は頼りになる故、しっかり頼るが良いぞ」
「いや、逆に不安」
正直、初めての旅の同伴者が胸糞悪いリヒトなので、不安を隠せない。
「ミロノ、目に見える事が全てじゃないって知ってるだろ? 人もまた然り、表面と内面は違うもんさ。よく見てみな。あんたも気づくはずさ」
「ああ……?」
母殿にそこまで言わせる魅力がリヒトにあるのか分からないが、とりあえず生返事をしておいた。
「ふふふ。面白いから黙ってよっと」
「なにを!?」
「秘密」
パッと離された。
母殿は滅多にみせない柔らかい笑顔を浮かべている。
「母殿、もしや」
「よし。旅の準備も出来たようじゃな! では儂らはこれで戻ろう」
あたしの質問を遮って親父殿が立ち上がった。母殿も一緒に立ち上がる。
「え? あ」
思わず呼び止めるように声を出すと、親父殿が途端に涙腺を崩壊させた。
吃驚しすぎて思わず目を見開いたまま固まる。
「ミロノ、達者でのおおお!」
さっきの陽気さとクールさはどこへ消えた?
親父殿はあたしに抱き付こうとするが、母殿の裏拳が親父殿の顔を直撃した。
ナイス母殿。良い裏拳だ。
そのまま親父殿の襟首を掴んで、膝をカックンさせて尻もちをつかせたら、ずるずる軽快に引っ張っていく。
「ミロノ、荷造り済んだら寝なさい」
「まてまてまて! 防具は直ぐに装備して確かめるのだぞ! 今日ずっと起きているから違和感あればすぐに尋ねなさい。わかったか?」
小柄な母殿に引きずられながら叫ぶ親父殿。
「分かった親父殿」
「ううむ。ではおやすみミロノ」
「おやすみ~ロノ」
二人は部屋から出て行った。
「さてと」
早速防具を確認するか。
篭手を腕につけて動かしてみる。違和感どころかフィット感が強くて体の一部のようだ。篭手には針が仕込まれているので、防御力及び攻撃力をあげている。
ペンダントをつけてみる。
模様が独特だなぁ。丸い円の中に花のような雪のような模様と記号が刻まれている。
チェーンはシルクチェインで作られているので、簡単に取れないだろう。
やや長めチェーンのペンダントは心臓に位置する長さになっていた。服の下に隠そう。
額当ても丁度いい大きさで、呪印をしっかり隠せていた。
もう一度、頂いた刀を抜いてみる。やっぱいいなこれ。使うときが楽しみだ。
思わず顔がにやける。
「ありがとう、親父殿」
刀を鞘に納めようとして、それが目に留まり、凝視する。
名前が刻んである。『ルゥファス=ルーフジール』
「まさか……」
ナイフを確認したら全て親父殿の名が刻んである。
「まさか!?」
篭手に使われている針も一本一本調べた。全て親父殿の名が刻んである。
「まさか!」
額当てにも刻まれている。
自分の作品すべてを愛し、すべてに名を刻む男だと、改めて実感する。
「ここまでくれば執念のようだなぁ」
呆れながら苦笑いを浮かべてしまうのは、仕方のない事だった。