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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ドエゴウ町の不審死――
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心を読む少年⑥


 空を焼くようなほど明るい夕暮れが、少しずつ陰りを帯びて急速に色褪せていく。

 境目がゆっくりと影っていく景色の中で、あたしは少年を視界に留めた。


「僕はルイス。シゴラエ村の生き残りです」


 少年は名を名乗ることから始めた。


「村の名前は初めて聞いたな。話題に上がらなかったから名もない集落かと思った」


「うん。よそ者嫌いっていうトコだから、あんまり知られてないかも」


 ちょっと苦笑いをしてから、ルイスは深呼吸をして話し始める。


「お花の綺麗な村だった。僕の両親は山菜売りをしていて、お兄さんと妹がいて、僕は真ん中で生まれたんだ」


「……」


「お兄さんはいっつも意地悪してきて嫌いだったけど、でも僕の話を聞いてくれた。妹はまだお話出来ないけど、すごく可愛かったんだ」


「……」


「お父さんは無口であまり友達いなくて、逆にお母さんが友達に沢山囲まれていて。お兄さんと妹を可愛がってたんだ。僕の事は、二人ともずっと嫌がってたけど」


「まて」


 あたしは手で話を制した。

 きょとんとしなが見上げるので、あたしは小さく首を左右に振る。


「惨事の詳しい詳細以外の話は必要ない」


 「え?」と意外だと言わんばかりに目を丸くしたルイスは


「それだけだと早く終わっちゃうし、どんな村だったかも必要でしょ?」


 得意げにエッヘンと胸を張る。


「あんたの昔話は興味ないからすっ飛ばしてくれ」


「駄目だよ! 僕がどんな生活していたかも重要でしょ!?」


「必要ない」


「いるの!」


 この類の押し問答はどっちかが折れるしかない。釈然としないが、「手短に頼む」と相槌だけうった。

 あたしが遠慮した事に気を良くしたか、ルイスは快活かいかつを取り戻しハキハキとした口調になった。


「えーと、いつからだったかなぁ? 近付くと気持ち悪いって言われるようになったの。不思議だったから、お父さんやお母さんに聞いてみたんだけど、その頃からお父さんもお母さんも俺を遠ざけていて。ねぇ、お姉ちゃん、なんでだと思う?」


「……」


 知りたい内容ではないため問いかけを無視した。

 

 少年の生い立ちを聞いても意味はない。っていうか、おぼろげに把握できているからもう説明を聞く必要がない。

 今日の夕飯は何を食べようかな? いつ頃話を切り上げようか? など、別の事を考えて昔話が終わるまで待つ。


 あたしの無視に全くめげずルイスは続ける。


「僕が心の声に返事したからなんだ。聞こえたからだったんだけど、あのころは、どうして無視されたり不気味がられたりするのか分からなかった。みんな出来るって思ってたんだもん」


 上目づかいであたしの様子をチラチラ伺っている。期待を込めた視線を向けてくるが、こちらは索然(さくぜん)としたまま腕を組んで微動だにしない。


 瑣末(さまつ)な話は退屈だが、あくびだけは止めておこう。


 眠気に誘われて口を開けないよう耐えていたら、ルイスが「はぁ」と、しょんぼりした声を出す。視線を合わせると、ルイスが嘆息(たんそく)した。


「お姉ちゃん……」


「昔話を聞くつもりはない。焼けた時の状況を聞きたいだけだ」


 あたしの冷たい態度は同情も共感するつもりはないという意思表示だ。

 ルイスもそのことにやっと気づいたか、浮かれていた表情が冷水を浴びたように変化していく。そして落胆したように肩を落とした。


「お姉ちゃんは僕に興味が無いんだね」


「全く興味ない」


「心が読めるって分かっても、普通だし」


「不思議な事を聞くなぁ? そもそも、心を読めるのは持って生まれた才能だろう? だからそこを突っつくつもりはない」


「才、能?」


 ルイスの目が見開く。すぐに沈痛な面持ちになったルイスが感傷的に叫んだ。


「化け物扱いされていたのに! これが才能だっていうの!?」


 あたしはきょとんとして、すぐに当然のように頷く。


「才能だろ? 天性のモノだから真似しようとしても出来ない。サトリは強力な武器だ」


 あたしの返答に狼狽するルイス。


「い、意味がわからないよお姉ちゃん! これのせいで僕は独りぼっちになったし、石を投げつけられたり、陰口言われたり、いじめられたりしたんだよ? お父さんやお母さんから、気持ち悪いって言われたんだよ?? これのせいで!」


 自身の言葉に触発されたのか、ルイスは勢いよく立ち上がって頭を掻きむしる。


「おかしいよ! 心読めるせいで、周りから化け物扱いされて独りぼっちだった! お姉ちゃんは理解できる!?」


 必死の形相を浮かべつつ、頭を掻きむしりながらあたしに鋭い視線を向ける。


「聞こえないように耳を塞いでも駄目で、悪口が勝手に、止め処なく、洪水のように、ずっと頭に届いて、気が狂いそうだった!」


 ルイスの涙が頬を伝って原っぱに落ち、拳が白くなるほど握っていた。


「それでも、それでも、……これが才能だって、言うの?」


 違うと言って欲しい、そんな言葉を期待しているような、慰めてほしいような意味をふくませていると、分かってはいるが。


「そうだ。訓練せずに当たり前のようにあったのなら、生まれつきの能力、すなわち、才能だ」


 抑揚(よくよう)の無い口調でもう一度告げると、ルイスは傷心したような顔になって項垂れた。

 正直、掛ける言葉はない。

 うん、だってそれ、先天性の能力って言われてるからなぁ。

 コントロールできるけども、失くすことも強くすることも出来ないらしいし。

 

 顔色一つ変えず言い放ったあたしの言葉か、若しくはあたしの心の声を聞いたのか、ルイスはゆっくりと座り込んで立てた膝に顔を入れて両手で隠した。


 「はぁ」と小さくため息を吐いたのが聞こえる。


「何をしても、みんなどんどん離れていくんだ。寂しくて、辛くて。顔に在る痣が化け物の証だって言われた。暴悪族(ぼくあくぞく)の生まれ変わりって言われたこともあった」


 不意に顔をあげ、痣に爪を食いこませる。


「悪いことしてないのに」


 ルイスの顔が歪む。悲しみの中に憎悪が渦巻いているのを感じた。



次回更新は木曜日の予定です

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