心を読む少年④
「まった」
あたしは二人の間に割り込んだ。
「あんたさぁ。これ以上怯えさせてどうするんだ」
軽くリヒトを睨んで、そして呆れた視線を少年に向ける。
「そっちも心読めるんなら、必要以上に怯えるな」
少年が少し安堵した様になったのでしっかり釘を刺す。
「だが、この怖い奴には正直に喋った方が身のためだ。死ぬぞ」
「……」
少年は大粒の涙を流しながらあたしを見つめる。膨れた期待が急速に萎れてしまったのが手に取るように分かった。
リヒトは威圧的な雰囲気を維持させて、少年のだぶだぶな襟を持って更に詰め寄った。
こんなに興味を持つのは珍しいなと不思議に思う。
「お前は心が読めるんだな?」
「だから……少し待てよ」
「黙れ。聞きたいを聞くだけだ」
あたしは頭痛を覚えた。
少しでも少年の緊張を解いて、質問に答えやすいようにしてるんだけど!!
でもまぁ、一応、リヒトは少し冷静になったようだし、これ以上刺激するのは良くない。
それに、あいつにしては物凄く拘っている気がする。
好きなようにやらせるか。
「はいはい」
あたしが呆れた視線を向けながら二歩ほど下がる。
リヒトは少年に集中しているようだった。何が彼をそこまで突き動かすのか分からない。哀れ、至近距離で彼の睨みを受けている少年は、子ネズミのように縮こまった。
「どうなんだ?」
「ひ……え……あ」
少年が白目を向き始めた。これ以上厳しく問い詰めて気絶、もしくは失禁したら面倒だと思い、そろそろ喧嘩吹っかけるつもりで助け舟を出すことにした。
あたしはリヒトの肩をポンポン叩き、行動を止める。
「そろそろ落ち着けよ。こいつが心を読めようがそうでなかろうが、あんたには関係ないことだろう?」
「…………」
しばらく間を空けてから、リヒトはゆっくりと襟を離して少年を解放した。
「それもそうだな」
「ぎゃあああ!」
開放された少年はすぐにあたし達の隙間から脱兎して、手足をばたつかせながら路地裏へと消えていった。
見事な逃げ足に賛辞を送りながらリヒトを盗み見る。
彼は苦虫を潰したように眉間に皺を寄せて、少年が去った方向を凝視していた。あたしはその姿に眉を潜める。
いつもより、こだわっている?
「別に。こだわるような事でもないだろう?」
ふてぶてしく逆に聞き返された。
あたしは大げさなくらい大きなため息をはいて、
「らしくないな。あの子供の何がそんなに気になるっていうんだ? そりゃサトリは珍しいし、その能力や戦争のせいで差別されているけど」
人の心を読める能力のことをサトリと称する。
暴悪族や一部の部族に多くみられた能力だ。戦争時は重宝されたらしいその能力は、時代が進むにつれ不要になり、ついに人々から差別されて酷いときは処刑され、今は忌み嫌われる能力の一つとされている。
「そんなに威圧的に詰問しなくてもいいだろう? あんたもサトリが嫌いな部類だったのか?」
「そうだ」
キッパリ言われたのでちょっと意外だった。
「……そうか。なら仕方ないか。でもこれだけは言っとくぞ。少し感情のコントロールしとけ。相手によっては欲しい情報が得られなくなる」
「そうだったな。気を付ける」
「…………」
反論されると思いきや、素直に答えられたのであたしは肩透かしをくらった。
やっぱ、いつもと違う。
気になったが、蒸し返して良い内容でもなさそうなので、気にしないことにした。
「あたしは今から買物だ。じゃぁな」
あたしは彼の傍を通り抜けて路地の出口へと向かった。
ん?
よくよく考えれば、あいつもあの少年に近いモノがある。
もしや同族嫌悪?
シュン!
背後から小さな殺気と一陣の風が迫ってきたので、ひょいっと身をかわす。
思ったとおり風は刃と化していて、後ろの植木鉢を綺麗に真っ二つにした。二つになった植木鉢は地面に落ちて粉々になった。
体に当たれば肉を切り裂かれていただろう。
頭をボリボリ掻きながら振り返るが、リヒトの姿はもうなかった。
「ほんと、分かりやすい警告行動だなぁ」
去り際にこちらに致命傷レベルの攻撃を放ってきた。
あたしが確実に避ける及び相殺できる人種だから、腹いせにぶちかましてきたのだろうが、はっきり言って迷惑である。
「触れるな、か」
あたしはもう一度頭を掻いた。
彼の苛立つ答えはなんとなく感じ取っている。その答えが一番しっくりくるからだ。
でも答えはリヒトにとってはバレたくもない事のようだし、更にキッパリ嫌いって言った。本人から直接聞くまでは何も気づかないでいてやろう。
昔はとてもポピュラーな能力だったが、現在は珍しい能力だ。
現在は周りに歓迎されないので、備わっていたとしても、その秘密は墓まで持って行くのが大半だ。
世間ではその能力の所持者は殆どいない、と思われている。
「さてと。必要な物資買わなきゃ」
思考を止めて、あたしは買い物の続きを始める為、商店街へ足を運んだ。
商店街は比較的同じ建物が並んでおり、看板がないとわかりにくかった。
お店と住居を兼ねた建物が多く、人の出入りは多い。
ここにも浮浪者はぼちぼちいるが、畑ほど多くない。畑に居る者は農業の世話で、賃金もしくは食料を得ているのかもしれない。
「ここだな」
人の出入りが激しい携帯食料品店と薬店へ向かい、必要な品物を買っておく。これだけでも紙袋二個ぐらいの量になった。さらに草臥れた肌着や壊れた防具のパーツや裁縫道具などの補充に動き回る。案外、品物が充実しているので助かった。
「もうこんな時間か」
気が付けばあっという間に夕暮れ時になっていた。
紙袋を四つ抱えたあたしは帰宅する人々に混じって宿に向かっていた。まばらに歩く人の流れについて行くように歩く。
「………」
視線を背中に感じる。
買い物を始めてから間もなく、ずっと視線を感じるのだ。
悪意も殺気もない。
ただ距離を開けて後ろをついてきている。
何度か振り返るがその都度サッと、壁やら植木やらに隠れて姿を隠しているが、バレバレである。後をつけているのは、あの痣をもつ少年だ。
「面倒だな」
宿へ向かう途中の土道でもう一度振り返る。
夕方の沈みゆく日の陰りに小さな影がすぐに畑の中に隠れる。非常に鬱陶しい。
荷物もあるし、無視して宿に行こうか迷った。寝込みを襲われても怖くはないが、物が壊れたときの弁償が嫌だ。
まぁそんな事にはならないだろうけど。
リヒトの態度を思い出す。宿までついてこられると、余計な問題を持ち込むようなものだ。ここら辺で尾行に気づいているとアピールしておこう。
「はあああああ」
あたしは今日何度目かになる、長くて重いため息を吐きながら、振り返る。
崩れそうなレンガ家の壁に子供の影がサッと隠れた。
踵を返してそちらへ向かうと、相手が慌てているのが気配で分かった。しきりに砂を踏む音がする。
どのような行動を取ろうか焦っている想像がつく。
逃げる方向に考えが決まったのか、元の道を戻ろうとする音がしたが、逃がさない。
「何の用だ」
あたしがジャンプして壁を越え着地すると、予想通り先ほどの少年がいた。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてあたしを凝視したかと思ったら、目じりに涙を浮かばせ、恐怖で肩を震わせた。
そこまで怖がるならついてこなきゃいーのに。




