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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――ドエゴウ町の不審死――
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心を読む少年②


 カウンターのその横入り口は馬が通るスペースだったらしく、乗っていた馬たちは従業員が黙々と手綱を持ち、そこを通って奥へ連れていかれた。

 

「すまないね。追加分か返金分か、あるかもしれないから辛抱しとくれ」


 退屈していたのがバレていたのか、女性が申し訳なさそうに答える。


「大丈夫だ」


 返事を返すと彼女はニコッと笑って、また書類に目を通し始めた。

 馬の健康状態で、追加料金を取るか決めるそうだが、おそらく大丈夫だ。

 

 里で馬の世話をやっていたので手入れは問題なく出来たし、結構飛ばして走らせたが、その分良く食べさせ良く寝かせた。

 体調も常にチェックしたし、毛づくろいも毎日してあげた。

 リヒトも馬の世話は手慣れていたので、あたしが手出しすることもなかった。

 まぁ、馬は生活と密接しているから、触れないっていうほうが案外珍しいだろうけど。


「あの時は……」


 かけている眼鏡を軽く動かしてリスト表から客の名前を探しながら、女主人が落胆した口調で声を出した。


「ん? 何が不具合あったのか?」


 あたしは視線を女性に戻しながら聞きかえす。


「あ! いやいや、そうじゃないんだ。すまないねぇ」


 声に出して呟いていたと気づいてなかったのか、女性はハッと吃驚した様にあたしを見て、頭を掻きながら苦笑をした。


「少し、あの村の事を思い出しただけさぁ」


「もしや、火事をみたのか?」


「火事を見た、という事になるのかねぇ?」


 女性は遠い目をしながら、重々しくため息をついた。


「日が暮れた夜更けに、町の住人が騒がしくなってね。外に出たら、村の方角から火柱が見えてなぁ。距離があるにも関わらず、天まで届くほど大きな炎だった。風の影響で匂いまで届いてねぇ。騒然となったよ」


 もう一度あたしに視線を向ける。


「あんたらも気づいたと思うが、寒さを感じる今の季節でも、地べたに座る人間が沢山いただろう?」


 頷くと、女性は肩を落とした。


「全員、村の生き残りさ。火で焼けるのを免れこの町に避難してきた人達だよ。身一つで逃げ出したから、何も持って来れなかった者が殆どだ」


「彼らは町で保護しているのか?」


「保護……保護ねぇ? まぁ、死んで疫病を撒かれてはたまらないから、集団で寝泊まり出来る空き家と、炊き出しは辛うじて提供しているけど、惨めな生活を送ってるよ。もうすぐ収穫時期だから、彼らに賃金を与えて働かせるとは思うけど。衣食住が揃ってないから、この冬を越せないかもしれないねぇ」


 女性はもう一度ため息を吐いた。


「沢山死ぬかもしれないってことか」


「そうかもしれないね。死体の処理をどうするかが問題だよ」


「そっち?」

 

 意外そうに相槌をうったら、女性は焦慮(しょうりょ)の感情を表出(ひょうしゅつ)させた。


「死体の処理は大事だよ。災いによって滅んだ村の人間だからさぁ、下手に処理してこっちに伝染したら嫌じゃないか。頭が狂う病みたいだしなぁ。そんなの御免だよ」


「結局、災いという事になったのか」


 リヒトが突然会話に割り込む。


「そりゃそうさ間違いないね。生き残りに聞いてみたんだが、火事の原因は『村の住民が一斉に火をつけた』んだと。ある者は油を体に塗り、ある者は動物を火にくべ、ある者は松明で人やら家やらお構いなしに火をつけたそうだよ。挙句の果てに火焔石を砕いて火をつけて、そこに身を投げて、火の中で狂ったように踊っていたそうだ」


「うーん、異様な光景。想像しただけで地獄絵図」


「生き残った者が半狂乱で叫んでいたよ。災いが発生した、とね」


 自分の言葉に恐れ戦いたか、女性は両手で自身を抱きしめると軽く身震いをした。


 「精神が壊れたか……」とリヒトがぽつりと呟いている。あたしにうっすら聞こえるくらいだから、女性の耳に届いていないだろう。


「ところが、これで話は終わらない」


 女性は少し身を乗り出すと、語り部が次の話題に話を切り替えるようにパァンとテーブルを軽く叩く。音に反応して自然に彼女に注目した。


「村から逃げてきた人間も魔王に呪われてしまってたんだ」


 眉を寄せて険しい表情を浮かべながら、あたしをリヒトに凄みを利かせる。

 あ。後ろでため息が聞こえる。

 あたしは生暖かい目で女性を眺めた。


「村の奴ら、ボヤ起こするんだよ。日を変えて何度も何度も。火を見るのは嫌だという奴もいれば、火を見つめないと、火をつけないと落ち着かないというやつもいる」


トラウマ(心的外傷)というやつか?」


「よしてくれ。そんな簡単な言葉でまとめてもらっても気分悪い。こっちの町を火事にされたら溜まったもんじゃない!」


 独り言だったんだが聞こえてしまったようで、女性は眉毛を更にギュッとあげ、表情を硬くしたまま言葉を吐き捨てる。

 

「言葉足らずだった。トラウマになったとしても、火事を起こすのはダメだ」

 

 謝りながら同意をすると、女性は落ち着いたようにふぅと強く息を吐いた。


「そうなんだよ旅の人。今は町の住民全員が村の奴らが何かしでかさないか警戒してる。あんたらも用心しなよ。泊まっている宿も火がつかないとは限らないからね!」


「それは怖い」


「だろう!」


 血圧が一気に上がったのか、女性は早口に捲し上げ、ふん! と鼻から空気を出した。


 『発狂した人』たちが起こした火事だったから、災いだと噂が流れているわけか。

 となると、魔王は自然消滅したのかな? 

 でも村人がボヤを起こしているなら、生き残りに憑りついている可能性が高そうだ。

 その辺も調べないと森へはいけない。なんたって、一つでも逃すと呪いが解けないからな!


 うんうん頷いていると、奥から従業員がやってきて女性に書類を出した。文章を目に通した女性は満面の笑顔になってポンと手を叩いた。


「よし問題ないね。追加分はなしだ」


 会話している間に、馬の検査が終わったらしい。


「こっち来な!」


 カウンターまで行くと、女性は金袋を取り出す。


「じゃぁ料金の半分はお返しするよ。それともこの馬いるかい?」


「「いらない」」


 あたしとリヒトは同時に断って、残金を受け取った。


 馬車亭は『馬の死亡』、『窃盗などで馬の紛失』、『馬の価値が消失』した時に損をしないよう、『馬一頭を小型金貨一枚で客に売却』して渡し、街道で繋がる各町村の馬車亭に生きて返した時に初めて『馬を借りた』という扱いに変更され、日数計算によって過払い金が戻ってくる仕組みだ。

 今回は三週間の利用だったので、差額で大型銀貨8枚戻ってきた。

 

 財布に入れると、「知ってたら教えてほしい」とリヒトが女性に声をかける。


「この町に少し滞在するんだが、ボヤ騒ぎ以外に何か注意することはあるか?」


「そうさねぇ……」


 思い出すように上に視線を向けると、すぐにリヒトを捉えた。


「半月前から死人が出ているよ。一週間に一人くらいの頻度だ」


「殺人事件か?」


「いいや。変死の方。昨日まで元気だった人間が衰弱した状態で見つかって、早口で喋った後に死ぬ」


 「なんだそれ?」とあたしは反射的に聞き返すと、女性は肩をすくめながら首を捻る。


「変だろう? 『みないでくれ』『こっちへくるな』とか、誰かを拒否するような言葉を早口で叫んでいたら、ぷっつりと糸が切れたように死んでしまうようだよ。発病は夜。次の日の昼までもたなかったらしいね」


「ふむ?」


「医者が言うには衰弱死だそうだ。長時間過酷な環境に置かれたような負荷が、脳にかかっていたようだと。まぁ、犠牲者のほとんどは村人だからねぇ。正直、関わり合いになりたくないわ」


「災いが別の方向に変わった……?」


 あたしはうっかり呟いてしまった。


「……」


 女性は嫌悪感に顔を歪めたが、あたしが眉をしかめた瞬間に「おや、失礼」とすぐに表情を元に戻した。


「その出来事、最後に起こったのはいつだ?」


 リヒトの問いかけに女性は少し首を捻って


「五日前くらいだったかな? 旅人さんなら関係ないと思うが、こっちも気を付けておくといい」


 そしてあたし達に笑顔を浮かべた。


「馬を丁寧に使ってくれてありがとね。良い旅を」



次回更新は一週間後を予定しています。

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