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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――勇者信者の王国――
73/279

小さなハプニング⑥ リヒト視点有り

文字数3800くらい

物語の都合により、最後にリヒト視点が入ります。

 報告すること……かあ。

 ネックレスの件だって、水滴の模様はよくある模様だったかもしれない。

 思い出すと、どうして気分が悪くなるのか分からないけど。


「本当に何もなかったのか?」


 リヒトが再度聞き返してきた。


「そうよ。言えることは何もない。…………はぁ」


 何度か目になる深いため息を吐くと、リヒトが視線を向けて怪訝そうに眉を潜め、目つきを鋭くさせた。


 あー。何か悪口言ってきそう。


「お前、気になることあるんじゃないか?」


「なんでそう思う?」


 

「そんなでかいため息なんて、初めて聞いたからな」


 

「そーだっけ?」


 ため息なんてしょっちゅう吐いている気がするけど。


「お待たせしましたー」


 あたしの注文がきた。

 美味しそうな芋と肉の煮つけとスープ、生野菜のサラダとレーズンパンだ。

 小さく「頂きます」と手を合わせて、適当なスピードで口の中に入れていく。リヒトが頼んだ珈琲も届き、彼はゆっくりとした動作で味わい喉を潤すと、会話を続けた。


「で? 何があった? どうしてそんなに気持ち悪そうなんだ?」


 気が滅入っているあたしがよっぽど珍しいらしい。


 どうしようか……。

 ネックレスを考えていて気分悪くなってるから、それを言うべきか?


 あたしは結構迷いながら食事を進める。その間リヒトはずっとあたしを睨んでいた。


 めんどくせぇ。心当たりと思うことを喋るか。


「無駄にキラキラしたヤツと会話して疲れた」


「それじゃないだろ」


 うあ。一蹴された。

 余計な情報はいらないから重要なのを話せよって目が言ってる。すごく目が言ってる。

 目は口ほどに物を言うっていうのを体で表している。

 あたしは呻いた。


「……以前、あたしの額に浮かんでいたっていう、水滴の模様と似たような模様が刻まれたネックレスを見た。それを思い出したら、急に気分が悪くなった」


「そうか」

 

 予想に反して、それ以上何も聞かれなかった。

 何なんだ一体。

 そういえば、水滴以外にも炎の模様もあったな。

 見てもあまり頭に入ってこなくて、思い出そうとしたら、靄がかかった感じだ。

 でもあれは炎だと思った。

 ぼんやりと、もう一つの模様の輪郭を思い出そうとしたが。


「!?」


 あたしは突然の寒気に意識を覚醒させた。


 殺気だ。途轍もない程の強烈な殺意。小動物でもいれば一斉に逃げ出すだろう。

 それは目の前に座っているリヒトから発せられている。


「どうした!?」


「……ああ、なんでもない」


 あたしの言葉でハッと我に戻ったようなリヒトが、語尾を濁しながら珈琲を飲みほした。もう普通の状態に戻っている。


「あたしなんか怒らすようなこと言った?」


「なんでそう思う」


「気づいていないのか? すごい殺気まき散らして…………ほら」


 ちらっと視線で示すとリヒトも目だけ動かした。冒険者であろう四つ後ろのテーブルで、目を真ん丸にしてこっちを凝視する数名のグループがいる。


「向こうさん、吃驚してる」


 運がいい事に、喧嘩を売られてないと分かっているようで、あたし達の方に文句を言いに来ない。リヒトも視線を向けないように注意しながら彼らを確認して、軽くため息を吐き、あたしの方へ意識を戻す。


「別に怒ってない。ただ、そうだな。うん……」


 懐疑の念があるのかリヒトは言葉を続けようとはしない。

 その間にあたしは定食を全部平らげて食後のデザートを頼む。

 今日のオススメデザートはミルクティアイスだ。凍った食べ物は珍しく田舎だとあまり見かけられない。

 

「お待たせしました。デザートになります」


 ひんやり冷たいガラスの容器に手の平サイズのアイスが二つ乗っている。

 口の中に溶ける冷たい甘さ。

 一口食べるごとに幸せを噛み締めていたら、その様子を眺めていたリヒト失笑した。


「この国は多種多様なカメレオンジェムがあるからな。零雹石も他の地区から取り寄せるし、山脈からでも取れるんだろ」


「ここら辺の山脈って」


「そうだな。一番近いのはストライト湖の北西にあるイレフ山脈で、一番鉱石が取れる。あとソーマリンエリアの北部あたりにディオンテ山脈もあるが、あそこは鉱石が取れるとは聞かないし、むしろ近寄るのが憚られるほどの絶壁らしい」


 あ、いつもの調子に戻ってる。


「そうか」


 相槌を打つと無言になったが、あたしがアイスの最後の一口を口の中で溶かしたタイミングで、リヒトはまた口を開く。


「模様の形を忘れろ」


「ん?」


 予想外の返答に思わず聞き返すと、彼は眉間シワ寄せる。


「その模様、紋だな。十中八九、呪いの系列だ。思い出すだけで心身に影響を与えるなんて、凶悪で相当根深い。効果はわからないが引っ張られるぞ」


「ふむ」


 引っ張られるは間違いではない。現に恐怖に引っ張られた。

 じゃぁ、あの女性はどうしてそんなものを持っていたのだろうか。


「知るか。大方、どこかの大富豪の妻とか娘とかで、ペンダントに魔除けの模様を刻もうとしたら、呪いに近ものになったんじゃねぇの? それか誰かから譲り受けた代物か」


「……ペンダントの持ち主が女性って、言ったっけ?」


「聞いた」


「そ、うか……?」


 言ってないつもりだったが、気のせいだったか。

 しかし呪い模様か。

 呪いを刻むなんて碌な職人じゃないな。

 

 あれ?

 でも、あの水滴があたしの額に浮かんだのって、つまり。


 バシャ!


 顔面が冷たくなった。


「………」


 前方から氷水ぶっかけられてずぶ濡れになった。

 やったのはリヒトだ。ご丁寧に空のコップをあたしの方へ向けて、手首のスナップを効かせて底の方に残っていた水すらかけてきた。


 その表情は無表情だが、軽蔑した眼差しがある。


 ふむ。ペンダントの模様と呪印を結びつけるなと言いたげだな。

 なるほど、今は結び付けて仮説にするなという意味か。

 だから忘れろと。


 わざわざ無駄にあたしを挑発している。思考を別の方向へ切り変えろと言わんばかりの、彼にしてみれば滅多に見ない愚策だ。


 そこまで考えて、あたしは憤激して立ち上がった。


「何するんだああああ!」


 もっとマシな手を使えよ!


「手が滑った」


「手が滑ったってレベルじゃないよな! 見ろ!」


 あたしの顔面から胸までべったべたである。氷が足に落ちてズボンも冷たい。リヒトはじっくり眺めた後、鼻で笑った。


「はは、濡れ鼠」


 バシャ!


 あたしもお返しに水をぶっかけてやった。リヒトの頭も水が滴っている。


「ざまぁ!」


「この野郎」


「お客様! 大丈夫ですか!? っていうか、もめ事はその」

 

「すいません」

「すまない」


 食堂の人が慌てて止めに入ったのであたし達は即座に謝った。

 食堂の人はポカンと口を開き、恐縮しながらもめ事はしないでほしいことを念入りにお願いしてきた。もう一度詫びを入れて食堂を後にする。


 しまった。ここは外じゃなかったわ。

 いつものノリで喧嘩したらダメだった。

 ちょっと反省。


 この後はお互いに一言も話すことなく解散した。


 あたしは部屋に戻り旅の手帳を取り出す。簡潔に起こったことを記してある。

 帰宅した時に、親父殿と母殿に苦労話と愚痴と文句を聞いてもらおうと思って。

 

 でも読み返してみると、凶悪なる魔王との戦いや感想が殆どで、旅というよりも討伐記録の方が正しい気がしてきた。

 

 手帳に貼れるほどの小さな新しい紙を一枚出し、その中に炎の模様と水滴の模様を書きこむ。それを二つ折りに封をして、その上から『王都、女性のペンダント』と小さく描き記してから、記載したのを裏にして糊で手帳に貼った。袋とじみたいな感じだ。

 袋とじを気にしたらいけないので、『今はまだ不必要』と記しておく。


「よし」


 あたしは袋とじの横のページに、双子の勇者について双方の違いを描き記し、最有力候補『他の女性に手を出した案』と書く。


 うん、こっちのほうが印象に残る。


 手帳を閉じて鞄に入れて、ベッドに倒れるように寝転がった後、また目を瞑ってしばし休息をとった。

 あと一日くらいでこの城下町から出るだろう。


「次はどのルートを通るのかな」

 

 地図買っておかなきゃとぼんやり思いながら、そのまま朝まで眠ってしまった。












==リヒト視点==



 部屋に戻ったリヒトはドアの鍵を閉めてからその場に座りこんだ。


 まだ頭の中がガンガンしている。少し読んだだけであの紋に引っ張られたみたいだ。

 怒りを別方向へ向ける為に、水をぶっかけて喧嘩を吹っかけてみたが、予想通り乗ってくれた。


 それにしても、とリヒトはため息を吐く。


「ったく。あいつ何と関わったんだ?」


 ミロノはペンダントの模様を見て気分が悪い。と言っていた。持っていた女性がどのような人物か探すことは出来ないし、この状態では下手に近寄ることも出来ない。


「あいつは気分が悪いで済んでるが、俺は……怒りだ。途方もない程の、手を血で染めたくなるほどの。これは何に対する怒りなのか?」


 凶悪なる魔王が思い出される。

 

 魔王ミロノは姫への狂喜の愛情。

 魔王リヒトは姫への狂気の愛情。

 

 どっちも性質が悪いがあえて区別をつけるなら、姫を愛でる為の方法をミロノ、姫に仇なす者を屠る方法がリヒトだ。


「呪印は文字だけでなく、その裏に紋があった」


 ミロノがどこかに意識を飛ばしていた時に浮かんでいたあの紋。あれが呪印の本来の姿だとすると


「それを刻まれていたペンダントも気になるが、紋の意味はなんなんだ? 昔は呪印も頻繁に使われていたのか? 調べることが増えたなクッソ」


 気分が落ち着いたのでノロノロと立ち上がって、ベッドへ移動する。

 寝ころんでから、ため息を吐いた。


「忘れろって言ったが、本当に忘れてくれるといいけどな」


 自分の保身もあるが、万が一の時を考えてたら、忘れてくれた方が情報が外に漏れなくていいだろう。

 もう一日、紋に関わる資料と王族や3つの領地の歴史を漁ってから、この城下町を出ようと思いつつ、リヒトはそっと目を閉じて意識を手放した。




次回は新しい町になります。

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