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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――勇者信者の王国――
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小さなハプニング⑤

 あたしは冷や汗とトリハダ全開で、兎に角、後ろを何度も確認して、気配がないか確認して慎重に宿に戻った。

 

 過去に変質者から追われている子を助けたことがあるが、彼女もこんな気持ちだったのだろう。

 確かに、涙ながらに助けを求める気分がよくわかる。


 「ひええええ、ほんと気持ち悪いいいい」


 一度目は違和感だけだったが、二度目に会って理解した。

 

 あれは善意を貫くために悪意も辞さないし、正当な理由がなくても、自らを無理矢理正当化させて動き、相手にもそれを求める気質がある。

 あたしが苦手なタイプだ。


 「うーん、上手くまけたと思うんだけど」


 あの朱色頭はなかなか強い。

 あたしよりは弱いかもしれないけど、それでも友人達よりは遥かに強いだろう。

 きっと、シュダルよりも強いはずだ。


 理由がない以上は喧嘩したくないし、そもそも関わり合いになりたくもない。


 頭痛が起こるのを感じながら、バタンと部屋のドアを閉めて、鍵を掛けてその場に座り込む。


 「あー、やだやだ。人が多い分、トラブルポイントもあっちこっちにありやがる」


 ここに絶対住みたくないと強く思った。

 座ると少し落ちついてきてサムイボが収まったので、荷物整理をすることにした。


 憂さ晴らしに、夜になった酒場に行って噂を探しながらちょっと飲もうかな? とも思ったが


 「いや。このパターンは酒場で何かに絡まれる。だ」


 結局、あたしはふて寝することにした。


 少し早い時間に就寝するが、布団で無意味にゴロゴロ出来る時間は貴重だ。


 久々の堕落を噛みしめながら、ふと今日の女性を思い出す。


 思い出すと不思議な感覚が浮かぶ。


 「なんなんだ? あの使命感は……いとおしさは」


 縁も所縁もないのに、気になったから助けた。


 あたしにしてはとても珍しい事だ。


 「そうだ、あと」


 ネックレスの石。あれに刻まれていた模様が記憶の片隅に引っかかった。


 どこかで見覚えがある。


 「あのネックレスの水滴模様。以前リヒトが描いていた絵と似てた気がする」


 あたしの額に浮かんでいたというあの模様。


 「呪印に関わりがある模様がペンダントに刻まれている? そんなばかな」


 これは偶然だろうか? 単なる似ているだけの別物だろうか?


 多分後者だろう。


 ペンダントの模様をずっと思い出していたら、急に心がモヤっとした。

 言いようのない不安と焦燥、そして恐怖。

 

 身の置き所がなくなりあたしは起き上がる。

 額に手を当てると、じんわり汗をかいていた。これは冷や汗だ。


 「なんなの、もう……」


 明確な理由が見当たらないが、一瞬、何かに怯えたのだと思う。

 

 あたしは目をゆっくり瞑り、しばらく瞑想をして気分を落ち着かせてから、何か食べようと思い食堂へ向かった。




 客は少なく、あまり擦れ違うことなく一階に降りる。

 宿の出入り口からリヒトの姿があった。


 今、なんか調子悪いし、面倒だから無視して食堂へ向かう。

 

 夕食には早かったので人はまばらだ。適当な席に座りお勧めの定食を注文すると、五分もたたずにリヒトがやってきて、あたしを見つけると同じテーブルに着いた。


 くっそ。調子悪いから会いたくなかったのに


 深いため息を吐くと、リヒトは飲物を注文した。

 お互いに視線を合わさないまま、リヒトが話しかけてきた。


 「資料漁って草臥れたか」


 「その通りよ」


 あたしは頷く。

 疲れたのは本当の事だ。

 人酔いし後に、ごろつきに絡まれてる女性の加勢して代わりに絡まれたら、この前会った少年のキラキラ笑顔でメンタルガッツリ減らされてしまった。


 リヒトは呆れたように息を吐く。


 「なんで疲れる。掲示板に貼ってあっただけだろうが」


 「なんで知ってんのよ」


 「前回役所に行ったからな。掲示板は大掛かりな噂しかなかったはずだ。それ疲れるなんでどうかしてる」


 「この野郎」


 反射的に毒づくが、あたしはすぐに「はぁ」とため息を吐いて脱力する。

 今日は口喧嘩する元気が残っていない。


 報告すること……かあ。

 ネックレスの件だって、水滴の模様はよくある模様だったかもしれない。


 思い出すと、どうして気分が悪くなるのか分からないけど。


 「本当に何もなかったのか?」


 リヒトが再度聞き返してきた。


 「そうよ。言えることは何もない。…………はぁ」


 何度か目になる深いため息を吐くと、リヒトが視線を向けて怪訝そうに眉を潜め、目つきを鋭くさせた。


 あー。何か悪口言ってきそう。


 「お前、気になることあるんじゃないか?」


 「なんでそう思うのよ」


 「そんなでかいため息なんて、初めて聞いたからな」


 「そーだっけ?」


 ため息なんてしょっちゅう吐いている気がするけど。


 「お待たせしましたー」


 あたしの注文がきた。


 美味しそうな芋と肉の煮つけとスープ、生野菜のサラダとレーズンパンだ。

 小さく「頂きます」と手を合わせて、適当なスピードで口の中に入れていく。リヒトが頼んだ珈琲も届き、彼はゆっくりとした動作で味わい喉を潤すと、会話を続けた。


 「で? 何があった? どうしてそんなに気持ち悪そうなんだ?」


 気が滅入っているあたしがよっぽど珍しいらしい。


 どうしようか……。

 ネックレスを考えていて気分悪くなってるから、それを言うべきか?


 あたしは結構迷いながら食事を進める。その間リヒトはずっとあたしを睨んでいた。


 めんどくせぇ。心当たりと思うことを喋るか。


 「無駄にキラキラしたヤツと会話して疲れた」


 「それじゃないだろ」


 うあ。一蹴された。

 余計な情報はいらないから重要なのを話せよって目が言ってる。すごく目が言ってる。

 目は口ほどに物を言うっていうのを体で表している。


 あたしは呻いた。


 「……以前、あたしの額に浮かんでいたっていう、水滴の模様と似たような模様が刻まれたネックレスを見た。それを思い出したら、急に気分が悪くなった」


 「そうか」

 

 予想に反して、それ以上何も聞かれなかった。

 何なんだ一体。

 そういえば、水滴以外にも炎の模様もあったな。

 見てもあまり頭に入ってこなくて、思い出そうとしたら、靄がかかった感じだ。

 でもあれは炎だと思った。

 ぼんやりと、もう一つの模様の輪郭を思い出そうとしたが。


 「!?」


 あたしは突然の寒気に意識を覚醒させた。


 殺気だ。途轍もない程の強烈な殺意。小動物でもいれば一斉に逃げ出すだろう。

 それは目の前に座っているリヒトから発せられている。


 「どうした!?」


 「……ああ、なんでもない」


 リヒトが語尾を濁しながら珈琲を飲みほした。普通の状態に戻っている。


 「あたしなんか怒らすようなこと言った?」


 「なんでそう思う」


 「気づいていないのか? すごい殺気まき散らして…………ほら、吃驚してる」


 視線で示すと、リヒトが目だけ動かした。

 四つ後ろのテーブルで、冒険者であろう数人が、目を真ん丸にしてこっちを凝視している。文句を言いに来ないので、あたしたちが喧嘩を売っていないと分かっているようだ。

 

 リヒトは軽くため息を吐き、あたしを見た。


「別に怒ってない。ただ……そうだな……」


 懐疑の念があるのかリヒトは言葉を続けようとはしない。

 あたしはその間に、定食を全部平らげて食後のデザートを頼む。

 今日のオススメデザートはミルクティアイスだ。凍った食べ物は珍しく田舎だとあまり見かけられない。

 

「お待たせしました。デザートになります」


 ひんやり冷たいガラスの容器に手の平サイズのアイスが二つ乗っている。

 口の中に入れると、すっと溶ける冷たい甘さ。一口食べるごとに幸せがやってくる。アイスを噛み締めていたら、リヒト失笑した。


「この国は多種多様なカメレオンジェムがある。零雹石も他の地区から取り寄せるし、山脈からでも取れるんだろ」


「ここら辺の山脈って」


「一番近いのはストライト湖の北西にあるイレフ山脈、一番鉱石が取れる。あとソーマリンエリアの北部あたりにディオンテ山脈もあるが、あそこは鉱石が取れるとは聞かない。近寄るのが憚られるほどの絶壁らしい」


 あ、いつもの調子に戻ってる。

「そうか」と相槌を打つと無言になった。

 あたしが最後のアイスを口の中で溶かした時に、リヒトが口を開いた。


「模様の形を忘れろ」


「ん? 忘れるのか?」


 予想外の返答に思わず聞き返すと、リヒトが眉間シワ寄せた。


「その模様は紋だ。呪いの系列なのは間違いない。思い出すだけで心身に影響を与えるのならば、相当悪いものだ」


「ふむ」


 引っ張られるは間違いではない。現に恐怖に引っ張られた。

 じゃぁ、あの女性はどうしてそんなものを持っていたのだろうか。


「知るか。どこかの大富豪の妻か娘かが、ペンダントに魔除けの模様を刻んだら奇跡で呪いになったんだろ。それか誰かから譲り受けた代物とか、色々考えらえる」


「……ペンダントの持ち主が女性って、言ったっけ?」


「聞いた」


「そうか……?」


 言ってないつもりだったが、気のせいだったか。

 しかし呪いの模様か。呪いを刻むなんて碌な職人じゃないな。

 

 あれ?

 でも、あたしの額には、あの水滴が浮かんだんだよな?

 それって――


 バシャ!


 顔面が冷たくなった。

 氷水ぶっかけられて、ずぶ濡れになった。


 やったのはリヒトだ。

 ご丁寧に空のコップをあたしの方へ向けて、手首のスナップを効かせて、底に残っていた水をかけてきた。


 無表情だが、軽蔑した眼差しを向けている。

 なんだ、この挑発に意味があるのか?


 んー……そうか。ペンダントの模様と呪印を結びつけるなと言いたいんだな。

 だから忘れろと…………いやいや、もっとマシな手を使えよ!


 無駄にあたしを挑発して、思考を別の方向へ切り変えようとしているな。

 リヒトの行動を考えれば、滅多に見ない愚策だ。

 仕方ない、のってやろう。

 

 あたしは憤激して立ち上がった。


 「何するんだ!」


 「手が滑った」


 「手が滑ったってレベルじゃないよな! 見ろ!」


 顔面から胸までべったべたである。氷が足に落ちてズボンも冷たい。

 リヒトはじっくり眺めた後、鼻で笑った。


 「はは、濡れ鼠」


 バシャ!


 お返しに水をぶっかけてやった。リヒトの頭も水が滴っている。


 「ざまぁ!」


 「この野郎」


 「お客様大丈夫ですか!? もめ事は――」


 「すいません」

 「すまない」


 食堂の人が慌てて止めに入ったので、あたし達は即座に謝った。


「え。ああ、はい……揉め事でないのなら……ごゆっくり」


 食堂の人はもめ事はしないでほしいと念入りにお願いしてきた。

 いつものノリで喧嘩したらダメだった。ちょっと反省。

 





 あたしは部屋に戻り、旅の手帳を取り出す。

 帰宅した時に、親父殿と母殿に苦労話と愚痴と文句を聞いてもらおうと思って、簡潔に記録してある。

 

 読み返してみると、凶悪なる魔王との戦いや感想が殆どだ。

 なんか旅というよりも、討伐記録のようだな。

 

 手帳に貼れるほどの小さな紙を一枚出して、そこに炎の模様と水滴の模様を書きこむ。紙を二つ折りに封をして、その上から『王都、女性のペンダント』と小さく書き記す。

 

 絵が見えないように折って糊で手帳に貼ると、袋とじみたいになった。最後に『今はまだ不必要』と記しておく。袋とじの横に双子の勇者は『他の女性に手を出した』と書く。


 うん、イイ感じだ。


 手帳を閉じて鞄に入れて、倒れるようにベッドに寝転がった。

 あと一日くらいで城下町から出るだろう。

 もう少し探索したいので、地図を買おうかなと思いつつ、朝まで眠った。



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