小さなハプニング④
換金を終えたので、折角だからと、まだ歩いたことのない商店街を歩くことにした。
そしてこの気まぐれが、あたしに後悔をもたらすことに……。
前もって説明したが、シュタットヴァーサーは広大な領地を持った国と名乗る街だ。
住居は城の周りに集中し、10の区画に分けて城下町を作っている。その一つ一つが、通常の町が5個入るくらいの規模だ。
住人も半端なく多いが、旅行者、冒険者、商人など定住ではない者も含めると、途方もない人数になる。
ってことで、どこを歩いても人、人、人。イモ洗いみたいな人の波に揉まれている。
人に当たらないようにかわしながら歩いているが、段々と眩暈が起こってきた。
「う………酔った」
下着売り場を求めて彷徨ってたら、うっかり人酔いしてしまった。
場所も分からなくなってきたので、仕方なく通りすがりの住民に聞いて、安くて丈夫な品が置いてあるお店を教えてもらった。
でも迷子になると思われたのか、店まで案内してもらった。
凄い親切!
疲れていたので無駄に感動して、お礼を言って中に入る。しっかり購入は出来た。
そしてジュースを購入して、ベンチに座って休んでいる。
修行とは違った、とてつもない疲労感だ。
まさか街を歩くだけでこんなに疲れる日がくるとは思わなかった。
「はぁ、なんか故郷が恋しくなってきた」
単に静かなところで休みたいだけなんだが、口から出た言葉がこれだった。
「って、別に恋しくないし!」
ノリツッコミのように、小さく毒づいて立ち上がる。もう宿に帰って休もう。
人酔いに懲りたあたしは、今度は商店街の裏道を通った。
お店の裏口が集まったような小道で、品物を入れたり出したり、飲食だったらゴミを置いたり出したりする、どちらかといえば下道みたいな感じだ。
人の流れはあるが、一般の町の商店街ほどで動きやすい。
飲食をしている人や談話をしている人が多くいる、和やかな雰囲気だ。
「今度からこっち通ろう」
景色を見ながらのんびり散歩する。
公園があったり木々があったり池があったり、家族連れやらお年寄りやらの姿が目立つ。
それらをぼんやり眺めていると、裏道にもカフェ的なお店や、定食のようなお店がある事に気づいた。
「もしかして、こっちが住民の活用する場所なのかな?」
大通りは旅人や冒険者など、外部から来た者たち御用達な店が多い。一般の住民はこっちの裏道の店を使っているかもしれない。
気になったお店を何件か覗いてみて、あたしは確信した。
「ここら辺の方がリーズナブル価格だ! こっちを利用しよう」
嬉しくてつい大きな声を出してしまって、思わず口を塞ぐ。見渡すと、誰も気にしていないようで助かった。
「よしよし、お店見て回ろうっと」
ウキウキしながら、遠回りして探索することにした。道なりに歩いていると、また公園に出た。小さな噴水が花壇に囲まれ、芝生の上にベンチが数個置いてある。
所々で休憩できるスペースがあるんだ。
感心しながら眺めていると、
「返して!」
「嫌だね」
少しだけ喧騒の音がした。
耳を済ませてみると、数人の男女の言い合いが起こっている。
「あそこか」
噴水の近くで鉄の鎧や皮の鎧を着たガラの悪そうな青年5人が、1人の女性を囲んで揶揄っている。
「返して! それは大事なモノなの!」
怒り心頭の女性は大声で叫んだ。
ストロベリーブロンドの長髪をポニーテールにして、絹の黄色いロングスカートを履いている。年齢は30代くらいかな?
身長はあたしよりも低め。胸もやや平、寸胴ではなく幼さが目立つ女性だ。
目の色もストロベリーブロンド、垂れ目で愛らしい表情をしているが、今は憤怒の表情になっている。
「言いがかりよしてほしいなぁ、これは俺のだぜ」
「それは私のネックレスよ! 返しなさい!」
「おばさんよぉ。それがあんたのネックレスって言う証拠はあるのか?」
「くっっ! この! 後悔するわよ!」
「どう後悔するんだか、知りたいねぇ!」
青年たちが女性の私物だろうネックレスを高々と振り上げる。
「返しなさい! このスリめ!」
女性が両手を伸ばしても届かないほどの身長差があり、手に握っているそれを持つ青年がニヤニヤした表情で見下ろしていた。
「なら、いくらで買う?」
「取られた自分の所持品を返してもらうのに、どうしてお金を払うのよ! 寧ろ迷惑料を請求するわ!」
「生意気! 金払うまでこれは俺のモノだ。ほらパース!」
「オーライ!」
「ちょっとーーー!」
「別のとこで売っちまおうぜー!」
「やめて!」
持っていた青年が適当な場所に投げる。それを他の青年がキャッチして、女性が駆け寄ってくるとまた別の仲間にパスをしてそれを繰り返す。
投げているのはネックレスのようだ。
面倒事に首を突っ込むのは好きではない。どっちが悪いか一見して分からないからだ。
だから関わり合いにならないように、無視して通り過ぎようと思っている。
思っているのだが。
何故だかあたしは、あの女性から目が離せないでいた。
困っているからか、怒っているからか、正当性があっちにあると思ったのか。
よくわからないが、あたしに使命感が沸き起こるのを感じて、内心動揺する。
そして、彼らの方に足を向けた。
青年が投げたネックレスが、あたしの方向へ来きたのでキャッチする。
「あ」と青年たちの誰かが声を挙げた。
ペンダントを見ると明らかに女性物。
千切れている銀色の鎖に小指サイズの虹色の石が飾られていた。
綺麗と感じる前に、石の色を見て瞬間に鳥肌が立った。
これは、模様? …………いや、紋と呼ばれていた気がする。
直径一センチ程度の石の中に小さな模様。火炎のような紋と水滴のような紋が重ならないように、でも離れ過ぎないように絶妙なバランスで刻まれている。
石から直に光っているようにゆらゆら紋が揺れ網膜に残像が残る。
二つが混ざった模様が、とても不気味だった。
今すぐ放り投げたいほど、不気味で、おぞましい…………そして、いとおしい。
「しまったああああああああああ!」
「!」
意識を持って行かれたのは一瞬だけ。
あたしは眉間に皺を寄せてネックレスから視線を外すと、青年たちがシマッタ! という表情を浮かべた。
「あっちに投げちゃったよ!」
「おい! それこっちに」
「あの!」
あたしに呼びかけながら、女性はこちらに駆け出してきた。
「あの! それ、私のネック……」
「どけ! ババア!」
「きゃぁ!」
あたしの所まで駆け寄ってくる途中で、女性は後ろから走ってきた青年に押しのけられ、派手に転倒する。
なんてことを。
一瞬、あたしの目が鋭利に光る。
「それよこせ!」
青年はあたしが握るネックレスを力づくに奪おうとするので
「お断り」
伸ばされた手をペシっと払いのけて、ついでに足払いもかけて転がした。
そのまま女性の元へ歩くと、彼女は砂で汚れた服を払う事もせず、あたしを見て慌てて立ち上がり駆け寄る。
「それ、私のなんです! 返してください!」
「どうぞ」
「ありがとう!」
あたしがネックレスを返すと女性は花のようにほころんだ。
ドキッと胸が鳴る。
おかしい、と思うよりも先に、女性の安堵した様子が手に取るように伝わって、あたしまで安心した。
「ラトがいなかったから取り返せなかったわ。あ! 貴女も早く逃げて。あいつら碌な奴じゃないから!」
「分かった」
「本当にありがとう! 早く逃げてね!」
女性はペコリとお辞儀をして、全力疾走で逃げ出す。御淑やかな姿をしているが、フォームは力強い走りだった。
「おい! まて!」
「追え!」
彼女を追うように青年たちが走りだした。
彼らの行く手を阻むか迷った時に、彼らのうちの一人が怒り心頭で、怒鳴りながらあたしの方へ来た。
「てめぇ! よくも邪魔してくれたな!」
「投げてきたのはそっちだろ。あたしは持ち主に返しただけだ」
「金に換える予定だったのに、どう落とし前付けてくれるんだよ!」
「知るか。窃盗なんてしてないで真っ当に働けば? あんたたち冒険者だろ? 腕っぷしあれば衣食住には困らないはず。腕っぷしがあればだけどさ」
そう言ってせせら笑う。
「なんだと!?」
「弱い物から金品強奪しようってとこを見ると、どうせその辺の野生動物すら一人で仕留められない、腑抜けで貧弱な腕前なんだろ?」
「うるせぇ! 言わせておけば!」
「威勢のいいセリフは弱くても言える」
「なんだと!? もう容赦しねぇ!」
青年は腰に装着していた剣を抜いた。光に反射してキラっと光るが、手入れあんまりされてなさそうで切れ味悪そう。
「ボコボコにしてやる! 泣いて懇願しても遅いからな!」
「ふむ……」
そういえば、刀装備してなかったな。丸腰相手だからこんなに威勢がいいのか。
こんな相手一瞬で倒せるから、もう少し言葉遊びしてやろう。
「そもそも、あたしにネックレス投げたノーコンは誰だ? そいつのミスで逃がしたようなもんだろう?」
そこまで言って、あたしは気づく。
「あんただっけ? あたしの方に向かって投げたノーコンの阿呆は」
「うぐ」
正解した。
「うるせええええ! 慰謝料だ! 金だせおらああああああ」
言い返せない恥ずかしさからか、声の語尾を荒くして威嚇しながら大股で近づき、あたしの胸ぐらを掴んできた。
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