小さなハプニング④
困っているからか、怒っているからか、正当性があっちにあると思ったのか。
よくわからないが、あたしの中に、助けなければならないという使命感が沸き起こる。なんでだ?
疑問に思いながらも、あたしは彼らの方に足を向けた。
投げられているネックレスをあっさりとキャッチすると、青年たちの誰かが「あ」と声を挙げた。
ペンダントは明らかに女性物だ。
千切れている銀色の鎖に、小指サイズの虹色の石が飾られていた。
綺麗と感じる前に、石の色を見て瞬間に鳥肌が立った。
これは、模様?
…………いや、これは紋と呼ばれていた気がする。
よく知らないけど、親父殿の持っている本に載っているやつに近い。
直径一センチ程度の石の中に、小さな模様がある。
火炎のような紋と水滴のような紋だ。二つは重ならないように、でも離れ過ぎないように刻まれている。
水面に沈んでいるように紋がゆらゆらと揺れ、網膜に残像が残る。
二つが混ざった模様がとても不気味だ。
今すぐ放り投げたいほど、不気味で、おぞましい…………そして、いとおしい。
「しまったああああああああああ!」
「!」
声で我に返る。
一瞬だけ、意識を持っていかれた。
なんなんだこの石……いや模様は。
あたしはネックレスから視線を外して青年たちを見る。彼らは大いに慌てた表情をしていた。
「あっちに投げちゃったよ!」
「おい! それこっちに」
「あの!」
女性が男性たちの言葉を遮る。
「あの! それ、私のネック……」
「どけ! ババア!」
「きゃぁ!」
あたしに駆け寄ってくる途中で、女性が後ろから走ってきた青年に押しのけられて派手に転倒した。
なんてことをする!
「それよこせ!」
あたしが握るネックレスを、青年が力づくに奪おうとしてきた。
動きからして素人に毛が生えたくらいだ。
伸ばされた手をペシっと払いのけて、ついでに足払いもかけて転がした。
「断る」
青年を転がしてから、女性の傍へ駆け寄る。女性は服の砂を払う事もせず、慌てて立ち上がるとあたしに駆け寄った。
「それ私のなんです! 返してください!」
「どうぞ」
「ありがとう!」
ネックレスを返すと女性は花のようにほころんだ。
ドキッと胸が鳴る。
おかしいと思うよりも先に、女性の力になれた事を心の底から喜んだ。
「ラトがいなかったから取り返せなかったわ。貴女も早く逃げて。あいつら碌な奴じゃないから!」
「分かった」
「本当にありがとう! 早く逃げてね!」
女性はペコリとお辞儀をすると全力疾走で走って行った。御淑やかな姿をしているが、フォームは力強い走りである。
元気が良くて良いな。
「おい! まて!」
「追え!」
女性をを追うのか、青年たちが走りだす。
そのうちの一人が、あたしにやってきた。怒り心頭で怒鳴ってきた。盗人猛々しいとはまさにこのことだな。
「てめぇ! よくも邪魔してくれたな!」
「投げてきたのはそっちだろ。あたしは持ち主に返しただけだ」
「金に換える予定だったのに、どう落とし前付けてくれるんだよ!」
「知るか。窃盗なんてしてないで真っ当に働けば? あんたたち冒険者でしょ? 腕っぷしあれば衣食住には困らないはず。腕っぷしがあればだけどさ」
挑発してみると、青年の顔色がみるみる赤く染まった。自覚はあるんだな。
「なんだと!?」
「弱い者から金品強奪しているところをみると、小動物すら一人で仕留められない腑抜けで貧弱な腕前なんだろ?」
「うるせぇ! 言わせておけば!」
「威勢のいいセリフは弱くても言える」
「なんだと!? もう容赦しねぇ!」
青年は腰に装着していた剣を抜いた。刀身の状態は良くなさそうだ。あまり手入れしてないな。切れ味悪そう。
「ボコボコにしてやる! 泣いて懇願しても遅いからな!」
「刃物はザシュザシュだろ? 斬撃武器なのに鈍器にするのか?」
「ううううっせえええ! そうか、丸腰で怖いんだろ! 謝るなら今だぜ!」
そういえば今は刀を持っていなかったな。丸腰相手だからこんなに威勢がいいのか。
こんな雑魚、一瞬で倒せるし、もう少し遊んでやろう。
「そもそも、あたしにネックレス投げたノーコンは誰だ? そいつのミスで逃がしたようなもんだろう?」
そこまで言って、あたしは気づく。
「あんただっけ? あたしの方に向かって投げたノーコンの阿呆は」
「うぐ」
正解した。
「うるせええええ! 慰謝料だ! 金だせおらああああああ」
言い返せない恥ずかしさからか、声の語尾を荒くして威嚇しながら大股で近づき、あたしの胸ぐらを掴んできた。
これはもう穏便に、地面に頭をめり込ませるしかない。
正当防衛だ。青年の腕を折りながら投げて、地面に上半身埋めてやるか。
冷たく笑いながら実行しようとした次の瞬間
「危ない!」
「ぎえっっ」
横から、結構な速度で飛び蹴りがきた。
あたしにではなく、青年にである。
青年の顔面が風圧と蹴りの衝撃で歪み、2メートルほど吹っ飛んで、地面に砂煙をあげながら転がった。
あーあ。細かい石を敷き詰めた地面だから、大根おろしで擦られたように血まみれになったな。
まぁ、そこまで大きいダメージじゃないけどね。
「うう……うう……なに、すんだ、てめぇ……」
四つん這いになりながらあたしを睨んで――否、あたしの横を睨んでいる。
横を向くと、朱色頭が目に入って驚いた。
二日前くらいに出会った少年だ。皮の鎧を装備して、腰に長剣を携えているから間違いないだろう。横から飛び蹴りしたのはコイツだったか。
「あんたは……」
「あ、えっと、すいません。咄嗟に、あの人の方を助けちゃった」
朱色頭は開口一番、あたしに謝った。
蹴ったのは青年を倒すのではなく、あたしから遠ざけるためにやったことだろう。
こっちは腰骨と首の骨折る気満々だったからな。剣であたしを攻撃しようとしていたのだ、この程度で済ませてやるなんて優しい選択だぞ。
とはいえ首と腰の骨は命に係わるから、人命救助として間違ってはいない。
しかし今、そう聞くと、あいつらの仲間と思ってしまう。
一応確認しよう。
「あんたもあれの仲間?」
「いいえ全然知らない人です。仲間と思われて凄くショックです」
朱色頭は心外だと言わんばかりに首を左右に振った。
「本当は貴女を助けるつもりでした。しかし貴女から引きはがさないと、彼が大怪我をする気がして。咄嗟に回避させてしまいました。真昼間から人殺しはどうかと思います」
結局、青年は怪我をしたが、あたしがやろうとしたことに比べれば、些細なことだ。あいつは運が良かったな。
「そっか。違うならいい」
一発殴っておこうかなと思ったら、朱色頭がずいっと寄ってきた。
距離感バグってんのかこいつ。
「劇はどうでしたか? 見ましたか?」
わくわくが止まらないという雰囲気で聞かれた。ドン引きだ。寄ってきた分、あたしは離れた。
「それ今聞く事? くっそつまらなかった」
「意見があいますね!」
ぱぁぁぁと小さい花をポンポン飛ばして笑顔になる。
「どこら辺がつまらなかったですか? 僕は最初からです!」
「最初からダメ出しすんな!」
ああああ、逃げたい。
こいつと意気投合していると周りに思われるの凄く嫌だ。
あたしはあえて苦虫を潰したような皺い表情を作ると、速足でその場を去ろうとした。
まあ予想通り、朱色頭はついてくる。
「ついて来るな」
「どこへ行くんですか?」
「帰る」
「帰る……あ! 僕が送りましょうか?」
「必要ない」
「でも絶対危ないですよ。今みたいに変な奴らに絡まれるかもしれません」
「あんたについてこられる方がよっぽど危ない」
あたしは視線を合わせず前だけ見ながらザックリと断ると、朱色頭はその場で立ち止まった。すると顔が真っ赤になる。
「いや! 僕は、送り狼だなんてそんなことしませんよ!」
「誰もそこまで言ってねぇ!」
あたしは咄嗟にその辺で寝て居た猫を掴んで、朱色頭に投げつけた。
無機物だと回避されそうな気配がするので、ここはあえて愛くるしい猫だ。モフモフ攻撃だ!
「くらえ!」
「にやああああああああああああ!」
「え!? ええ! 猫ぉぉぉ!?」
朱色頭は慌てながら絶叫する猫を優しく受け止める。しかし突然の事に驚き、苛立った猫が爪を立て、朱色頭を思いっきり引っ掻いた。
うむ、効果は絶大だ。
「いたたたたた! ごめん猫ちゃん! いたたたたた」
猫に翻弄されている隙に、あたしは全速力で逃げ出した。
早く逃げよう、こいつ絶対にヤバイ奴だ。
こんなに広いおんい出遭ってしまうなんて、王都は案外狭いんだな。
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