勇者凱旋劇③
「今回も素晴らしい話でしたわね」
「ええ、そうですわ。この国の英雄伝。いつ聞いても心が現れるよう」
「全くそうですな! ミロノもリヒトも国の礎の一人だけども、いやはや、病に侵されるとは悲しい限り」
「若くして死ななければ、もっともっと英雄伝が増えたでしょうね」
「ワシらが死んでも後世に伝えなければならないな!」
演劇が終わり、去っていく人達の声を聞きとりながら、あたしも劇場から出た。
「ふわーあ」
目をパシパシさせながら、固まった体をほぐそうとゆっくり背伸びをする。連鎖反応のようにあくびをして噛みしめる。
まだお昼過ぎなので真っ青な空が目に染みる。
劇場から出てくる人がまばらになる裏通りの石垣に腰を下ろし、劇場の外にあった売店で購入したオレンジジュースを飲む。
はぁっとため息を吐き終わって一言。
「あー。いろんな意味でやばかった。でも演劇はすごいし、あと役者の質が違うわー。すごいわー。村で見たのと比べ物にならないくらい洗礼された動きと声量だった」
ここまでは褒める。
「でも内容はそうでもなかった。これだったら、普通の物語見ればよかったなー。そっちの方が楽しかったかも」
余計に分からなくなったと呟くと、リヒトも同意する。
「同感。資料館の方がマシだった。俺は見る必要なかったかもしれない」
リヒトのセリフにあたしは「え?」と聞き返す。
劇のセリフの合間合間に笑いを堪えたリヒトの姿が脳裏をよぎる。
「あんた結構楽しんでいたんじゃない? 至る所で失笑してただろ?」
「あれは劇じゃない」
「劇じゃない?」
「……」
聞き返すが、リヒトはそれ以上答えなかった。
彼なりに笑いのツボがあったのだろうが、それを教えてくれることはないようだ。
まぁいいか。と思ったところで「ふわぁ」とあくびが出た。
劇は面白かったと同時に退屈でもあった。
ずっと座っていたせいで体がムズムズする。やっぱりじっとするのは性に合わない。
ジュースをごくりと飲んで眠気を振りほどくと、はぁと息を吐きだした。劇を思い出して、あたしは項垂れる。
「劇はツッコミどころ多すぎだった。それに何よりも……」
ここは声に出せない。誰もいなかったら絶叫していただろう。
親父殿、何で同じ名前つけたんだ!
正直、眠気がやってきて船をこぎ始めると、名前を呼ばれてしまうので一瞬覚醒してしまうし、見知らぬ誰かから名前を連呼されるのは、正直あまりよくない気分だ。
「それも同感」
リヒトが小さく頷く。
「あれがこの国の双子の勇者の物語なのか。ハッピーエンドじゃないか」
ガシガシと乱暴に髪を掻きながらあたしがダルそうに言うと、リヒトは考え込むように下を見て呻いた。
「これが一般的に知られている話なら、俺らが知っている話って何だ?」
現実は劇と矛盾している。
まぁ、劇はハッピーエンドにするために脚色したんだとは思うけど。
「あの二人は結局、姫と結婚できなかったうえに……」
今までの魔王を思い出す。
「魔王の発言を考えると、二人は仲違いしたって思う。仲違いしたことは知られていないみたいだし、どーいうことだ?」
リヒトが考え込んでいる。
「だから病死ってことにしたのかもな」
「はぁ。だから病死」
「英雄が英雄を憎んで殺すなんて、世間体が悪い」
「それだけ……。いや、それもあり得るか」
英雄は汚点なく英雄であってほしい。そんな願いが込められたのかもしれない。
あたしは「んーーーー」と納得できないような声をあげる。
「俺も追い出される前に、父上から説明を受けたが、お前の親父さんが言った内容だった。あの段階で父上が嘘を話すとは思えない」
「あたしも。あんな親父でも大事な事は絶対に嘘をつかない」
数秒間を開ける。先に喋りだしたのはあたし。
「ってことは、誰かがどこかで、真実を改ざんしたってことだなぁ」
「普通に考えるとそうだ。真実を書き替えた人物がいると考えられる。まぁ、庶民の噂がここまで根付くとすれば、間違いなく王族が関わっている」
リヒトは王城の方に顔を向けた。
「いくら手柄を立てたとはいえ、通常の褒美は領地止まりだろう、王になるわけがない。仮に王になるとしても周りの後継者が黙っていないはずだ」
あたしも王城へ視線を向ける。
「なーるほど。二人は第三者に暗殺された可能性が高いと? それを誤魔化すためにあえて改ざんして真実を闇に葬った。まぁ、アリね」
「その線が濃厚だ」
リヒトは小さく頷いた。あたしは言葉を続ける。
「魔王の特性というか、言葉から推測するに、片思いで姫に尽くしたい気持ちが強いのがミロノで、片思いしつつも何かを恨んでいたのはリヒト。この違いはなんだろう」
「わからない。死んだ時に強く残った想いかもしれないし、そのように植え付けられた想いかもしれない」
「だからって死後後世に祟るなんて。そんなに未練たらたらだったのか……。凄いなぁ」
「未練で魔王に……」
リヒトはそこまで静かに言ったあと、馬鹿にした口調になった。
「そんなアホな話ないだろ? 単なる未練で魔王に昇格できるなら、二人だけじゃなくて様々な人格の魔王が出てくるだろうが。大方、魔術で輪廻の輪を壊されたんだよ」
「輪廻の輪を壊された? 魔術で?」
「多分、の話だけどな。あの時代は今よりも精霊使いは多かったし、魔術も盛んだったし、神聖術も残っていたらしいから」
いや、なんか知らない単語が出てきたぞ。魔術は廃れた術式だと記憶しているけど、神聖術ってなんだ?
頭に盛大に???と浮かべていると、リヒトが苦笑いを浮かべた。
「神聖術は世界を見限った神の力を借りて行うらしい、ってことしか知らない。資料にも名前しかなかった」
欲しい説明をしっかりくれたが、ピンとこなかった為、「ふぅん」と生返事だけ返した。
「魔術も記載されている内容を少し読んだだけだ。なんでも人間の魂や死者を操る術を魔術と呼んでいたそうだ」
「それ怖いな!?」
「だから廃れてしまった……」
リヒトはそこまで言って、「いや違う」と言葉を変えた。
「廃れるように誰かが仕向けたんだろう」
「どうしてそう思う?」
「村の資料」
ドキッパリ言われた。
あたしはだらんと肩を落とす。
「あんたの村って変わってる」
「お前の村と同じくらいには、な。酔狂で賢者の村って呼ばれてるよ。まぁ、実際は吟遊詩人とか歴史者とか学者が居て、その中の物好きな奴らが記録に残しているだけだ。時代ごとに個人が生涯をかけて大量に書き残したのが、ざっと数百人分ある」
リヒトがちょっぴり遠い目をした。
次回更新は一週間から二週間後を予定しています。




