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わざわいたおし  作者: 森羅秋
――勇者信者の王国――
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勇者凱旋劇②


 リヒト役とミロノ役はお互いの背後を護るように背中を合わせたと思ったら、


「こちらから行くぞ!」


 ジータル役に完全に背を向けて、彼らは観客席に向かってお互いの剣をクロスさせて力一杯叫んだ。


「今の俺達は、誰にも負ける気がしない!」

「ああ! これは、民が祈る平和を願う力……この力の前ではどんな敵も無力!」


 隙だらけなポーズで、ドヤ顔で叫ばれても、困ったな。

 これを戦場でやってしまったら、敵の良い的になって即死だ。


「さぁ! こい!」

「さぁ! こい!」


 危機的状況の激しいBGMから一転、勝利を呼び込むようなBGMに変化。

 二人はダンスをするような大振りな動きで数人の敵騎士をバッタバッタと倒し、二人で協力してジータル役を大振りでザシュっと、切り倒した。


 主役達、案外剣術下手だ。素人丸出しじゃないか。


「な、んだと……。この、私が……!? く、こんな、こんなはずでは……」


 舞台に倒れ込んだジータル役は劇場の観客に手を伸ばして、結構長いセリフを吐いていた。


「……この力、彼らだけの、力ではない。この力は、みんなの、願いか……。なん、という、事だ。みなの願いを、受けて、力にするとは……。これは、まさに、勇者……。そうか、彼らは、……勇者だった、のか……。俺は、戦う相手を、間違えた、……」


 五分くらい語り終えてから、ガクリと頭を下ろす。


「か……った?」

「勝ったぞ!」


 倒し終わると、倒れたジータル役を踏み台にして剣を高々と掲げる。

 強敵と逢いまみえ敬意を払うならともかく、踏み台にして死者を冒涜するのは道徳的にどうなんだろうか。


「このまま湖上の王都を勝利に導く!」


 ゆっくりと舞台が暗くなって、また曲調が変わる。

 ライトが付くと、次に現れたのは王室だった。王役が座り、ミウイ役がそばに立っている。


「王! お聞きください! 朗報です!」


 満面の笑みを浮かべながら、伝達兵がこける勢いで王の間へと到着すると


「おお……!」

「あああ!」


 まだ報告を聞いてもいないのに、王役とミウイ役は歓声を上げ、嬉しそうに立ちあがり、よろけながら前に出る。


「強敵なるジータル騎士団長を、無名の兵士ミロノ=ルーフジールとリヒト=ルーフジールが打ち取りました! これで我が軍の勝利は確実です!」


 いや。まだまだ手ごわい敵いると思うのだが。

 どうやらこの劇では、四天王と呼ばれた敵の騎士団長を一人倒せば戦争に勝利できた筋書らしい。

 敵国の王は全く出てこないな。このまま出てこないのか?


「そうか! すぐにその二人を呼べ! 英雄の凱旋を祝おう!」 


 あちゃー。エンディングになったみたいだ。


「勇者ミロノ、勇者リヒト!」


 王役が歓喜の声で名を呼ぶと、まだ戦地に居るはずの二人がやってくる。

 王族の衣装で登場し、派手なマントをばっさばっさと翻して颯爽と歩いている。

 足首までまとわりつく重そうなマントを、かっこよく靡かせて観客を魅了しているのは凄い、よく練習している。


 周りのマダムと紳士が「勇者よ」「勇者さま」「素敵」「素晴らしい」と叫びたいのを我慢して声を押し殺して劇を魅入っている。


「ミロノ=ルーフジール、ここに!」

「リヒト=ルーフジール、ここに!」


 二人は王役の前に膝をつき頭を垂れる。

 歓喜に染まった王役は踊るようにステップを踏み、くるくる回ってから二人に抱き付いて喜びを表した。


 浮かれ過ぎだし、踊りすぎだろ王役よ。


「よくやった! おぬし達の活躍で王都が勝利する事が出来た。礼を言うぞ」

「勿体無きお言葉」

「われらは国の為、王の為にしたことです」


 ミウイ役がうやうやしく頭を垂れる。


「とても言葉では感謝の言葉を表しきれません」


 広く胸元が開いたドレスから豊満な谷間が惜しげもなく晒されるが、この距離を裸眼で鑑賞できるのはあたしだけだろう。

 いや。舞台の前列はギリギリ見えそうだ。

 あちこちに座っていた紳士たちの持つルーペが一点に集中しているのが伺える。

 これだから男ってやつは……。


「本当に、ありがとうございます」


 ミウイ役の言葉に、二人は魅了されたように見つめ、それを見て王役は頷いた。


「二人に褒美をやりたい。どうじゃ? どちらかに姫を嫁がせるというのは……構わぬか? ミウイよ」

「ええ、このようなお強く、逞しく、雄々しい優しい方となら、私は構いません」


 清楚ではなく魅惑のミウイ役が言うと、好みの肉体だからオッケーよ! と、言っているように聞こえる不思議。


 あ。またリヒトが吹き出した。


「無論、姫はどちらか一人しか嫁がせられないが、姫と結ばれなかった勇者には莫大な礼金を出そう。城の重役の地位を与えても構わない」


 王の言葉に困り果てたような表情の二人だが、ミウイ役をもう一度みて照れるように顔をそむけ、頭を垂れた。


 照明が落ち、舞台が替り、夜の城の中庭で、ミロノ役とリヒト役が佇んでいた。二人はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「どうする?」

「姫と結婚か」

「美しかったな、姫」

「ああ。まるであの星のように輝いていた」


 二人は別々の方向に見上げて、またお互い顔を見る。


「リヒト、お前が姫と結婚しろよ」

「な!? ミロノ。急に何を!? お前だって姫のこと」

「正直、リヒトならきっと姫を幸せに出来る? お前なら俺は許せる」

「ミロノ……俺だって同じだ。お前なら姫と一緒になっても心から祝福できる」


「お二人は、本当にお優しいのですね」


 どっからともなくミウイ役登場。二人はかなり驚いてミウイ役の居る方向へ向き直り膝をつく。ミウイ役はすぐに立つように言うと、二人は照れつつはにかみながら立ち上がった。


 あちこちからマダム達が「きゃー!」「素敵ーー!」と歓声をあげる。


「姫」

「その」


 二人が口ごもると、マダム達の歓声がまた増えた。

 ミウイ役が恥ずかしがるようにもじもじし始める。

 紳士たちが「可憐だ」「綺麗だ」など褒めたたえる声があちこちから聞こえてきた。


 うーん、耳が良いのも困るな。そしてこのシーンどうでもいいな。


「私は……」


 そう言ってリヒト役を盗み見する。それでミロノ役は全てを察したのか、リヒト役の肩をポンと叩くと、その場を後にした。


「ひ、姫……俺は……貴女を」


 ミウイ役はリヒト役に抱き付く。


「私は貴女を愛しています。どうか、夫になっていただけませんか?」


 リヒト役はぎゅっとミウイ役を抱きしめると、舞台がどんどん暗くなった。



 次に明るくなると、リヒト役の男は王冠を被っていた。横にミウイ役を携えて椅子に座り、ミロノ役はその横で重役の服装を着て、召使の女性と寄り添っていた。


「私は王都のために身を尽くし、生涯を捧げよう」


 リヒト役が立ち上がり、剣を高く掲げる。


「私は兄弟、リヒトのために生き、そして支えとなり、民のために尽くそう」


 ミロノ役も剣を持ち高く掲げクロスしたところで、二人は声を揃えて叫んだ。


「我は時の英雄、双子の勇者。リヒト=ルーフジール! ミロノ=ルーフジール!」


 大円満を伝えるオーケストラが鳴り響き、幕は下りた。



次回更新は一週間から二週間後になります。

是非続きも読んでください。

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